69 復活
翌週、久しぶりに出社したら、「今からトミえもんの修理するよ」と、レオが声をかけてきた。
レオの仕事場に一緒に行くと、この前と同じ姿勢で、トミえもんが横たわっている。ロボットだから、死んだとは違う。だがやはり、全く動かないのは不気味だ。
「やるなら、おばちゃんがいる時にと思っててね」
そう言うとレオは、お腹のポケットを開けて、コア部分を入れ替え始めた。何やら複雑な手術みたいに、素早い技で色んな箇所を直した後、トミえもんのスイッチを入れる。
「はいよ、これで終わり」
故障からの復活なので、全体の確認やアップデートに、三十分ほど時間がかかる。やがて正常電源と同じランプが、喉元で光り始めた。成功だ。
『あ、ありがとうございます』
トミえもんが、感謝の言葉を口にした。
目覚めでたどたどしいが、喋れる。
少しゆっくりではあるが、自分で動き出し、立ち上がった。
無事、復活したようだ。
ギアの噛み合わせも最初はギシギシ音がしたが、やがて元通りに、スムーズな動きとなった。
「良かった〜」
様子を見にきた美咲も、喜んだ。
「それで、どうするの?」
レオが、トミえもんに今尋ねる。
『僕はやっぱり、のぶ太くんの家に帰りたいです』
即答だ。トミえもんには、それしかないのだろう。
「そう、じゃあ送って行くわ。夕方まで待ってて」
美咲が言う。
『すいません、ありがとうございます』
夕暮れ時、トミえもんを抱きかかえながら、美咲は山を越えて、初めて会った公園に辿り着く。公園にいた子供達も、帰る時間だ。夕陽で、どの家もオレンジに染まっていた。
「家はどこなの?」
『あのアパートです』
トミえもんが指差した先には、長方形のどこにでもある、賃貸アパートがあった。美咲の家より、少し豪華なくらいか。昔が田々調布の生活で、今がこれなら、厳しそうだ。
『あそこの二階なんです』
「じゃあ行ってみようか」
オートロックの玄関もない剥き出しの階段をトントンと上がり、部屋の前に来た。少し躊躇した後、思い切ってドアベルのボタンを押す。
ピン・ポーン
少し待つが、反応はない。
『おかしいな…… 学校でやる事も無いし、この時間は帰って来てるはずだけど……』
試しに二度、三度と鳴らす。
すると、奥の方でゴソゴソと音がした。居留守のようだ。
『のぶ太くぅーん!』
たまらず、トミえもんが声をかけた。
すると、玄関にやってくる音がして、ガチャッとドアが開く。
「なんだ、帰って来たのか」
のぶ太はぶっきらぼうに言った。
「なんだって、あなたの為にがんばってたんでしょ?」
美咲が少しイライラして言う。
「あんた関係ないし、別に良いじゃん。ほら、こい」
『うん』
トミえもんは、素直に家の中に入った。
扉も閉まり、もう美咲は立ち入れない彼等の世界だ。
釈然としない美咲だが、そのまま帰った。
帰宅後もモヤモヤはおさまらず、大翔から心配された。
二、三日経った夕暮れ時、美咲は再びあの公園近くの鉄塔から、のぶ太の家の方を眺めていた。公園にはいない。部屋がどうなってるかアパートを探すと、ちょうど中が覗けた。
2人で仲良く、ゲームをしているようだ。
心無しか、トミえもんが明るく見える。
(まあ、良かったのかな……)
のぶ太にはもっとしっかりして欲しいが、これからだろう。
美咲は会わずに、帰って行った。
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後日、某日。
「社長、ちょっと」
彩が、レオの仕事部屋まで来た。何か相談のようで、真剣な表情だ。
「どうしたの?」
フェンガーMkIIの翼部分を溶接していた手を止めて、レオは聞いた。
「実は、この前のタマーランドなんですが。気になる事がありまして」
「なに?」
「あのとき放ったロボットネコのモニター解析をしたのですが、見ていただきたいものがあるんです。転送するにはファイルサイズが大きいし、私の部屋にある3Dホログラムが一番解像度高いので、皆も来て一緒に観てもらおうかと」
「分かった、招集するよ」
レオのアナウンスで、直樹も浩も美咲も、彩の仕事部屋に集まった。昔の民家だが、ムーニンが至る所に飾られフェミニンな空気なのは、以前と変わらない。
「すいません、集まってもらって。これなんです。美咲さんのロボットネコですが、どうも裏の研究施設の池まで、潜っていたようです」
3Dホログラムに映し出されたのは、岸辺にいるネコ目線だった。水面には月がかかっている。
「何かあるの…… あっ!」
美咲が声を上げたとき、水面の下で何か赤い光が見えた。
月や飛行物体では、無い。
「ここからロボットネコは水面に潜ります」
彩の説明通り、ジャボンと飛び込む様子が映る。
水陸両用らしい。巧みに泳いでいく。
濁っているので視界は悪いが、進んだ先に、先ほどの正体が現れた。
「ここで止めます」
映像が一時停止され、高解像度スキャン画像に映り変わった。
「こ、これは!」
「G、G◯DZILLA……」
伏せ字になってないが、そうとしか言いようがない。
それは、培養装置みたいなのに入れられて、成長中のようだ。
推定身長は、本物と同じで、かなり大きい。
「これ、アトラクションに使うの?」
「そうなんだろうね」
「どうする?」
「どうするって…… 権限無いし、今の僕達には手出し不可能だよ。龍くんには知らせておくけど」
その不吉な生命体は、不敵な笑みを浮かべているようだった。




