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一人

 美しい少女は、ただ俯いて黙りこくっている。

 その様子は、俺の言葉をしっかりと確かめているような、そんな感じがした。


 ……今は、何を言っても蛇足になるだけだな。


 そう思い、俺は一先ず目の前の少女から思考を移すことにした。

 彼女以外でも定かになっていない事は山程あるのだ。


 例えば、スキルについて。

 この屋敷の生活レベルから察するに、この世界の文明レベルは中世ヨーロッパ辺りだろう。

 その中に、一つ俺の前世とは大きな相違点がある。

 それは、スキルの存在。

 そして、魔法のようなこの存在だが、不明瞭なことが多過ぎるのだ。


 まず、スキルの存在が最近になって世界に浸透し始めたということ。


 最も遅くに屋敷へとやってきた、屋敷に仕える者では最年少の男性。

 彼は、シンとの会話によると7年前から住んでいるそうだ。

 つまり、シンの父親の説明や屋敷の皆の反応を見る限り、最低でも7年前まではスキルは存在しなかったのだ。


 だが、最近になって突然現れた。

 地球とあまり変わらないであろう歴史を辿っていたであろう世界に、突然スキルという存在が現れたのだ。


 しかし、元々存在していたのならば、歴史の何処かでもっと早くに発見される筈だ。

 そう考えると、人類の歴史が千年以上経過した段階で漸く発見されるといのは、何処か不自然ではなかろうか。


 一応説明をつけようとすれば、強引にだが出来ないことはない。


 王家は元々スキルの存在を認知していたが、その有用さから公表はせずに隠蔽しておくという結論に至っていた。

 しかし、何の因果かスキルを操る別の種族が世界に台頭した。

 屋敷を襲った、あの化け物の種族だ。

 化け物は非常に強力で、人類の存続に関わる事態に陥った。

 だから、やむなく対抗策としてスキルを公表、販売した。

 

 こんなところ……だが、それでも人類にとって都合の良過ぎる展開なのだ。

 生物学に造形が深い訳ではないので断言は出来ないが、幾つか地球のような世界が存在していたのなら、人類の天敵の出現は有り得えないことではないと思う。


 だが、偶然その天敵への対抗策も存在した。

 そんなこと、偶然にも起きうることなのだろうか。

 やはり、何処かお膳立てされていたような不自然を感じてしまうのだ。


 少し脇道に逸れるが、スキルブックについても不可思議な事がある。


 シンが父親から与えられたスキルブック。

 これは表紙を開くことをトリガーに効果が発揮されるのだが、人の手により作られた物とは到底思えないのだ。


 スキルブックの表紙を開くと、何処からか光が差し込み、俺にスキルの使用を可能にさせた。

 そして、スキルの名前とその能力が俺の頭の中に、事細やかに伝わって来たのだ。


 更に、化け物との戦いを開始する際、俺が邪魔だと思うだけでその姿を消したのだ。

 そしてその瞬間、思考するだけでスキルブックの顕在化及び潜在化が可能、と理解させられたのだ。


 スキルブックの製作。


 それはつまり、スキルブックの無い状態で作成しなければならないということ。

 要は、スキルが使えないのだ。

 だが、王家はここまでの効果を籠めて完成させた。


 ここまで来たら、スキルブックを製作する王家の背後に神を幻視してしまうのも、仕方ないだろう。

 だが、情報が無いに等しい現状で犯人は神と決めてかかるのは、少し早計過ぎる気がする。

 まあ何にせよ、何処か作為的なものは感じるのだ。

 犯人が神かは分からないが、警戒しておくに越したことはない。


 次に、俺の授かったスキル【時空魔法の極意】について。


 まずスキルとアビリティという存在についてだが、この世界では超常的な力の総称をスキルと呼び、スキルに備わる能力をアビリティと呼ぶ。

 

 そして、どうやらスキルにはスキルツリーという概念が存在し、樹系図のように縦あるいは横に発展していくようだ。

 縦への発展は進化というらしく、己の存在そのものの昇華を指す。

 これにより、新たなスキルが獲得できるらしい。


 一方横への発展は成長といい、新しいアビリティの獲得や強化を指す。

 アビリティの獲得、つまりスキルの多様性が広がるということだ。

 

