74 出撃
「んで美咲さん、あんた良い人いんの?」
畑仕事の休憩時。お茶を飲む最中の急なおばあさんの質問に、思わず噴き出しそうになる。
「い、いえ」
「若いしオッパイもおっきいのに、もったいない。私だったら毎日楽しんじゃうのに。んじゃ、うちの孫で令太っていんだけど、どう? 地元の土建屋に勤めてて体力あるわよ。あれなら夜も安心よ」
そう言うと用意周到にスマホから写メを見せてくれた。
元から今日はそのつもりで来たらしい。
確かに日に焼けて、健康的な筋肉質の体型である。
朴訥で良い人そうだけれど、悪いが圏外だ。
「ま、まあまだ良いです」
「そう? 二十歳過ぎたらあっという間よ。子供も5人はいなきゃ」
「そ、そうですね……」
畑仕事は楽しかったが、最近の会話はこんなのが多くなり始めて、ちょっと困る。
悪い人じゃないけれど、善意の押し売りは面倒くさい。受け流して仕事に集中したい。
さて次の仕事に取りかかろうかと思ったその時、
「おばちゃん!」
とレオの声がした。ヴォランタペに乗って、畑まで来たようだ。
汗もかいていて、かなり急ぎで来たらしい。深刻な表情をしている。
「緊急事態なんだ! 戻ってきて!」
そう言うとレオは、再び山を飛び越えて帰った。
「すいません」
「良いよ、行っといで」
おばあさん達にお詫びすると、美咲も大きくジャンプして、LITへと戻った。
「お久しぶりです、美咲さん」
レオの仕事部屋のモニターに映されたのは、龍乃宮だ。
「お、お久しぶりです! 緊急事態ですか! 私まだ彼氏いないです!」
「あ、ああそうですか。それはそれは」
美咲の言葉に少したじろぐ龍乃宮だったが、それは無かった事にして話を進めていった。
「それで先ほどの続きですが、どうもタマーランドがかなり大騒ぎになっているようです」
「え、今日大翔が遠足に行ってるんですけど?」
「それはまずいですね。異常が起きたらしく、こんな映像を受け取りました」
そうしてモニターに切り替わった映像は、見覚えある池周辺の森から突き出る怪獣だった。
「これはあの?」
「そうみたいだよ。池の中にいた奴。孵化したようだね」
「情報では、急に出現してパニックになっているようです。今回は正式な依頼では無いのですが、調査に行って頂けますか?」
「どうしよっかな。お金貰えないんでしょ?」
レオが意地悪く聞く。
「残念ながら、今は謝金程度の用意ですね……」
足元見られても、龍乃宮は動じていなかった。
「ちょっと、早く行きましょう!」
大翔を思い、美咲は気が気では無かった。
「全員集合! 早く来て!!」
レオの回線を勝手に使い、美咲は招集をかけた。
「おばちゃん、強引なんだから……分かったよ、やりますよ」
レオは苦笑している。
「ありがとうございます」
龍乃宮は満足した笑みを浮かべ、通信を切った。
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「急だったけど、みんな大丈夫? 今回はバックアップも無いから、心して」
「はい」
「分かりました」
「ラジャー」
「ヒロト、ヒロト……」
新型のフェンガーMkIIに乗り混んでの作戦会議となった。
一人だけ会話になってない。
富崎さんの操縦で垂直離陸すると、上空でロケットエンジンに切り替える。
以前より一回り小さいが、速度は増して不便は無い。
外見は孔雀のようで、煌びやかだ。
「まずはタマーランド上空まで行って、状態を見ようかね」
レオの提案に、3人共うなずく。
だが美咲は周りが目に入らず何やらぶつぶつと呟き、気付いてない。
すると急に、
「未だ着かねえの、このボロ飛行機。早くしろよ!」
「ったく、やってらんねえよ! おせえよ!!」
と言いながら壁を叩き始めた。幸いにして壁は壊れないものの、機体が少し揺れる。
レオも、その勢いに注意しづらく、微妙な雰囲気が漂った。
「子供の事になると、性格変わるんだね」
直樹がぼそっと隣の彩に話しかける。
「そ、そうみたいですね。正確には甥っ子さんですけど」
「あぁ? 何か言ったかてめえ!!」
「あ、いえ……」
「……」
ヤンキーの恫喝みたいな罵声を浴びせられ、2人は沈黙した。
「美咲さん、もう少しですよ」
操縦する富崎さんの一言で美咲は素早く反応し、後ろのデッキに走っていった。
「え、どうするの?」
彩が止める間もなく、
「ヒロトぉぉぉーーー!」
と叫びながら、美咲は後部ハッチを開け、パラシュートで下降していった。




