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スキル

 その時は唐突だった。


 化け物が泣き喚く子供にとどめを刺すために歩く途中、何処からともなく、笑い声が響いたのだ。


 化け物は突然の出来事に警戒し、周りを見渡して笑い声の主を特定しようとした。

 だが、その笑い声の主は見当たらない。

 しばらくの間、全身の感覚を使い探していたようだが、とうとう見つからなかったようだ。


「……気のせいか?」


 奇妙に感じながらも、思い違いだったかと、化け物は子供の方向を振り向いた。


 そこで、化け物は絶句する。


 なんと、目の前の子供が笑っていたのだ。


 確かに化け物は、笑い声が聞こえたのは自分の前方からだったと思ったし、その笑い声の主が目の前にいる子供かとは考えた。

 だが、つい先程まで泣き喚いていた子供が急に笑い出すはずはないと、確認するまでも無く考えを一笑に付したのだ。


 だから、驚愕する。


 振り向いた先にいる子供は、気持ち悪いくらいに目を細め、笑っていたのだ。


 化け物は気味が悪く思い、警戒して問い掛ける。


「お前……なんで笑っていやがる。気でも狂ったか?」


 その声が静かに、酷い惨状と化している居間に響いた。

 しばらくすると、化け物に返答がくる。


「ハッ。そんな事も分からないのか?少々腕が立つようだが、下等生物と脳みそは大して変わらないようだな」


 それは、先程の意趣返し。

 まさか、子供から皮肉が飛んで来るとは思ってもいなかったのだろう。

 化け物は、顔をゆでだこのように真っ赤に染める。

 だが、子供の様子から何かがおかしいと感じ取ったのだろう。

 手は出さなかった。


 しかし、自分の内で高まる激情を全て抑えることは出来なかったようだ。

 少しドスの利いた声で答える。


「ああ?お前、やっぱ気が狂ってんだろ。さっきまでの泣き虫の餓鬼とは人が入れ替わったようじゃねえか」


 確かに化け物が言う通り、先程まで泣き喚いていた子供と比べると、今化け物を煽り笑っている子供の様子は、人が変わったと言うに値するものだった。

 態度から、言葉、仕草、まとう気迫まで全て。


「人が入れ替わった。あぁ、いい線いってるよ。まあ、76点ってところだけどな」


 そう言いながら、自らにのしかかっていた女性をゆっくりと横にねかす。

 その遣り方は何故か、人が変わったとは思えないほどに丁寧だった。


 76点と言う言葉に反応したのだろう。

 化け物は、腹に据えかねるというように首を傾げる。


「じゃあ、なんだってんだ、クソ餓鬼」


「はぁ。まぁ、いいだろう。頭の足りない下等生物の為に、教えてやろうじゃないか」


 そう笑うと、不意に子供は立ち上がる。


 その動きは、目で捉えることすら億劫になる程ゆっくりで、視界に入っているのにまるで気にならない程、自然。

 化け物が気付いた時には、既に子供は立ち上がっていた。


 先の言葉でさっさと殺すかと言う決断に至っていたようだが、今の動作に並々ならぬものを感じたのだろう。

 化け物は、まだこの問答を続けることにしたようだ。


「……さっさと言え。じゃねーと、首が飛ぶぞ?」


 その言葉に子供は、ちっとも怖くないというように、わざとらしく肩を震わせた。


「おお、怖い怖い。じゃあ、さっさと言わないとだな。結論から先に言おう」


 そう言った途端、子供の体が前方に倒れる。

 その動作は、急に電源が切れた機械のように、本当に意識を失い倒れたかのようだった。


 そして、倒れる体が地面に着く寸前。



「僕は俺で、俺は僕、だからだ」



 その瞬間、子供の体が加速する。


 徐々にスピードを上げていく生き物のように、1から50、50から100などではない。

 その動きは打ち出された弾丸のように、0から100だった。


「なっ!?」


 その動きに、化け物は反応出来なかった。

 まるで予想もしていなかった攻撃に、攻撃のタイミング。

 その結果、本当は驚異が無いと分かっている攻撃に対して、反撃では無く防御を選択してしまう。


