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70 スローライフ

「そろそろ休憩すっかね〜」

「は〜い」


 おばあさんの呼びかけで美咲はキュウリの収穫を止めると、生茂る葉の(とげ)に気をつけながら、おばあさん達がいる軽トラックまで戻って来た。その傍らに広げられたレジャーシートの上には冷えたお茶やお菓子が用意され、既におばあさんとおじいさんが座って食べている。


 美咲も靴を脱いで座り、ありがたく頂く。


 ピー ヒョロロ、


 チュン、チュンチュン、


 ホーー ケキョ、ケキョケキョ、


 ゲロゲロ、ゲロゲロ……


 大勢の鳥達が気ままに鳴き、雲もゆるく流れ静かな晴天の下、日常の忙殺から離れゆったりと時間が流れていた。少し離れた用水路から響く水の流れる音と蛙の鳴き声も、心を和ませる。あの用水路は修繕したばかりで、うまくいけば来年は米作りが可能になる。


「いんや〜、久々に良い畑になったなあ。昔はこの辺全部、こうだったんよ」


 (かご)から今収穫したばかりのキュウリを一本取ってポリポリ食べながら,おじいさんが話をする。息子と娘は既に東京に出て跡を継ぐ気もないこと、美咲がいなければずっとあのままだったと、往時の村の様子も交えながら喋ってくれた。


 今日来た2人は元々ご近所さんだったらしいが、今は街の老人ホームに住んでいる。おばあさんは小島さんで、おじいさんは山田さんと言うものの、下の名前までは聞かなかった。


「ほんと、この着てる物のおかげで働くの楽だし、若返った気分だわ。ありがとね」


 おばあさんも、本当に嬉しそうだ。


「いいえ、どう致しまして」


 美咲は、笑顔で返した。




 梅雨も明け夏に近づくある日、美咲は近所のキュウリ畑で収穫の手伝いをしていた。れっきとしたLITの業務である。闘いばかりでは心が荒むので、自然に囲まれての業務は助かる。


 レオ曰く、「ここの村の人達が、また田畑を作りたいんだって」との事だった。

「これだけ土地と建物借りてるし、ちょっとやってあげてよ」


 そう言われ、美咲達は村の人達の命じるままに何も考えず畑仕事を手伝い始めた。だが雑草が生い茂り永らく耕されなかった畑を元に戻すのは、思った以上の重労働だった。直樹は時々手伝ってくれるものの、彩と浩が来たのは初日だけだ。


 雑草を刈り取り石ころを除いて、おじいさんが持っていたトラクターで土を(うな)う。何の変哲も無い原っぱが畑へと変貌し、初めて野菜を収穫した瞬間は、素晴らしい一時だった。

 

 農作業は意外にLIT製品と相性が良い。ルタンチャーは鎌や鍬やスコップ等に変化出来るから、道具をいっぱい持ち運ばずに済む。おばあさん達にも教えると直ぐに覚えてくれた。それにフォットを着れば多少の重労働も楽ちんだ。


 最初に山を飛び越えて来た時は、みんな目を見開いて驚いていた。だが実際に着てもらい楽に作業できるようになると、「くの一みたいなもんか」と納得してもらえ、大変喜ばれた。お年寄りは腰が弱いから、飛び跳ねるような無茶はしないのも丁度良い。


 何より収穫したばかりの野菜は、新鮮で美味しい。

 

 取り立ての野菜を材料に、富崎さんやおばあさん達が料理してくれた。残りは家に持って帰り、大翔(ひろと)たちと一緒に食べる。都会暮らしの美咲にとって、自然との触れ合いは驚きの連続で刺激的だった。


 排気ガスや騒音の日常から静寂な空間と清浄な空気の場に来て、気持ちも穏やかになる。畑に住む小さな芋虫や蝶やてんとう虫でさえ、見つけた時は感動だ。蜂は、ちょっと怖かったが。


 大翔(ひろと)も連れてきたいけれど、企業秘密なのでそこは駄目と、レオから言われてしまった。でもゆくゆくはこの辺りに移住したいかなと思う、美咲であった。



 収穫作業も終わり籠に入れたキュウリを軽トラックに積んで、美咲の仕事場の庭まで運んできた。次は出荷作業の為に形の悪い物を外したり、五本一束にしてテープを巻く。これを明日の朝早くお爺さんが市場に持って行けば、ちょっとした収入になる。


 生産的でなかなか楽しい。

 だが「悪いけど採算あわないんだよね」と、レオは言っていた。


 確かにこれだけ時間と人をかけてする作業にしては、現金収入が少ない。これ以上規模を拡大もできないし、農業で十分な収入を得るのは、厳しそうだ。



 作業が軒先でやるので、縁側のガラス戸を開けてテレビを見ながら3人で作業を続ける。ちょうど三時のワイドショーの時間で、見慣れた顔がまた出ていた。


「こんにちは、猿渡池さん」

「こんにちは」


 タマーランド支配人の、猿渡池辰也だ。テレビうけが良かったのか、番組内で人生相談コーナーもやらせてもらっている。


「では、今日の相談です。大阪の中学生、Sくんからです。猿渡池さん、こんにちは」

「こんにちは」

「僕の知り合いの、お父さんの事です。そのおじさんはキツネみたいに目が細いんですが、普段スーツ姿で東京ジャイアントの野球帽を被って、通勤してます。普通の大人と違う気もするけれど、猿渡池さんはどう思いますか?」

「うーん。人の趣味やからなあ。蓼食う虫も好き好きっちゅうのもあるし。ま、ええんでない?」

「何ですか、それ?」

「いや、大阪には時々おるんですよ、そんな人」


 周りから突っ込まれオドオドする様子も、時折笑いを誘う。番組は主婦層に人気の東京グルメスポットや今日の占い等いつものコーナーが続き、お開きとなるエンディングテーマが流れ始めた。


「それでは猿渡池さん、何か一言」


 MCから話をふられて、挨拶を始める。


「ええ、おかげ様で大好評のタマーランドですが、今度の夏休み、新しいお友達が仲間に加わります。楽しみにして下さい」


「それは、新しいケラミュ君ですか?」

「出てきた時のお楽しみで」

「そうですね。今日もありがとうございました」


 番組も終わり、CMに変わった。


 ()()か……


 テレビを観ていた美咲だけは、その意味を理解した。

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