ケイト、少女と出会う
不定期掲載です。よろしくお願いいたします。
小さいころから、母上は姉上に付きっきりで、父上は母上に頭が上がらなくて、兄上はへらへらと笑っていた。だから当然のように放置された私は、見事に自由奔放に育ってきたと思う。
従者のソルベを引き連れて、いや、正確には引きずって、虫取りをしたり、屋根裏で本を読みふけったり、隣の領地に侵入したり(これは大目玉を食らったからもう二度としない)、思い返せば楽しいことがたくさんあった。いい人生を送っていると、人に誇れるくらいにはエピソードがある。
だから、びっくりした。
母上の実家、メヴィス家に遊びに行ったとき、自由奔放さが裏目に出てしまって、どこかの下町に迷い込んでしまった。なんで下町に迷い込んだんだっけ。確か柵をよじ登って家の外に出て、普段馴染みのない庶民の家を見ながら駆け回っているうちにどんどん怪しい感じのところへ……といったところかも。
ソルベとも別れてしまって、私は少しのお金を片手に仄暗い路地裏を歩いていた。
「ねえ、あなた。迷子なの」
抑揚のない声で話しかけられたものだから、てっきり幽霊か何かかと思って、私は泣きそうになりながら懇願した。
「ご、ごめんなさい。い、命だけはどうか……」
「はあ?そんな物騒なことはしないよ……。ていうか、あなたとてもきれいなワンピースを着ているのね」
振り返ると、同じくらいの年齢の子が立っていた。
すごくびっくりした。だって、この子、私と顔がそっくりだったから。
でも着ているものも住んでいるところも違う。彼女は、薄汚れた白いワンピースを着ていた。
「ああ、これ、素敵でしょ。母上が買ってくれたんだよ」
「うん、とっても素敵。私のお母ちゃん、死んじゃったの」
その、ドロリとした何かを含んでいるような瞳で、少女は私を見た。
「私たち、顔そっくりだね」
「あ、う、うん。そうだね」
「それなら、あなたを今ここで殺して入れ替わったりしたら、私は贅沢に暮らせるのかな」
ギョッとした。
私と同じ顔で「殺す」なんて言葉を言われるなんて、心底驚く。
「む、無理だよ!声だって全然違うしっ!」
「へえ。なら声寄せるよ」
「身長だって、あなたのほうが大きいし」
「そんなの、その靴のかかとを削ればバレないよ」
「うう……、でも、でもっ」
「それだけなの?」
「え?」
少女は心底憐れむような瞳で、私を見た。
「あなたの家族は、そういう声とか体とか、誰でも分かるような部分でしかあなたを判別できないの?」
「-っ」
言葉が出てこない。
だって、言い返せない。
家族の話題は常に姉上か兄上。跡継ぎでも、王子様の妻の第一候補でもない私は、自由だったけど、裏を返せば関心を寄せられなかった。
自信のない私は、ジッと黙ってやり過ごそうとする。
少女は、全てを見透かした感じで鼻で笑った。
「かわいそう。あなた、裕福そうなのに」
「う、うるさいっ。あなたなんて、そんな汚いボロを着て、恥ずかしくないの!?」
「恥ずかしいに決まってるでしょ。それもすごく。でも、あなたたちみたいなボンボンが優雅にお茶をしている間、私たちは必死に生きているの。馬鹿みたいだよね。汗水流して働いても、半分以上が税として取られて、何もしていない貴族の肥やしになる。あなたたちは、豚みたい」
ゾッとした。
くすくす笑いながら彼女は言うけれど、その瞳には確かな悪意があった。
こんなに強い悪意なんて、生まれて初めて味わった。
言葉が、視線が、態度が、私をグサリと容赦なく貫く。
「そんなの知らないよ。恨むなら、生まれた環境を憎んでよ」
少女はカッと目を見開いた。
私は、本気で怒ったことがないけれど、本気で怒ったらこんな風になるのかな、顔が同じだし。
少女の振り上げた手は、私の頬に当たり、そして私はスローモーションのように地面に叩きつけられる。
「それなら、貴族様の家に生まれた貴方も、生まれた環境を憎みなさい。一生何食わぬ顔で生きていきなさい。どこかの男に嫁いで子どもを産んで、都合の悪いことには目を閉じて、都合の良い薄っぺらい人生を送ればいいよ。ああ、かわいそう。かわいそう」
張られた頬が、ジンジンと痛んだ。
私は、ギュッと拳を握ると、少女の頬を殴り返した。
「いった!?」
「お返し」
「私はグーで殴っていないよ!」
「それなら、最初に喧嘩売ってきた分のペナルティだよ」
「こ……のっ」
「教えてよ」
もう一度、攻撃が私の頬に当たるその前に、私は尋ねた。
「はあ?」
「私は無知が嫌いなの。だから知りたい。どうしてあなたがそこまで私たちを恨むのか。税金のせいだけ?それとも他に何かしたの?」
「あなた、変って言われない?」
「うん」
「やっぱりね」
「でも、変で何が悪いの」
「……」
「ほら、早くさっきの教えて」
「タダで教えられない」
「あ、お金なら少しだけどあるよ」
ポケットから少しのお金を取り出すと、少女に渡した。
「す、少しって。これ、当分の間のご飯買えるくらいだよ……」
「そうなんだ。なら、その分たくさん教えてね?」
「……あなたって結構ずうずうしいよね。まあ、いいわ。取引しよう。私の名前はマリア」
「私はケイト」
この路地裏での出会いが、全ての始まりだった。