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ほんわか仲良し、ギスギス不仲




霖鈴月 終十六日



ビリー。


やっと明日で謹慎が解けます。

籠る部屋が違うだけで、やることは同じなんだけど、気分は晴れやかです。


温室の様子が気になっていたので、見に行けるのが今からとても楽しみなの。



謹慎中に借りた本や道具を返さないといけないから、しばらくは大荷物を持って通うことになりそうです。







学院を許可なしで出たならば退学が相当なのだが、生徒たちの危機を救ったことが評価され、この件は不問となった。



みな将来は国を背負うような若者たちだ。

立派な家系の、令息、令嬢たちなのだから、その家々からは感謝の手紙や品物がたくさん届いた。


特に騎士の家系は、こういった、命を救った救われたが関わると仁義を重んじる。

マリオンはその界隈で名を上げて、確かな後ろ盾を得たようなものだ。


謹慎はそれ以外の貴族や生徒たちに配慮した、見せかけの罰則に過ぎない。

礼儀作法や、社交や、雅やかな教養などの講義を受けずに済んだ上に、部屋に篭って研究に打ち込めたのだから、マリオンにとってはご褒美でしかなかった。


必要なものは術師科の先輩たちからの差し入れがあったから、不便はひとつもない。


ただ寮の小さな部屋の中がもので溢れてすごい有り様になってしまった。

物に埋もれて半分になった寝台で、マリオンは小さく丸まって寝る羽目に陥っている。



「ただいま、マリオン!」

「おかえり、リディア!」

「…………昨日あった足の踏み場が無い!」

「……えっと、一度そこの寝台に乗ってから右足で……」

「いやいや、片付けようって」

「どうするの?」

「…………どう?……そうだね……ううん……」


マリオンは片付ける必要性はさほど感じていないし、リディアも一応、良いところのご令嬢なので、自身できれいに片付ける心得はない。


「……寮長様に」

「寮長様に」


合言葉のように言うと頷き合って、ふたりは部屋を出る。



マリオンの部屋を見た寮長兼、支度係兼、料理長兼、お世話係は盛大に眉間にシワを寄せ、口を横一文字に結んて、がっしりと両腕を組んだ。


怒りのあまり大きな声を上げなかったのは、さすが、騎士科と術師科の面倒を見てきた経験の賜物だと自分で言う。


「まず要るものと要らないものに分けなさい」

「……要らないものなんて……」

「なら全部外に出しなさい!」

「…………むり…………」

「出しなさい!!」

「…………ぇぇぇ……」

「…………やろう、マリオン。手伝うから」

「リディア……」


半べそをかきながら部屋の前の廊下にものを出していると、見るに見兼ねた騎士科と術師科の先輩たちも手伝ってくれた。

部屋にあるもののほとんどが、贈り物と差し入れなのだから、責任を感じて運び出してくれる。


もともとマリオンの部屋は何も無い殺風景な場所だった。

始めの状態に戻るまで続けていると、気が付けば夕食の時間になっている。


「今日はここまでにしよっか」

「…………うん」


今度は廊下に広い範囲でものが積まれた状態になったが、広く長いおかげで人の通れる隙間はあった。


「……よくこれだけのものがあの狭い中に」

「空間が歪んでいるに違いない」

「私はこの量を自分の部屋に入れられない」

「ということは逆に片付け上手なのでは?」

「なるほど?」


好き放題に先輩たちも感想を述べていた。

妙な達成感と気分の良さから、全員で揃って食堂に行く。


騎士科と術師科がここまでお互いに打ち解けている様を見たことが無かった寮長が、嬉しくなっておまけの焼き菓子を奮発してくれた。


夕食の後、談話室であれこれおしゃべりしながらみんなでいただく。


これまでのことがあるので、各々思うことはあるが、この夜はそれぞれに楽しい時間を過ごした。


「リディア……ちょっとちょっと」

「んー、なぁに?」


解散になって部屋の前に戻ると、廊下の荷物をがさごそと漁る。

これ、とマリオンが差し出したのは小さな青色の瓶だった。


「なにこれ」

「……私あんまり薬は得意じゃないんだけど」

「…………何の実験?」

「実験じゃないったら」

「…………ほんとに?」

「痣が取れるの! 寝る前に飲んで!」

「……マリオン」


リディアはあの遠征の時に、腕に斬撃を受けていた。剣による傷は加護により無効化されていたが、腕を落とす勢いの攻撃が無かったことにはならない。

酷い打撲痕は今も色濃く腕に残っている。


痛みは学院からの薬で和らいでいるだろうが、痣を気にして隠そうとしているのは気が付いていた。


そこから薬を作るまでに時間がかかってしまったのが、少し悔しい。


「気になるんでしょ?」

「もう……マリオンったら……このやろう!」

「やろうじゃない」

「…………ありがと」

「どういたしまして」

「……んもーー!!」


むぎゅりとマリオンを抱きしめるて持ち上げると、リディアはその場でくるくると回る。


積み上げていた本にぶつかって崩れたのをふたりで慌てて戻した。


「美人が台無しだもんね」

「……敵わないなぁ」

「大魔女様に敵うもんですか」

「……おっしゃる通りです」


