53 秘密
美咲は彩との会話を試みるが、今日は何時にもまして不機嫌で、時々直樹を露骨に睨みつける。この前みたいな噂話はしづらいし、無難なのは仕事の話だが、専門用語が多すぎて美咲には無理だ。
すると残された手段は、相手を褒めるに限る。
「お肌綺麗ですね」
「20代のあなたに言われたくないわよ」
彩は素っ気なく返すだけで、即詰んだ。
美咲より直樹の近くに移る機会を、見計らっているようだ。
今更仕方ないし、美咲は1人でも気にしないので、がぶがぶ飲んで食った。
自慢じゃないが、食いっぷりは小さい頃から人一倍だ。
そうだ、こんな飲んでなんかいられない。明日からの生活どうしよう……
酔いの中に入りながらも現実が少し掠め、暗鬱な気持ちになる。
しかし考えるのも面倒だし、今は取りあえず飲みに集中し、ゆずサワーを追加した。
日本人だけの飲み会は、人間関係を円滑にするか炎上させるかの、二択しかない。
そしてこの面子では、どう考えても円滑になるのは不可能だった。
▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶ ▷ ▶
「んでさあ〜 アネキって何よ、ア・ネ・キって」
酔った美咲が、レオに絡み始めた。
「おばちゃん酒乱なの?」
レオは迷惑そうに、美咲の吐く息から顔をそむける。
「いいでしょお〜 何だってえ〜 だからあの娘とどんな関係なのよ?」
「……言った通りだよ」
「大体、あんたの親は誰なのよお? どうやって生活してんのう? もう社長じゃないんだから、言っちゃいなさいよ? え、ハグする? ハグ? ほらギュ〜〜」
美咲はレオを思いっきり抱きしめ、Fカップの魔力に押しつぶされるレオは窒息寸前になる。
男共は羨ましい顔になり、彩の眼は更に冷たくなった。
「おばちゃん、ぐるし〜! 分かったよ分かったよ、富崎あとは頼む」
「良いのですか? おぼっちゃま」
「まあ、曲がりなりにもうちの会社の正社員だったからね。良いよ。じゃあ僕はこれで」
そう言うと、レオは帰っていった。
「で、なになに? 実際どうなの?」
「私も聞きたい〜」
急に女子2人は富崎の側に座り、尋問体勢になった。
浩と直樹は少し離れて、何か談義している。
「おぼっちゃまの許可が出ましたので、良いですかね……剣四菱財閥はご存知ですか?」
「ちょー知ってる〜 あの有名な財閥でしょ? 創業ひゃ一族のししゃんは五十兆とか」
彩も飲み過ぎているのか、少々ろれつが回ってない。
「レオ様は、その創業者一族の長である剣四菱隆信様の、ご子息なのです」
「え、マジ?」
「ヤバい、ちょーうける〜」
「でもハーフじゃなくない? 確かあそこの奥さんて、日本人の超美人モデルでしょ?」
ママさん達と付き合いが多い美咲は、女性誌ネタには詳しい。時々セレブ特集に出ている。
「はい、実はその通りで……隆信様が海外支社長の時に出来た子供で、庶子なのです」
「うわ、マジヤバい!」
「タカノブ、やるぅ〜! はい、じゃあ富崎さんも飲んで飲んで!」
「いえ、わたくしはお茶しか……」
女性2人に囲まれ異常なテンションで、富崎も断りきれずビールを飲み、滑舌が良くなる。
「それでそれで?」
「はい。しばらくはアメリカで暮らしてたようですが、2人が大きくなると日本に……」
「うわ、きたよ舞姫! んでんで?」
「タカノブ、ぴーんち!」
「んで、そのビ◯チはタカノブに結婚しぇまったの?」
もう単なる井戸端会議にしか見えない。
「すでに隆信様は結婚しておられましたので……」
「リンフーか! タカノブさいってー!! んじゃ大人しく帰った?」
「いえ、物凄い剣幕で屋敷へ来た奥様は壮絶バトルを繰り広げ、養育費をゲットしたのです」
「やったー!これで食いっぱぐれない! じゃあ富崎さんも飲もう飲もう!」
「あ、はい……ありがとございます」
富崎も、結構いける口らしい。すぐにグラスを飲み干した。
「でもさあ、んじゃ何で今はあいつら別々に居るの?」
彩の質問は真っ当過ぎて、ごまかせない。
「それがですが、奥様は数年前に亡くなってしまい……」
「キターーー! いやあ、分っかりやすいわ」
「それな」
「んで2人はどうしたの? ちゅうかあんたは何時から世話してんの?」
もう富崎を、あんた喚ばわりだ。
「私は奥様が来日した当初から、世話係として派遣されていたのです」
「やっぱあの2人の親だから美人?」
「え、まああ。その通りです」
「もしかしてヤった?」
彩の本性が垣間見える。
「い、いえそんな……執事ですから」
富崎は何を思い出したのか、俯いた。
「じゃあさあ〜 質問変えるわ。あのくそガキ女、何であんな事してんの?」
「それが、昔は2人仲良くお風呂も一緒に入っていたのですが、ある日突然、悪に目覚めまして」
「は? 何それ? お風呂関係ないじゃん」
「まあそうですが、とにかくジェニファー様は悪に取り憑かれ、何処かへ去って行ったのです」
「で、プチモン好きだったとか?」
「そうですね。沢山プチモンを集めていました。あ、それで思い出した。レオ様がある日、ジェニファー様の持っていたプチモンデータを誤って全消去してしまったのです」
「それだ! そりゃ怒るわ〜」
美咲も昔似た事を姉にして大激怒されたから、良く分かる。
「じゃあさ、これって姉弟ケンカってこと?」
「そうかもね〜 しょうがないからトミサキ飲め! 全部あんたが悪い!」
「あ、はい……」
また仕方なく飲まされた、富崎であった。




