ケイト、12歳
私の12歳の誕生日パーティーは、兄や姉のものに比べると、静かだった。
それでも例年に比べたらかなり豪勢になっているのは、私が12歳という、この国では結婚が出来る年齢に達したことが大きいのだと思う。
「おめでとう、ケイト」
いつもは厳格で凛とした母も、今日は流石に私に甘かった。
朝起きて一番に私を祝ってくれたのは従者のソルベ、そして次に祝ってくれたのは廊下ですれ違った兄上。そして今はテーブルをはさんで母上と対面している。
もう若くはないというのに、一向に翳らない母のその綺麗な顔は、姉上とそっくりだ。
金色の髪も、金色の瞳も、そして絶世の美女とも呼ばれる目鼻立ちのくっきりとした顔立ちも、全てが作り物のように精巧でとても美しい。
「あなたももう結婚できる年齢にはなったけれど、12歳なんだもの。まだまだ先は長いわね」
ふっと口元を綻ばせる母上は、単純に私の成長を喜んでいるようだった。
「あの、母上」
「なにかしら」
「…私も、王子の謁見に参加したく思います」
私のその発言に、母上は笑顔のまま固まった。
母上だけではなく周りの従者も、「えっ…」と絶句したように私に視線を集めるのだった。
「…ケイト、冗談よね?あなたは大人びたところはあるけれど、無理して背伸びなんてしなくていいのよ?次代の王妃になるのは、あなたの姉上なのだから」
「冗談ではありません。それにお言葉ですが、姉上は婚約者ではありませんよね。まだ確定していない未来を語ることなんて、母上は予言者か何かですか」
あ、やばい。言い過ぎた。
そう思った時には既に遅くて、私の頬に鋭い痛みが走ったのと、母のヒステリックな声が響き渡るのはほぼ同時だった。
「落ち着いてください、奥様!」
「ケイト様、こちらへ…」
綺麗な顔を真っ赤にして激怒する母に、私は冷たい視線を送る。
別にこの人のことは好きでも嫌いでもなかった。公爵家に嫁いだ、典型的な思想を持っている典型的な貴族の女性。唯一典型的ではないのはその美しさだけである。
自分にそっくりな姉上に王妃になってほしいのは、母上にかつて王に選ばれなかった苦い過去があるからかもしれないが、それは流石に誰も言及しなかった。
「ケイト、お待ちなさい…!訂正なさい…!あなたは私の決めた人のもとに嫁げばいいのよ!大体12歳の子どもが王妃になるですって!?冗談も大概になさい!」
「奥様、こちらへ…」
母上を三人がかりで抑えつけ、ずるずると別室に移動したときにはさすがに申し訳ないと感じたものの、私の意思は変わらなかった。
私は王妃になりたい。
そして、この国を……変えたいのだ。貧困と富裕の境目がどこにあるのか。私が生まれてきた意味を、見出したいのだ。
*
「いいんじゃない?」
父の返事は、たったのそれだけだった。
誕生日だというのに私の発言のせいでお通夜会場のようになった雰囲気が、どっと和らぐのを感じた。
「あなたまで何を仰るのですか!」
「どうどう、レイチェル。王に嫁入り希望をする婦女子は何も長女と決まっているわけじゃないし。それにケイトが決めたことだから応援してあげようじゃないの」
「あなたは男性だからそのようなことを言えるのです!一度選ばれなかったという箔を押されたら、この子の嫁ぎ先も狭くなってしまう。ケイトの幸せのためにも、ここは厳しく言わないと」
「んー、でも私は君に対して特にそんな悪い印象は抱かなかったけどなあ」
「それはあなたが例外なのですよ。私と同じく王に選ばれなかった女の子たちのその後はー…」
広間に私、両親、兄上、腹違いの妹、そして姉上が集められたものの、実質話しているのは両親だけだった。兄上が困り顔をしてなんとか場を諫めようとするものの、母上のあまりの剣幕に出られないといった様子だった。私の1つ下の妹はまだ11歳ということもあってかキョトンとした顔で父の顔を不安げに伺っていた。普段は母に煙たがられている妹がここにいるのは、おそらく妹が私のようなことを言い出さないように見せつけるためであると推測できる。
私は喧騒の仲、ちらりと1番気になる人物の顔色を見た。
私の姉…シャーロット。彼女の齢は16。私とは4歳差だ。
血のつながった実姉だというのに、私は姉とろくにコミュニケーションをとったことがなかった。
いつも稽古事やパーティーに忙しそうで物理的に会う時間が少ないというのもあるけど、それ以上に姉が必要以上に笑わない、話さない人だったから。
今だってそう。珍しく喧嘩をしている両親を静かな双眸に映しているだけ。その表情はピクリとも動かない。
それにしても、と思う。
いつ見ても、姉は完璧に美しい人だった。
先ほど母と瓜二つだと言ったが、姉の美貌は母のそれをも上回ると私は思う。
一度も外に晒されていないかのような真っ白な肌、涼し気な印象を持たせる大きな金色の瞳やスッと通った鼻筋、引き締まった小さな口。背もすらりと高く、初見だったら美しすぎて腰を抜かしてしまうのではないか。冗談ではなくそう思う。
キュッと綺麗にお団子にした金髪も、私の濃紺の髪とは全然違って、この人を見ていると容姿に自信が持てなくなりそうだった。
「ケイト」
ハッとすると、姉の桃色の唇が私の名前を紡いでいた。
その鈴のような透き通った声音を聞いたのは何年ぶりだろうか。普段話すことのない姉の挙動に、両親も喧嘩をやめて姉の方を見やった。
「あなた、本当に王子様の謁見に参加するの…?」
「う、うん。そのつもり」
「そう…。私個人としては別に反対はしないけれど、お勧めはしないわ」
「どういうこと?」
姉は金色の長いまつ毛を伏せると、淡々と切り返した。
「単純な話よ。まずあなたは結婚できる歳ではあるけれど、適年ではないわ。それに王妃になれるのは幼い頃からそのための教育を施された方がほとんどよ。ケイトはとても賢い子だとは思うけれど、王妃教育を受けていないのはとても大きなハンデとなりうる」
「そんなのあとでいくらでもなんとかなるよ」
私の返答を聞いて、姉上は少しだけ眉頭を動かした。本当に少しだけ。
けれどわかる。これは、とてつもなく怒っている。
「……そう。自信があるのね。それなら私からは何も言わないわ」
「シャーロット!あなたまで何を言うの!」
「いいじゃない、母上。少し唐突すぎるのは否めないけれど、それでも参加する自由は誰にでもあるわ」
姉上がまさか自分に加担してくれるとは思わなくて、私は身体からドッと力が抜けるのを感じた。
一瞬強く怒らせてしまったのかと身構えたけれど、今はそんな様相少しもなかった。
結局、母上は姉上や父上の言葉に押される形になって、しぶしぶと私の要求を呑むことになった。
*
王妃選抜の前夜のことだった。
第一王子が18歳の誕生日を迎える前日。その日に第二王子の王妃もまとめて選別されるのだが、私が狙っているのはもちろん第一王子の妻の座だった。
側室でもいいからなんとか選んでほしくて、私は誕生日から半年、ずっと自分を磨くために努力した。
第一王子は長髪が好きということで髪の毛を腰まで伸ばしたし、習慣化している勉学はもちろん、マナーなども相当厳しく鍛え上げた。
母上も公爵家の娘として恥ずかしくないよう、私にも付きっきりの対応をしてくれた。
だから妙に自信があったのだ。
まさかあんなことが起きるなんて、就寝の10分前に、誰が思えただろうか。