続いて口の広い小瓶を取り出してリディアに渡す。透明の瓶には薄緑の軟膏が入っていた。


「これは?」

「塗り薬」

「なんの?」

「リックに渡して」

「リック・ウィリアムは骨折だよ?」

「塗り薬でも治るかなって」

「は?」

「こっちは実験」


ははと快活に笑うと、分かったと小瓶を受け取った。


リックはリディアを庇って左腕の骨が折れてしまった。悪いのは襲って来た相手だが、それなりに罪悪感と恩義を感じているし、素直にリックを案じてもいる。


ありがとうと苦い顔で笑って、部屋の前で別れた。







「貴様の仕業だろう!」

「……雑巾?」

「オリビア嬢の衣装だ」


新入生の色、白蘭を取り入れた豪勢な上着が、泥に塗れて汚れ、刃物のような何かで大きく引き裂かれていた。


背中にあたる場所がほとんどふたつに分かれそうな裂け方だ。


「……これを私が?」

「貴様以外に誰がこんなに酷いことをすると言うんだ!」


昼の時間にリディアと待ち合わせをしていた。一緒に昼食を取ろうと、食堂にやって来たマリオンは、いきなり目の前に件の衣装を投げつけられた。


「なぜ私がこんな事を?」

「いつもオリビア嬢に失礼な言葉を吐いては泣かせているじゃないか!」

「だから私がやったと、そうお考えなんですね?」

「そうだ!」

「…………馬鹿ですか?」

「何だと、もう一度言っ……」

「馬鹿ですか?」

「…………貴様!!」


はいおしまいと間に割って入ったのはリックだった。吊るしてない方の腕を突き出して、興奮した男子生徒をまあまあと宥め、マリオンにはめっと人差し指を立てる。


「……貴女が悪い」

「ぇぇぇええ?」


隣に立ったカイルがマリオンを見下ろしている。


「口の利き方に気を付けるんだな」

「そうだ! 立場を弁えてものを言え」

「だから馬鹿がつけ上がる」

「そうだ! いい加減に……え?」


カイルが真っ直ぐ見ていたのは、男子生徒の後方で、数人に囲まれてしくしく泣いているオリビア嬢だった。


「だいたいどうやって破いたのかな?」

「さぁ……鋏……ですかねぇ?」

「いつそんなことを?」

「うーん……午前中は術師科の棟で講義を受けていたので、そこから食堂に来るまでの間ですか?」

「ふんふんなるほど、午前の授業の後マリオンが鋏を持ってオリビア嬢の所まで行き、上着を借りて、切り裂いてから返したって訳だね?」

「まぁそうなりますかねぇ」

「ふざけて誤魔化そうとするな! 誰にも見られないうちに、魔術でやってのけたんだろう! 陰湿極まりない!」

「まぁ確かに。私ほどの腕があれば、魔術でやったと痕跡を残さず、衣装を切ることくらいは軽くやってのけますからねぇ」

「やったと認めるんだな!」

「まぁ、良いですよ。陰湿な私がそれを切り裂いたとしましょう。しかしですね。魔術の残渣も残らないほど手の込んだことをするのなら、陰湿な私は衣装をどうこうするよりも、着ている本人を消すことを考えますけど?」


男子生徒の顔はさっと青ざめ、遠くでオリビア嬢がわっと大きな声を上げてさらに泣いた。


「俺たちには魔術の詳しいことは分かんないけどさ……痕跡を残さないってそんなに難しいこと?」


離れた場所で成り行きを見ていたであろう術師科の生徒に向かって、リックは声を大きくする。


目を合わせられた、ローブ姿の男子生徒は、おどおどと頷いた。


「……魔術を履行した痕跡を消すのはかなり難しい。それ以前に、そんな大掛かりな術を展開して……誰にも気付かれないなんてあり得ない」

「そんな気配はなかったんだね?」

「……マリオン嬢の言った通り……上着を切り裂くためだけにそんな術を()るのは労力が全く見合わない」


リックが見回すと、この場にいるローブ姿の生徒、全員がそれぞれ頷いている。


「へぇ……そうなんだ。知らなかった……オリビア嬢も知らなかったんだよね?」

「……何を言い出すんだ……まさか、オリビア嬢がわざとやったとでも言う気か!」

「そうは言ってないけど? じゃあ、マリオンがやったの?」

「あ、別にいいですよ、私がやったってことでも」

「あれぇ? いいの?」

「何ですか? 泣いて許しでも乞えばいいですか?」

「……いい加減にしとけ」


カイルはぎゅうとマリオンの頬を摘むと、ぐいぐい横に引っ張った、


「痛い痛い痛い痛い……何すんですか、もう!」

「可愛い気がないな」


引っ張った頬を今度はぐりぐり撫でながら、にやりとマリオンに笑いかける。




「…………うん、まぁ…………はいはい。カイルもほどほどにね」




誰もが面倒になって来たので、この件は担任に丸投げすることになり、お開きとなった。



リディアがやって来たのを機に、お腹も空いたので、四人は昼食を取ることにする。


事情を聞いたリディアは怒るを通り越して呆れ果て、渋い顔でため息を盛大に吐き出した。




誰に呆れたかは口にしなかった。








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[良い点] どれだけ策を弄してもマリオンに傷一つつけられないの悔しいだろうなぁ(´・ω・`) いえーい犯人見てるー????ねぇどんな気持ち??? って聞いてみたい
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