幕間2 直樹の一日
休日のある日、鴨巣駅近くにあるゲームセンター、キョロット鴨巣に直樹はいた。
若者達が遊んでいるカードゲームや音ゲーコーナーを通り抜け直樹が向かう先は、懐かしのシューティングゲーム《スペースゼビディウス1940》が置いてある一番奥のコーナーだ。
昔、直樹はここに通い詰め、伝説のハイスコアラーとして、ゲーム雑誌に名を馳せた時代もあった。だが就職して会社の営業に忙しくなり、気付いた頃には雑誌も廃刊、通う事も無くなった。
氷河期世代、あの頃はネットが無いから情報も少なくて就活は大変で、正社員になれただけマシと言えた。頭が良くても途中でつまずき、ニートになった同級生も1人や2人じゃない。運が良かったんだと、つくづく思う。
入社したての頃は、この不景気も直ぐに終わり、また元通りになると、先輩や上司が言っていた。そのせいか、どこか緊張感がなかった。ノルマをクリア出来なかったら、叱責だけの対応だった。気合いと根性、それが総て。あ、あとお酒の付き合いか。
酒に呑まれやすい直樹は、宴会が苦手だ。この前も彩に絡まれ、ちょっと大変だった。幸い、ウカンの力が出てから大分マシになる。もっと早く、製品化して欲しかった。因みに昔は、これでも痩せていた。だが飲み会に次ぐ飲み会の成果は、贅肉の鎧だけが残った。
そこまでしても、現実は残酷だ。とにかく全く売上げが伸びず、上司も打つ手なし。不可能なノルマを課せられ鬱病になり、退職して一年は何もやる気が起きなかった。
元妻は、「〇〇に勤めているあなたと結婚したのであって、退職した今、価値はない」と冷徹に言い放ち、出て行った。確かにそうかも知れない。会社内でのみ通用するスキルしか持たない自分は、転職も芳しく無かった。子供や専業主婦を養うのは無理ゲーだったろう。
結婚生活も順風満帆ではなく、生活リズムの違いにイライラする毎日だったから、潮時と言える。何をしているか知らないが、現実を見据えた彼女の判断を、批判する気になれない。
ただ、今はLITで楽しめている。変人ばかりだが、前の会社みたいなストレスは少ない。これも偶然の産物で、携帯ゲームでの広告を辿ったら、LITの会社情報に行き当たった。面接で、レオ社長と富崎さん相手に好きなアニメや特撮物やゲームを語り尽くしたら、合格だった。
捨てる神あれば拾う神あり。人生悪いもんじゃない。
LIT入社後、ふとここに立ち寄ると、まるで自分を待っていたかのように、昔やりこんだこのシューティングゲーム《スペースゼビディウス1940》の筐体が置かれていた。
懐かしさでプレイしたら、長年の経験が覚えていて、あっという間に一周目をクリアした。だが終了後、自分の他にはデフォルト名しか無いランキングを見て、一抹の寂しさに囚われる。
それまでの休日は秋葉原か池袋だったが、直樹はこの時から、恋人に会うかのように、ここにもちょくちょく通い始めてた。仕事も一段落ついたから今日は久々に来たが、以前よりも更に隅に置かれ、誰も見向きもしない。もうそろそろ、本当に限界か。
百円を一枚入れ、いつものようにスタートボタンを押す。見慣れた自機が現れ、1stステージは左右のスクロールでの進行だ。沢山の敵が撃つレーザーやミサイルを避けて反撃する。パワーアップアイテムも要領よく取って、連打連打。次に続く展開と敵の数や種類は、全て頭に入っている。結局はパターンゲームだ。
何万円注ぎ込んだか定かでは無いが、今では一コインで四周は出来る。
止めるときはやられた時ではなく、やる気が無くなった時だ。
昔はギャラリーも沢山いて尊敬の念を集めていたけれど、今は誰も見向きもせず、胡散臭そうに若者達が側を通り過ぎる。さすがに二時間もすると飽きて来て、三周目を過ぎた適当な所でわざと敵に当たり、ゲームオーバーにした。まあ、気晴らしにはなった。
最後のランキングを見た時、お、と思った。自分より一千万点くらい上のスコアラーがいる。
名前はT.S.とあった。同志の親近感を覚え、下にN.D.と入れて席を後にした。
店を出る階段を上る間際に振り返って見ると、1人影の薄そうな男が、ゲームを始めている。もしかすると、ずっと待っていたのかも知れない。珍しいこともあるものだ。
同類か、と思いながら直樹は山手線に乗り、埼京線に乗り換え家路に付いた。




