05 3人目と4人目が来て、出発
「この飛行機は【フェンガー】と言いまして、全長二〇mで幅一五・六m、高さは五mで最大離陸重量が約二六・五tです。両翼にあるプロペラは、オスプレイみたいに垂直散開して、垂直離着陸も可能なんです。新式のSABREを搭載しているから、本気を出せば、三時間で世界の裏側までひとっ飛びです。今後五人で行動する時、基本はこれで移動します」
「五人もいるんですか?」
(え〜!)
意味不明な単語が羅列する説明と三時間で地球を半周するとかいう飛行機の性能よりも、同僚の存在が美咲を驚かせ、憂鬱にさせた。
今までの職場でも、いつも最後は人間関係がこじれていた(ほぼ全て美咲が最初の原因ではなくて、オヤジ共のせいだが)。だから一人でやれる商品モニターを選んだのに、予想外だ。誰にも邪魔されず、もっと気楽に仕事したかった。だが既に契約済だから、仕方ない。
「はい。今日は四人ですけどね」
そんな美咲の気持ちを、大塔屋は全く読み取ってない。
「あ、一人来ました」
直樹が顔を上げた先を美咲も見ると、大きいヘリコプターみたいな乗り物が湖を越え、上空を静かにふんわり柔らかく飛んできた。
プロペラ音も静音で、ほとんど聞こえない。二人の真上で一旦静止すると、優雅に着陸する。扉が開くと、中からは妖精みたいに小柄な女性が現れた。一目で高価と分かるゴスロリファッションのブラウスとスカートを、上品に着こなしている。長くて綺麗な銀髪縦ロールに、青い口紅と赤いマニキュアが似合う人なんて、初めて見た。
アヴィトラプをかけているので、顔は良く分からない。だが肌で判断する限り、貧乳だけど美咲より年上だ。ハイヒールで精一杯強がっているけれど、一五〇㎝半ばぐらいか。小動物っぽくて、抱きしめたくなるくらい可愛い。
「ナオ、この人はどなた?」
かつかつとヒールを鳴らし歩いて来たその女性は、いぶかしそうに美咲を一瞥し、直樹に聞いた。とっさに美咲は挨拶を返す。見れば分かる。明らかに、大塔屋さんより格が上だ。初日から敵に回したらヤバいと、美咲の本能が言っていた。
「はじめまして、本日から入社した桃浦美咲です。よろしくお願いします!」
「あら、そう。私は下前谷彩よ。よろしく」
彩はすぐ美咲を一瞥すると直ぐ、直樹の方を向いた。
「で、リーダーは?」
「未だです」
直樹がイライラしながら腕時計を見ていたその時、左手奥の森から鳥達の慌ただしい鳴き声がする。鳥がバタバタと飛び立つ羽音もして、何かがやってくるようだ。すると枝がポキポキと折れる音と激しいエンジン音が、クレッッシェンドに響き始めた。やがて小型の戦車みたいな車が現れ、美咲達の眼前で急停止した。
猪突猛進が似合うその形状は本当に戦車のようで、迷彩模様で砲塔も一つ装備してある。だが、キャタピラではなく、大きなタイヤが両脇に四つ付いた八輪車だ。美咲も見上げるほどの車高だ。
「遅れて申し訳ない。もう集まりましたか?」
上開き扉が開いて現れたのは、美咲の祖母がファンだった石原裕吾郎ばりのキメキメな白いスーツを着た、これまたアヴィトラプをかけた姿で髪型も精悍なナイスミドルだ。三〇年前なら九〇点か。背丈は一八五㎝ぐらいある。自分の背が一番高くないと分かって、美咲は内心ホッとした。
「はい、リーダーが最後です」
このダンディなオジさんにとって、直樹の焦りは全く関係ないようだ。これがリーダーの余裕なんだな。この二人より、とにかく風格がある。
「じゃあ行きますか。おや、この方は?」
浩リーダーは、美咲に気付いたようだ。ここでもそつなく、挨拶をする。
「はじめまして、新入社員の桃浦美咲です。よろしくお願い致します」
「ああ、今日面接した人か。合格おめでとうございます。リーダーの閃光寺浩です。頑張って下さい」
美咲にそれ以上話しかけるでもなく、浩はすぐにフェンガーへと向かった。直樹は浩と並んで歩き、彩は少し離れてついて来る。既にフェンガーのメンテナンスは終了して入り口が開いていたので、一行は階段を上り中に入った。整備士の人達は、入れ替わるように外に出ていく。
「わあ、凄い!」
内部は、広々とした余裕ある空間だった。操縦席は仕切られておらず、何やら難しそうな計器が沢山ある。シートはどれもフカフカで柔らかく、とても座り心地が良い。寝てしまいそうだ。
「これ、カッチーニなのよ」
下前谷彩が、美咲に説明する。
「へえ。ニタリより高いんですか?」
「……じゃあ行きます」
美咲の質問には誰も答えず、浩リーダーがスイッチを押して操作すると、フェンガーはエンジン音を低く鳴り響かせながらプロペラを回して垂直上昇し、発進する。瞬く間に眼下にミニチュアみたいな風景が広がる空の旅は快適で、初めて見る珍しい景色に美咲は興奮した。
『20分で着くからね。しっかり準備して』
ウェクルスに映るジョニーが言う。リーダーと直樹は操縦席に座り、真剣に話をしている。きっと作戦会議だろう。プロペラ音がうるさくて聴きづらいが、美咲は、漏れる声に聞き耳を立てた。
「大体さあ、両親の介護って大変なんだよ、お互い齢だし、嫁にやらせると文句言うし。弟が早く嫁もらって、やってくれたら良いんだけどさあ……」
……どうやら、思っていた話とは違うらしい。
「リーダー、で、作戦はどうします?」
「直樹君は、どうしたいですか?」
ボタンの掛け違いというか、話が全く噛み合っていない。人は見かけによらない。リーダーの印象は、第一印象と真逆になり始めた。昔の職場にいた、ボケ爺さんを思い出す。高齢化社会だから、日本はどこも大変だ。
一方、彩は奥の席で誰の目も気にせずヘッドホンを付け、女性誌を読んでいる。お互い話しかけず慣れた様子を見ると、いつもこんな感じなのだろう。
自分達より下に浮かぶパン型の雲達は地上に影を広げ、太陽は普段にも増して輝いていた。これから何が始まるのか知らないが、とにかく無事に終わって欲しいと願う美咲であった。東京湾が見え始めていよいよお台場の現場に近づいた頃、気になって美咲は直樹にたずねる。
「すいません、武器ってあるんですか?」
「武器?」
直樹は、何でそんなことを聞くのかと、いぶかしげな顔をした。
「ミサイルとか、爆弾とか」
美咲は、戦いに来たのだと思っている。こんな戦闘機にはそれぐらいの武器があるもんだと、大翔と一緒に見るアニメや特撮ヒーローを思い出しながら聞いていた。
「警察に捕まります」
「……そうですよね」
日本にいるのだから、当然といえば当然だ。納得したふりをして相槌を打ったものの、ではこれから一体何をどうやってそのガンドムとやらを退治するのか、美咲の疑問は晴れなかった。




