79 一時撤退
「あの人、大丈夫でしょうか? 彩さんお知り合いですよね?」
猿渡池が気になった美咲は、彩に尋ねた。
「まあ、簡単には死なないでしょう」
彩は、全く動じていない。と言うか、これっぽっちも興味が無さそうだ。
ゴジ助はバトルを終えて、満足げだ。
まだ興奮冷めやらず、血気盛んにLITのメンバー達を睨みつけている。
「駄目だな、勝ち目は無い。一旦退避しよう」
レオは、冷静な判断を下す。
「え、レオちゃん、お姉ちゃんを見捨てるの?」
モニターに現れたジェニファーは、焦っていた。
「大丈夫でしょ、あんたの部下も生きてるし」
「え?」
レオの指摘通り、瓦礫となったタマーキャッスルから、猿渡池がゴソゴソ這い出て来た。全身真っ黒だ。
「ゴホ、ゴホ。いやー、まいったまいった」
(彩ちゃん部屋、無くなってしもうた……)
命が助かっただけ儲けものだが、彼はそっちの方が残念でならないようだ。
むしろ黒歴史を消去出来て幸運と思えと言いたいが、彼は、聞く耳を持たない。
そんな彼の元に、レオはヴォランタペで向かった。
「おい、取りあえずアネキ連れて、何処かに逃げな」
レオが猿渡池に言う。
「あ、はい、すんまへん」
意気消沈している猿渡池は、弱々しく答える。
再び戻って来たレオと4人の側に、ピコチュウがやって来た。
「今回はご協力ありがとう」
それは、なじみあるピカ吉であった。
「これ、どうするの?」
美咲が問いつめる。
「すまない。何分、我々に取っても不測事態ではあるし、多くのケラミュ達を失った今、とにかく彼をタマーランドから外に出さないよう全力を尽くそう」
「言うのは簡単だけどね」
レオは肩をすくめた。
「奴と少々コンタクトできるが、破壊衝動は持続しないようだ。今は休止モードに入りつつある」
そう言われてゴジ助の方を見ると、確かに一仕事終えた感で、先ほどより攻撃をする素振りは、なくなっていた。それどころか、ドカンと座ると横になり、そのまま休憩を始めた。昼寝、かも知れない。
「とりあえずの休戦か」
浩は感慨深そうに言った。
「アネキ、まずはお客さんを帰らせたらどう?」
レオが、ジェニファーに提案する。ジェニファーはハッとして、慌てて猿渡池に命令した。
「そ、そうね。タッちゃん、お願い」
「わ、分かりました」
体がボロボロでも、仕事は完遂せねばならない。社畜の辛い所だ。
『これにて本日の撮影は終了です。ご見学、誠にありがとうございました。又のご来場をお待ちしております』
猿渡池のアナウンスで、スピーカーから蛍の光が流れ始める。残されたピカ吉達が誘導係となって、駐車場にいた来場者達も帰宅の途についた。
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やはりこの一件は大々的に報道され、猿渡池はお詫び行脚の日々であった。マスコミ対応で矢面にたつのは猿渡池で、もう地上波テレビの出演は叶わなくなった。
「ところで創造主様、なぜ表舞台に出ないんすか? 創造主様の美貌なら、評判になるとちゃいまっか?」
修理中のタマーランドにて、日頃から思っていた疑問を猿渡池は聞いてみた。
「剣四菱を知らないの? 私達の存在がバレたら、隆信の追っ手が来るのよ。私にもレオにも」
いつになく深刻な顔をして言う、ジェニファーであった。
「そうなんでっか……」
思いつきで聞いたのに予想以上に深刻な理由で、驚く猿渡池であった。
その後タマー市住民からも突き上げをくらったりと、しばらくは大変な日々が続いた。それでも死者が一人もいなかった事から、やがて有耶無耶になり立ち消えとなる。
あの日以降も、ゴジ助はタマーランドから出ようとはしなかった。
「自衛隊とか要請しないの?」
「それは嫌。剣四菱重工の部品流用してるの、あんたもバレるわよ? 米軍も隆信と仲良しだし」
「あ、そうか」
ジェニファーとレオは、最近良く話をするようになった。
元々姉弟だから、馴染むのは早い。
「失礼します。ちょっと宜しいでしょうか?」
2人の通信に、龍乃宮が割り込んできた。
「あ、カズ久しぶり! 元気してた? 東大つまんなかったでしょ。今どこにいるの?」
どうやらジェニファーも含め、3人は旧知の仲らしい。
「お久しぶりです、ジェニファーさん。今は警視庁の方で」
「早く政界進出したら? 面倒でしょ?」
「まあ、それはおいおい。それよりも今回の件ですが」
「あ、ああ。ごめんごめん」
「こちらとしても何もしない訳にはいかないのですが、その後どうですか?」
「まあ、ゴジ助はのんびりしたもんよ。タマーランドから出ないのは助かってるわ」
「逆にこちらが手を出せないのですけどね」
「来るならカズの警視庁より、自衛隊と米軍が来るんじゃないの?」
「それも含めて、色々面倒なのですよ」
確かに、タマーランドはジェニファーの私有地だから、公的では無い。
そうすると明確な犯罪行為をしない限り、何をしても国家権力が立ち入るのは難しい。
ここで言う犯罪行為とは、少なくともタマーランド内の破壊行為は適用されないだろう。
消防の立ち入りはあったが、アトラクションと言い張り有耶無耶にして終わらせた。
この事情を知って知らずか、ゴジ助はタマーランドから一歩も出ようとはしない。
培養槽を蹴破って思い切り後悔したゴジ助は、タマーランドを第二の培養槽と認識していた。
だから、ここから外に出るつもりは毛頭なかった。それが安全だと、本能的に理解していた。
そもそも、彼は働きたく無かった。
別に動かなくても、ここで気ままに暮らしたい。
これだけ無敵の体を持っているのだ。無駄に消耗する必要も無い。
いきなり戦車や飛行機に襲われるのは怖いし、痛い。
生きていけるだけで十分だ。
「まさか廃園でほったらかしとは、無いですよね」
「やだね〜カズ、久しぶりなのに。おほほ」
本音を見透かされ、ちょっと焦るジェニファーであった。
「それなら良いのですが。今日は少しご挨拶までに。またよろしく」
「じゃあね〜 タマーランドにも来てね!」
「バイバイ」
いつの間にかタマーランドの周辺には、近隣からくる大勢の野次馬に加え、怪しい土産屋や新興宗教やパフォーマー達の溜まり場になった。ちょうど山草団地がゴジ助を良く見えるスポットらしく、一気に観光地化して住民は大もうけする。タマーランドの中は危険だが、外から見る分には面白い。全国にある巨大観音像や仏像と同じで、人は巨大な物に神性を見るようだ。
ゴジ助は殆ど動かず、数日に一度動くだけ。
それもまた、神性に拍車をかけた。
ゴジ助教の教祖と名乗る人物も現れ、訳が分からなくなる。
人間、恐怖にも長く続くと耐性がつく。
猿渡池とジェニファーが編み出した新商法も賛否両論だったが、世間の一部は受け入れた。




