06 現場に到着
「じゃあ、この飛行機が人型ロボットに変形するとか?」
「そんなの、今の技術で出来ません」
「そうですよねえ」
これ以上は追求しても無駄と思い、美咲は作り笑いでごまかす。彩は相変わらず、無言で女性誌を読んでいる。浩リーダーも愚痴に飽きたのか、スマホを見始めた。張り詰めた緊張感や一体感とは無縁の淀んだ空気の中に入り込み、美咲は辞めた高校を思い出した。
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五年前、一緒に暮らしていた姉の桜が、妊娠して子供を産んだ。
相手は教えてもらってない。夜の商売をしていたけれど、多少の目星はあったようだ。でもどうやら認知はされなかったらしい。堕ろすお金もなく、姉にその気もなかったようだ。そのころ両親は離婚騒動直後で頼れず、美咲も家を離れて姉と一緒に住んでいた。
姉は羽振りの良い時もあったが、明らかにストレスを抱えていて、段々と美咲とも喧嘩ばかりの毎日になる。しかも姉は、出産後一年も経たずに大翔を置いて失踪。そうなると、高二だった美咲が大翔を世話せざるを得なかった。
親や姉に似ず、美咲は元々正義感の強い性格だった。とても小さくか弱い赤ん坊を、無下にできる訳がない。自分を求めて泣いたり笑ったりする大翔を見ると、何とかしなきゃという責任感が出た。だが、美咲も子育ての経験なんてなかったから、何も分からず大変だった。幸い大家の小村さんが良い人で、助かった。今でも何かと世話を焼いてくれて、手伝ってくれる。小村さんがいなかったらと思うと、ゾッとする。
でもやっぱり高校に通いながらの子育てはきびしい。欠席日数が増え、周りから冷ややかな視線を浴び始めると、勢い登校する気力が削がれる。先生達も、かばってくれない。児童相談所に行けの一点張りで、誰も親身なってくれる人はおらず、行きがかり上、中退しか選択の余地は無かった。偶に戻って来る姉と大翔を、離れ離れにさせる訳にはいかない。
今なら先生達がとった態度も、多少は理解できる。けれど、先行きの無い高校生活のどんよりした空気が苦手だった美咲は、その選択を後悔しなかった。友達も少しはいたが、仕事と育児の両立は忙しく、いつの間にか連絡も絶えた。
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「現場を一通り旋回後、近場に着陸します。【ルタンチャー】で応戦しましょう」
直樹さんだけは、何か策を考えているようだ。
面接を担当するくらいだから、それなりに信頼があるのだろう。
「あれ、攻撃範囲狭いんじゃなかったの?」
「だから十分引きつけないと」
「じゃあ大塔屋君の案で」
とりあえず作戦は決まったらしい。
やがて美咲達を乗せた機体は、お台場上空についた。
「あ、あれ!」
「確かに動いてるわあ」
「感動だなぁ」
報告通り、お台場の名物らしいガンドムとか言う巨大なロボットが、足取りも確かにゆっくりと船の博物館の方角に歩いていた。言われてみると確かに昔お台場に来た時、変な像があった気がする。あれ、動くんだ。
警官達が警棒を振りかざし、宮崎アニメのモブキャラみたいにワラワラとガンドムにまとわり付こうと励む。だが哀しいかな全くの徒労で、ガンドムの歩みは止められない。わーわーと騒ぐだけだ。
ビームライフルは、なさそうですね」
直樹の言葉に、誰も返答しなかった。
「何してんだろう?」
「散歩したいんじゃないですか?」
「何で?」
フェンガーは上空を二旋回ほどしたが、相手は特段何の反応も示さない。
「動きから判断するに、あのロボットは自動操縦です」
フェンガーに搭載されているAIが喋った。自然な女性の声だ。
「バルカン砲もビームサーベルも、飾りかな?」
直樹が発する言葉は、美咲にとって外国語である。残り二人も、全く反応しない。浩リーダーが何やら操作すると、フェンガーは近くの駅前広場に、ゆっくりと着陸した。
最近は行動範囲が狭くて、美咲は最寄り駅の商店街ぐらいしか行かない。お台場には高校中退直前に来たっきりだ。丁度良い、仕事終わったらついでに買物行こうかなと、美咲は気楽に思った。
早く終わらせようと、美咲は何も考えずにフェンガーから外へ出る。すると周囲は黒山の人だかりで、何やら怯えた沢山の眼が並んでいた。写メの音が気に障るし、フラッシュも眩しい。慌てて機内に戻る。
「どうしたの?」
「人が沢山いて……」
慣れない美咲はまた外に出るのを躊躇する。
そんな美咲を見かねて、直樹が説明した。
「大丈夫ですよ、このアヴィトラプはデジタル電波妨害ノイズを出すから、テレビや携帯の映像に映らないようになってます」
そうなんだと感心して再び外に出ようとする美咲を、直樹が呼び止めた。
「そう言えば美咲さん、ルタンチャー持ってないよね? はいこれ」
直樹から手渡されたのは、粘土みたいな銀の塊だった。