 今俺は、二つのアビリティを持っている。


 まず一つ目。

 スキル獲得の際にされた、アビリティの説明はこうだ。


《空間支配Lv1》

 半径5m以内の空間を支配下に置くことで、空間の理は使用者より下位の存在となる。


 難しい事がツラツラと並べ立てられているが、要は使用者の半径5m以内は使用者の絶対領域となるってところだ。

 今はLv1の為か半径5m以内で瞬間移動をすることしか出来ない。


 Lv2以降は解禁されていない為か知ることは出来ないが、Lv1の時点で既に優秀なんだ。Lvを上げると更に強化されたアビリティになる可能性が高いだろう。


 二つ目の説明はこうだ。


《絶対追憶Lv1》

 資質を持つ者は、永遠の存在へと昇華する。


 随分と簡素で大層な説明だが実際、主な能力は大したものではない。

 ただ記憶力が良くなるだけという代物だ。

 一つ目のアビリティと比べると、便利ではあるのだが少し物足りないように感じてしまう。


 だが、このアビリティの真に恐ろしい点は主な能力では無く、付随している能力にある。

 なんと、このアビリティの才能を所持しているだけで転生の際に記憶が継承されるのだ。


 この付随する能力は、一つ目のアビリティがアクティブアビリティと呼ばれるのに対して、パッシブアビリティと呼ばれる。

 簡単に説明すると、前者は任意的に発動するアビリティだが、後者は永続的に効果が発動したままのアビリティだ。


 所持しているだけで力が発揮されるというだけで有用なのに、これには更なる能力がある。

 それは、パッシブアビリティに絶という付随能力が伴われていることだ。


 絶とは俺の認可が無い限り、何人たりともそのスキルとアビリティの存在を認識する事ができない、という能力だ。


 スキルブックにはスキルの詳細などが記載されている。

 基本は当人の利にしかならない機能だが、同時に他人に見られることにより手の内を知られてしまうというリスクも抱えているのだ。

 推測にはなるが、安全性の証明の為に中身を見せることもあるだろう。

 そんな時に前世の記憶を継承しているなどと知られたら、異端として判断されてしまう可能性もある。

 その可能性を潰せるというのは、俺にとって非常に有益なことだと思う。


 記憶についての考察をしたんだ。

 ついでだが、俺の記憶とシンの記憶について。


 一見、この記憶の継承はシンの人生を俺が乗っ取ったかようにも見えるだろう。

 だが俺は、俺の記憶の継承によりシンが消えたとは思えないのだ。


 そう思う一番の理由は、化け物の殺害に対して予想以上の動揺を覚えたことだ。

 前世でも、一見善良な人間や女子供を始末しなければならないことは少なからずあった。

 だが、悲しみを覚えることはあっても殺しに対して強い動揺を覚えるというのは、久しい感覚だった。

 だから今も度々身を震わせるこの恐怖の原因が、シンと俺が体を共有させているからと考えると納得がいくのだ。


 俺は記憶や魂などの分野の専門家ではないので確証はないし、どちらにせよ今すぐに結論が出る話ではない。

 これについては、おいおい考えていくとしよう。


 それで…………ん?


 思考を次へと移そうとした際、少し少女の様子が気になり、ふと俺は顔を上げた。

 其処には、先とは変わらず俺の言葉を深く咀嚼する少女の姿がある。

 だが、先程とは違う点が一つあった。


「人、人間、私は……」


 うわ言のように何かを繰り返しているのだ。


 俺は仕事柄、多くの言語について学んでいた。

 俺の就く仕事の必須技能に素早い言語習得があったので、その影響だ。

 それにより喋れないことはあれど、メジャーな国の言語は全て、最低限の理解は出来ていたのだ。


 だが彼女は地球では聞いたことの無いような、前世の俺だったら首をひねってしまうでだろう言語を操っている。

 シンの人生を眺めていたからか、俺はこの異世界の言語は既に習得していた。

 日本語と形式が似ていたからか、俺も意識せずともネイティブのように操れていた。

 

 だが、一度意識してしまうと妙な疎外感を感じてしまうったのだ。

 俺は異世界に転生したという実感があまり、沸いていなかった。

 最初から夢見心地だったし、起きるのは信じられないようなことばかりだっので、異世界に転生したというより夢を見ているような感覚だったのだ。


 だが、異世界言語を操っていたということを改めて意識すると、実感してしまったのだ。


 ……そうか。もう、戻れないんだな。


 かつての仲間達を思いだす。


 あいつら、元気にやっているかな……?

