72 大翔の受難
「用意はちゃんとした?」
と美咲が聞くと、
「うん、もちろん!」
と大翔は元気に返事する。
普段の学校は遅刻も忘れ物もするのに、遠足とか特別な日だけはしっかりやる。
皮肉も言いたいが、自分も小さい頃は同じだった。親の気持ちを少し思い出す。
「行ってきます〜」
元気よく飛び出した大翔を見送り、美咲もLITに行く仕度をする。今日の予定は草むしりだ。
もう一つ畑を増やす計画もあるので、追加の作業が入るかも知れない。
まあ天気も良いし、のんびりやろう。急かす必要も無い。
そう思いながら、美咲は富崎さんの待つ公園へと向かった。
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「じゃあ、出力もう少し上げよっかな。デビューは一週間後だし、ちゃんと動さかないとね!」
ここは例のゴジ助が育つ培養槽の調節室。ジェニファーは何やらパネルを操作していた。
この前からかなり成長し、ガラス越しからは全貌が見えなくなっている。
モニターで総て監視し3Dモデルを構築しているものの、何かと不都合であった。
「もう五倍量のエネルギーが必要だからこっちの方を使わないとか…… よいしょっと」
派手にレバーを上げると、流れ込むエネルギーがアップしたようで、手元のメーターが上昇する。
それにあわせ、バタンバタンとゴジ助が胎動し、背びれが青白く強く光った。
もうゴジ助の見かけは、古代を我が物顔で闊歩した恐竜と変わらない。
ケラミュ達もヘッケルの説のように、個体発生が系統発生を反復しているようだ。
暫くするとエネルギーも充填され、普段にまして暴れ出し、部屋もドシンと振動する。
必要以上にエネルギーを与えないために、ジェニファーは抑制ボタンを押した。
だが……
「あ、あれ?」
ジェニファーが何度もボタンをカチカチ押したが、メーターが一向に下がらない。
「どうしたんでっか?」
傍らにいる猿渡池が、何事かと見に来る。
「出力抑制のボタンが、作動しなくっちゃった……」
「それって……」
「どんどんエネルギーが上昇して、思ったより早く目覚めちゃうかも。チェルノブイリの実験失敗と同じかな? てへ♡」
テヘペロするジェニファーの姿は可愛いが、その意味を猿渡池は瞬時に理解した。
「ち、ちょっと……」
「大丈夫よ、早産みたいなもんよ。間違ってメルトダウンしても、最悪日本丸ごと消えるだけだから」
「やばいっしょ、それ!!!」
「大丈夫、それにこれ、そんな深刻なお話じゃないし」
焦る猿渡池をよそに、「まだ慌てる時間じゃない」とばかり悠然と構えるジェニファーだった。
だが、ゴジ助は2人の事情など全く加味しない。栄養過多になったのか激しく揺すり始めた。
胎児が羊膜を破るかのように、ゴジ助の手や尻尾が培養槽を攻撃する。
「あら? これは流石にヤバい、かな?」
ジェニファーも、事の重大性を漸く気付いて来たらしい。
「ケラミュちゃん達に、厳戒態勢のコードを流しといて。万が一のときは閉園にして封鎖するわ」
「了解」
最悪の事態にならないようにと願いながら、仕事する猿渡池であった。
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「はい、みんな良いですか〜 今からお昼です。この周りから出ないこと! 良いね!」
先生はしっかり注意する。何かあったら自分達の責任になるから、それだけは避けたい。
下手に児童が死ねばマスコミやネットで叩かれまくる。注意したから、後は大丈夫。
「は〜い」
子供達は皆良い返事をするが、大人の事情は無視して、勝手にわらわら動き始める。
そしてここに1人、意を決して不穏な想いを企てる少女がいた。
「ヒロト君、いっしょに食べよ。こっち来て」
同級生の結愛が、大翔を誘う。日頃から大翔に色目を使う、ちょっとオマせちゃんだ。
女子力も高く、毎日お母さんが編んでくれる三つ編みは結愛の自慢である。
結愛は、先生の目を盗んでこっそり森の中に入りずんずんと進んで行った。「どこ行くの?」と不安がる大翔だが、「前に来たことあるし、大丈夫よ!」と言う。
子供の大丈夫ほど、当てにならない事は無い。だが大翔に判断能力はなく、素直について行く。
やがて森を抜け、池の前に出た。すると結愛は大翔の方を向き、
「で、私とマナ、どっちが好きなの?」
と唐突に、聞いて来た。
「そう言われても……」
急に言われ何の事か分からず、混乱する大翔。
「そろそろ、はっきりしてよ! もう夏休みだよ! プールデートに行こうよ!」
マナちゃんも、大翔に何かと世話を焼く同級生だ。似た者同士で、普段から張り合っていた。
プールと言っても所詮は小学一年生、親の同伴は必須だ。だがそこが問題では無い。
「うーん……」
正直に言えば女の子に全然興味はなく、最近始めたサッカーに夢中だった。
だから大翔は、どう答えて良いか分からなかった。
(めんどくさいな……)
美咲に似てイケメンの大翔は、保育園の頃から女の子に好かれやすい。あの頃は無邪気にケッコンだとか言ってたが、小学校にもなると男子と女子の対立が激しく、下手するといじめられるから波風は立てたく無い。
特にこのタイプは断ると、後で何を言われるか分からない。ヒステリックになって変な噂を流されたら、卒業まで地獄の日々が待っている。大翔も経験を積んだので女がどういう生き物か分かって来たが、無難にどう返事すれば良いか、子供ながらも迷う大翔であった。
そんな異なる思惑の2人をよそに、目の前の池から突然ブクブクと泡が立ってきた。
「あ、アレ見て!」
ちょうど池が見える位置にいる大翔は、焦っていた。
「そんな、ごまかさないで!」
結愛は背中を向けているので、背後にある池で何が起きているのか、全然分かってない。 大翔が感知した異常事態よりも、結愛は大翔が何と答えるかの方に夢中らしい。
「後ろ、後ろ!」
大翔が言うので結愛はやっと振り返ると、確かに池がブクブク泡立ち、波が立っている。
何かいる。
「うわ、何あれ? こ、こわい!」
結愛も事態を察知したが、足がすくんで動けなくなった。
2人は固まったかのようにその場を動けず、じっと池を見るだけだった。
そして池から出るざわめきが最高潮に達した時、
ザッパーーン!!!!
と池の中から真っ黒で巨大な何かが現れた。
「うわーーー!!!」
「きゃあーーー!!!」
それは巨大な恐竜のような生き物で、鋭い赤い目が、2人を睨みつけている。
恐怖に震え、おしっこちびりそうな2人。それでも大翔は、男らしく結愛を守るように前に立った。




