61 トミえもんの秘密
「……で、持って帰って来ちゃったの?」
やれやれといった顔で、レオが美咲に聞く。
ここでレオに断られたら、トミえもんは死んだも同然だ。
美咲はいつになく神妙な態度で、レオに懇願した。
「だって可哀想じゃないですか?」
「気持ちは分かるよ。ただこのロボット、もう寿命っぽいんだよね。分解して使える部品が無いか、彩さんに頼むか」
「すいません、ありがとうございます!」
美咲は、普段より一層頭を下げて礼を言った。
「良いよ、おばちゃんのそんなところ嫌いじゃないし」
レオも苦笑いだ。
数日後、出社してみると美咲の仕事場の前にレオと彩さんがいた。
美咲を待ち構えていたらしい。
「お疲れさん。調べたんだけど、あのトミえもん、なかなか面白いよ。彩さん、お願い」
「はい。このロボットを隈無く調べたのですが、どうもあのピカ吉と似ています」
「どういうこと?」
美咲は、意外な言葉に驚いた。
「元々は汎用性ロボットなのですが、骨格系やコア部分ですね、そこにチープセルが入っていたり、ピカ吉と似た設計がなされているのです。逆に、そのコア部分の劣化が著しく、ここでは修理不可能です」
「つまり、アネキの手が入ってるロボットらしいんだ」
レオが説明を付け加える。
「あんた、何か知らないの?」
美咲がレオに問いつめた。
「分かるだろうけどアネキも工作が大好きで、色々ロボット作ってもらってたんだよね。時期的にアネキが十歳前後だし、あってるかも。そん中にこれがあったような気もするし、忘れちゃったな。ただこうなると、直すにはタマーランドにお邪魔する必要があるね」
「あそこに部品あるの?」
「多分だけど、ケラミュ達のメイン基板と構造似てるからね。まあ準備もできつつあるし、敵情視察の意味合いも兼ねて、ちょっと行ってみようか? 今回は依頼じゃないから、臨時収入もないけど」
「分かりました」
「じゃあ、予定決まったら富崎から連絡させるよ。多分、四月になっちゃうよ。中学受験は無事合格したけど、年度末はイベント多くてね」
そう言うと、レオと彩は各々の居室へと戻って行った。
そうなんだ……
気分転換に、美咲は辺りを散策した。山の残雪も減り、春の日差しを感じる時も多くなった。
LITの社員達以外には誰もいない。未使用の廃屋は窓ガラスも割れ、無惨な姿を晒している。
誰も参拝しなくなった神社の境内は荒れ果てて本殿は傾き崩れ、鳥居だけが往時を偲ばせた。
寂しい風景でもあるが、美咲が住む飯沢市より、遥かに澄んだ空気がおいしい。
大きく深呼吸する。遠くで春を告げる鳥の鳴き声がした。道ばたにタンポポが咲き並んでいる。
散歩から戻り、昼食の仕度に取りかかる。社員食堂なんて無いから、皆勝手に食べている。
幸い台所や冷蔵庫が普通に使えるから、時々麓のスーパーに行き、買い置きしておく。
一人分だが味噌汁とご飯、近くで採って来た山菜の煮付けや野菜の炒め物とバランスよく作った。
ご飯を食べがてらお昼のテレビをつけると、ちょうど猿渡池の出演するワイドショーだった。
タマーランドの紹介もされている。美咲達が潜入した時よりも豪華で煌びやかに変貌した。
美咲達を襲いLITを壊滅させた恐ろしいケラミュ達は、今や子供達のアイドルだ。
タマーランドか……
トミえもんの為にもLITの汚名を晴らす為にも、ここに行かねばならないだろう。
頑張るか。
レオの言う通り、しばらくは連絡がこなかった。美咲も卒園式や入学準備で忙しく、時間がない。
ここのおかげで収入も増え、それなりのランドセルや一式を揃えられ、大翔も喜んでいた。
そして四月⎯⎯⎯⎯
「お仕度は大丈夫? 宿題は? れんらく帳は?」
「……忘れた」
「ああ、もうっ!」
入学して一週間、美咲はイライラしっ放しだ。
大翔が小学校に上がってから、いつもこうだ。
保育園のときは仕度だけで済んだが、小学校にあがると宿題や勉強があるし、PTA活動もある。保育園から一緒の仲さんや上田さんと情報共有しているから、何とかやれてはいる。親代わりの立場も、昨日の保護者会で事情を説明すると問題なく受け入れてもらえた。
だがパパさん達には多少身構える。昨日の保護者会飲み会の後、早速飲みに三件誘われた。両親一緒にLINES交換だから一見普通のやり取りなのだが、後からのパパ達の食いつきがハンパない。当然無視だ。大迷惑だから、やめてほしい。
新しい生活リズムに慣れず疲れ気味の昼時、社用電話の呼び出し音が鳴った。
富崎さんからだ。
「どうですか? そろそろとレオ様が仰っていますが。明日の夜は?」
「そうですね、じゃあ行きます」
小村さんには悪いが、一晩預かってもらおう。