 寂しい……な。


『こんにちは』


 俺は気が付くと、少女に日本語で問い掛けていた。

 望んだ返答が無いことは分かっていたが、溢れ出る思いを抑えきれなかったのだ。


 だが、時間は流れるばかりで少女は俯いたたまま。


 どうしたんだ……?


 俺が疑問に思い首を傾げていると、不意に彼女は口を開いた。




「ふふっ……私は、人……!」


 少女は本当に、本当に嬉しそうに声を上げた。

 彼女の美しい容姿のお陰で微笑ましい光景となっているが、にやにやと独り言を呟く姿は見ている此方が恥ずかしくなる。


 …………。


 そういや、集中していたら周りが見えなくなるタイプなんだったな。


 ……真面目な顔で独り言を呟く絵面は、酷く滑稽だっただろう。

 しかも、この世界には存在していない言語で『こんにちは』だ。


 気が付いたら、少女の頭部に腕が伸びていた。

 そして、そのまま俺の腕は彼女の髪をガサガサと雑に掻き回した。


「きゃぁ!」


 余程驚いたのだろう、彼女は上体を凄い勢いでのめらせる。

 そして、その勢いのまま床に額を激突させた。


「いたっ!」


 それと同時に、ドンッ!という先程よりも大きな衝突音が屋敷に響いた。


 おお、凄い音がしたぞ。

 きっと、物凄く痛いに違いない。


 まあ、仕方ないよな。

 勝手に体が動いたんだから。

 不可抗力ってやつだ。


 彼女はひとしきり呻き終わると、痛みが引いたのか上体を起こして顔を上げた。

 そして彼女は、左手で自らの額を抑えながら此方を涙目で睨んだ。


「急に、酷いですよぉ」


 彼女の目は、恨めしそうに此方を捉えている。


「すまん。でも、俺も君に火傷させられたからなあ」


「え?もしかして私、何かしましたか……?」


 彼女の表情が少し、不安に歪んだ。


 おっと、少しやりすぎたな。

 第一、彼女は何も悪くない。


「いや、何でもない。気にするな」


「それなら、いいですけど……。それで、急にどうしたんですか?」


「そうだ。少し、聞きたいことがあってな」


「何でしょう」


 彼女は首をコテン、と傾げる。


『こんにちは』


 俺はもう一度、日本語でそう言った。


「この意味、分かるか?」


 静寂がまた、流れる。

 だが今回は先程とは違い、彼女は俺の質問に首を傾げて頭を悩ませている。


 そのまま少し時間が経つと、彼女は漸く口を開いた。


「分かりません……。お役に立てないようで、申し訳無いです」


 俺の役に立てないことが堪らなく悲しいのか、彼女はしょぼんと俯いている。


「いや、いいんだ。はなから、分かるとは思っていなかったしな」


 彼女は、まだ幼子にも関わらず扱う言葉は大人とさほど変わらない。

 ちゃんと礼儀がなっている分、下手したら俺の方が子供に見えるかもしれない。

 だから少しは期待していたのだが、やはり駄目だったのか……。


「そう、でしたか。ならどうして、わざわざ私に聞いたのですか?」


 答えにくい質問だな……。


 神を信じるならば、俺の持つスキルとアビリティは唯一無二の存在だ。

 神が記憶の継承を理解した上で、俺にこのスキルを与えたのかは分からない。

 だが、推測通りなら……。


「同胞が少し、恋しくてな」


 恐らくだがこの世界で前世の記憶を持つのは、ただ一人。

 俺だけだ。

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