夢
『――――記憶の――発動。序』
意識を取り戻すきっかけは、そんな声だった気がする。
だが恐らく、俺はまだ寝ている。
未だに朧げな意識と、強烈な眠気や倦怠感が俺はまだ目覚めていないと物語っている。
恐らく俺は今、夢を見ている。
夢の中の俺は、言うならば観客だった。
暗い部屋で他人の人生を眺めるような、映画を見ているような、不思議な感覚だった。
視界は誰かの一人称のものだが、その誰かの感情を知ることはできても、感じることは出来ない。
しばらく虚ろな目でボーッと見ていると、何と無くだがその誰かが何者なのか、掴めてきた。
まず、年齢について。
年の頃は恐らく、3か4だろう。
大人の腰程しかない視線の高さ。悲しかったら泣き喚き、嬉しかったら大はしゃぎする。その、子供特有の感情の起伏の激しさから予想がついた。
そして、幼い子供であると確信を持ったのは、その誰かに父親がいたからだ。
目鼻立ちがハッキリとした西洋人のような顔立ちをしていて、芯の強さを感じさせる表情の裏に、優しさが見え隠れする。
恐らく、俺とそう年は変わらないであろう壮年の男性だ。
どうやら子供の名は、シンフォード=アルサライトというらしい。
名前の上二つをとって、子供のことをシンと呼んでいるのだろう。その父親は頻繁に「シン!良くやった!お前は天才だ!」と子供に声を掛けていた。
シンが喜んでいるから良いが、この父親は息子が可愛くて仕方ないのか、何をしてもすぐに褒める。
相当の親バカだ。
次に、シンの生まれ育った環境について。
恐らくだがシンは、相当裕福な生まれだ。
なんと、シンは屋敷に住んでいた。
屋敷といっても天上人が住むような煌びやかさや華やかさは無く、学校の校舎程の大きさしかない。
だが、土地が有り余っているのか庭はとんでもなく広大だ。
平均的な学校の校庭ほどの広さがある庭には、草花が青々と生い茂っていた。
それはまるで異世界の草原のようで、初めて見たときは年甲斐も無く胸を膨らませてしまったのを覚えている。
しかし、シンが住む屋敷や、シンの衣服や摂る食事などを見る限り、舞台は俺が生きていた時代とは違うようだ。
最もイメージに近いのは、中世のヨーロッパ。
まだまだ発展途上だが、人々の文明の結晶がちらほら見え始めている。そんなところが中世のヨーロッパと似通っていると感じた。
最後に、シンと関わる人達について。
まず家族構成だが、残念なことにシンの家族は父親しかいない。
どれだけシンが成長しても、母親の影すら見えないのだ。シン自体はあまり気にしていないようだが。
物心つく前からいなかったからか、もともといないものと割り切れているようだ。
遊び相手となる兄弟は一人も居ず、幼い子が甘える対象となる母親がいないのだが、シンはそこまで孤独を感じていないようだった。
それは、シンのために尽くす父親のおかげもあるだろうが、他の多くの人達によるものが大きいだろう。
シンが住まう屋敷には本来、シンとその父親以外住むことはないはずだ。
だが、シンの屋敷には様々な人達が住んでいる。
後になって分かったことだが、シンの父親は身寄りの無いものを自分の屋敷に住まわせ、執事やメイドとして雇っていたそうだ。
屋敷の人々はシンの父親に忠誠を誓うほど感謝しており、その息子であるシンも大層可愛がった。
それによりシンは愛情を一杯に受け、日々を退屈することなく生き生きと育っていた。
もしも、こんな生活が永遠に続くのならば……。
きっと、それを幸せと呼ぶのだろう。
そんなことをふと、陰ながらに見守る俺は考えていた。