 その瞬間、淡い青色をした結界が化け物の周りを覆った。


 子供が元いた場所から化け物までの距離は、約5m。

 その距離を子供は一瞬で詰め、そのままのスピードで、唐突に現れた防壁に激突するかと思われた。


 だが、子供はそのまま突っ込むでも防壁を回避するでも無く、手を床につけてそれを支点に足を前方に運び、防壁に足をつけると、その反動で飛んだ。


 そして、ジャンプでUターンをすると、ある場所に着地した。

 そこは、先程子供の父親がスキルブックを放り、それが着地した場所。


 つまり、スキルブックがある場所。


「なっ!?」


 化け物はもう一度驚愕する。


 警戒していた。

 その存在は知っていたし、わざわざ子供の方に放られたそれを警戒しないはずがない。

 子供の父親を殺す時ですら、もし子供がスキルブックに手を出したとしても、一瞬で首を飛ばせるようにしていたのだ。


 だが、いとも簡単に、辿り着かれた。


 流石に、今からスキルブックの表紙を捲ることを阻むことはできない。


 完全に、やられた。


 子供は、足元に落ちていたスキルブックを拾い、その表紙へと手を伸ばす。

 そして、スキルブックの表紙を捲った。


 その瞬間、光が刺した。

 屋敷の中というありえない場所から現れた、眩しい程のそれは、ある一点に集中している。


 それは、子供の手の中。

 真っ黒な表紙に、黄金のドラゴンが装飾された本。


 スキルブックに。


 その瞬間、二人は動けなくなった。

 それにより、スキルブックの起動を阻止しようとしていた化け物の動きが停止し、阻まれることとなった。

 その時、化け物は思い出した。


 スキルブックの発動中は、何人たりとも動くことが出来ない、と。


 仲間から与えられたその情報を、その時化け物はどこ吹く風と聞き流していた。

 俺がそんなことで動けなくなる筈が無いと、気にしていなかった。

 だが、いざ直面してみると過去の自分が恥ずかしくなる。


 動くどころか、瞬き一つまともに出来ないじゃねぇか。



 スキルブックの起動が完了したのだろう。

 しばらくして、光が収まった。



「……どうだ?いいスキル、貰えたか?」


 化け物は、そう言いながら笑う。


「…………」


 子供が沈黙を守っていることで、自分の予想通りだと確信したようだ。

 化け物は笑いが堪え切れない、というように語り出した。


「ハッハッハッ!そうだよなぁ!そうだよなぁ!?最初は、戦闘向きのスキルじゃねえよなぁ!?」


 この世界では、スキルというものは新しく発見された未知なもので、あまり解析が進んでいない。

 何故急にこんなものが開発出来たのか、その力の根元が何なのか、それを製作した王家が黙秘するため、全てがさっぱりという状況だ。


 だが、いくつかの事例を観察することで、判明したこともある。


 その中の一つに、初めに授かるスキルは戦闘向きでは無く、少々目が良くなったり、少し記憶力が良くなったり、そういったものに限定されるというものがある。


 それは、目の前の化け物にとっても既知のものだったらしい。

 化け物は、余程おかしかったらしく、自らの腹を抱えて盛大に吹き出している。


「あぁ!俺を出し抜いたことは褒めてやるが、それの結果得られるのが視力の強化とかか?悲しすぎて涙が出るぜ」


 実際に、化け物は目に涙を浮かべていた。

 その涙が何によるものなのかは、双方分かりきっていることだが。


「さあ、戦おうぜ。俺と戦うに必要な最低ライン。スキルの所持はクリアしたんだからよ」


 そう言うと、化け物は嗤った。

 それは、先の虐殺の時に見せた嗜虐的な笑み。


 その笑みは、子供の絶望を期待してのものだったのだろう。


 だが。


「ああ。戦おう」


 化け物の笑みにつられるように、子供も嗤った。


「時空魔法の極意、教えてやるよ」


 その瞬間、子供の姿が消えた。

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