71 ジェニファーは微笑む
「大きくなったわね〜」
「ほんまでんな」
ここはタマーランド。この前美咲が水浴びした池のほとりにある研究所の地下だ。ジェニファーと猿渡池辰也は、池の奥底に沈む超大型培養槽を耐圧ガラス越しに眺めていた。
そこには真っ黒く大きな爬虫類のようなケラミュが、胎児のように丸まって眠っている。時折胎動をすると、ドンとこちらまで響く。周りを窺うように大きな赤い目を動かし、背びれも青白くチカチカと光る。
「こんなに大きいのは流石の私も初めてよ! 初夜の時みたいにワクワクするわ! まだだけど」
産まれてくる子供を待つ母のように、ジェニファーは感激で一杯のようだ。
「これは成長するんでっか?」
猿渡池がジェニファーに質問する。
この設計はジェニファー個人のだから、猿渡池は仕組みが分かってない。
「そうよ! 自己増殖プログラムも組み込んだから、自律して成長していくの! 今は頭が大きいけど、もう少ししたら体部分も大きくなり始めて、成獣になるわ!」
「しかし、これを動かすエネルギーはどうするんでっか?」
「ぬかりはないわ。簡易原子炉を組み込んでるから、十分よ」
「え、それ危ない奴ちゃいまっか?」
直感的に、猿渡池は危険を感じた。
人間が手に負える代物ではない。
「わたしを誰だと思って!」
ぎろりと、ジェニファーは猿渡池を睨む。
「え、まあ……」
蛇に睨まれたカエルのように、猿渡池はしゅんとなって俯く。
拾ってもらったから恩義を感じているものの、実は、肉食系の洋物女性が苦手な猿渡池である。だからジェニファーに対して恋愛感情も育たず、逆に良いコンビと言えるかも知れない。
(彩ちゃん、またこーへんかな……)
昔一緒に帰っていた頃に告っていたら、人生変わったかも知れない。心の中では何度も告っていたけれど、結局それは実行出来ずに今こうしている。後悔ばかりの人生だ。
(彩ちゃんの為にも、頑張ろ!)
この仕事をする限りまた会えるだろうと、猿渡池は仄かな望みを抱いている。火事を起こせば彼氏に会えると思い放火しまくった、八百屋お七と同じ気持ちかも知れない。
「そうだ、名前もつけたのよ。《ゴジ助》って言うの! どう?」
唐突にジェニファーが言った。
「はあ……」
「何よ、気に食わないの?」
「あ、いえ、良い名前だと思います」
「そ、ありがと」
正直どうかと思う猿渡池だったが、創造主が良ければ、どっちでも良い。細かい点は、気にしないタイプである。
「さあ、今日も養分代わりに原子炉の出力上げるわよ〜 早く大きくなってね、ゴジ助♡」
そう言うと、ジェニファーはパネルにあるボタンを押した。
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「ミサキ〜 今度の遠足、タマーランドだって!」
放課後、美咲が学童保育へ迎えに行った時、大翔は開口一番うれしそうに言った。帰ってランドセルから予定表を取り出して見ると、ここからバスで一時間ほどの距離らしい。添付チラシには、見覚えあるタマーキャッスルを背景にプチモン達が楽しげに写っている。
大翔は、タマーランドと美咲の関わりを知らない。そもそも美咲の働き先は極秘事項で、大翔にも教えられない。学校にも研究開発の仕事とか言って、適当に誤魔化している。
開園の頃は特に興味無かった大翔だが、日曜朝にやる本家プチモンアニメがタマーランドとタイアップしたり、ゴロゴロコミックでもタマーランドを舞台にしたマンガが始まっていた。だから次第に友達からも口コミで伝わって、興味を持ち始めたようだ。時々行きたいとせがむが、気乗りしない美咲はあやふやに返事していた。
「まあ、良いんじゃない?」
LITに出社した時この件を言うと、レオはそれほど気にしてない風だった。
「確かにアネキだから、裏であこぎな商売してるけど、死にはしないっしょ。実は僕の入った中学校でも、今度行くよ。どうやら無料バスをチャーターした見学プログラムを、教育関連に売り込みかけてるんだって。なかなか商売上手だね」
「え、社長も行って来るんですか?」
「もちろん病欠するよ。行く訳ないじゃん、何されるか分かんないし」
そんな事情があるとは知らなかった。確かに子供達が本物っぽいプチモンと遊べるのは好評だし、引率の先生方も、童心に戻って遊んでるとネット記事にある。心を鷲掴みにした点では大成功だ。
それに対し、しばらくはスローな仕事に従事する日々の美咲であった。最近はスイカ畑も作り始めた。おばあちゃん達も曲がっていた腰が真っすぐになって、長生きできると喜んでいる。
夏に向け、これからが楽しみだ。




