43 浩です
正社員となっても、特に義務は発生しない。
美咲の出社は週三〜四日の割合だ。
ルタンチャーの扱いにも大分慣れた。
武器よりも生活道具を作っている。
デザインするのは結構面白くてやみつきになった。
あとは赤川コーチとの特訓も楽しみだ。
お金もらって体を鍛えられるから、美咲にとって一挙両得だった。
富崎さんに聞いたら、特訓時のデータも開発に反映されているそうだ。それなら安心して勤められる。
すっかり夏らしくなったある日、会社に来たらレオから連絡があった。
「おばちゃん久しぶり。今日は浩リーダーの仕事場に行ってみる? 僕は今から夏期講習だけど」
「そうですね、分かりました」
またメンバーの職場場見学を勧められた。親睦を深めるのも大事だろう。ただ最初のガンドムの件以来、どうもリーダーの印象は良くないので、少し気乗りしない。
そもそも個々の製品開発が主な仕事のせいか、LITで親睦を深めるようなイベントは全くない。育児に専念出来るから助かるものの、相手がどんな人なのか分からない面も多かった。
この前と同じようにエラーラに乗り込むと、予めプログラムされた自動操縦が起動した。湖ではなく森の方に向かって飛び始める。
浩の仕事場は山奥の方にあった。てっきり湖でヨットでも乗ってるのかと思ったが、違うようだ。建物の外観は、お寺みたいな木造建築である。なかなかシブい。
「こんにちは〜」
入ってみるが誰もいない。
外に出て庭を散策すると、奥で滝の音がした。草をかき分けて進むと、滝行をする浩がいた。ふんどし姿だ。あの年で筋肉もりもりはさすがだが、声をかけてみるべきか、ちと悩む。ちゅうか、見たくない。
『なんで?』
美咲の心理状態を読んで、ジョニーが聞いた。
「だって、ねえ……」
オヤジと裸の付き合いをするつもりは、全くない。
突然、ガサガサ! っと後ろで音がする。
ブヒブヒ!!
振り返ると、猪だ。
美咲を認めたようで、こちらへ向かって猪突猛進で走ってくる。
ブブヒヒ〜〜!!
(うわヤバいっ!)
慌てて美咲は逃げまどう。浩のことなんか気にしてられない。すると、
ドボーーーン!
川に落ちてしまった。幸い足がつき深くはなかったが、びしょ濡れだ。
「どうしましたか?」
当然、浩が気付かぬ筈が無い。ただその態度は至って紳士的だった。
「すいません、見学に来たのですが、」
「建物にシャワーと乾燥機があるから、使っておいて下さい。後でいきます」
「すいません……」
期待されたムフフな展開も無く、シャワーを浴びて服を乾かし終わったところに、浩が戻って来る。
「お疲れ様です」
「あ、はい」
「さて、社長から聞いています。私の仕事ですが、乗り物全般の設計です。ご存知のように美咲君が乗って来たエラーラや私の乗るカッタクルス、そしてフェンガー等、LITでは沢山の乗り物も作っています。総て試作品だから手作りに近いのですが、細かい部品は整備員の人達が作ったり、下請けから納入されています」
「そうなんですか」
整備員とは、初日に見た人達のことらしい。
コンピューターのディスプレイには、様々な乗り物の設計図や3Dモデルが映し出されていた。
「少し専門外でしたが、大学の頃に流体力学や各種工学を一通り学んできたので、こうして設計に携わっているんです。ここは環境が良くて、良い職場です。冬はスキーも出来るんですよ。スキーやりますか?」
「いいえ」
そもそも美咲の家では、スキー用品を買う金がなかった。
それに住んでいる街も、雪は滅多に降らない。
「そうですか。じゃあテニスは?」
「テニスですか?」
「ええ。経験ありますか?」
「いえ、無いですけど」
赤川コーチとバドミントンをする時はあるが、ジムにテニスコートは無い。
テニスなんて、漫画の知識だ。
「昔はテニスとスキーって,定番だったんですけどね。彼等もやらないから、最近はロボット相手ばかりで。美咲君は運動神経良いし、ちょっとやってみましょう」
「はあ。でも服装は?」
断りづらい。
「フォット着てれば、何でもいいですよ。ラケットはあるので、じゃあ行きましょう」
半ば強引に連れて来られたテニスコートは、だがテレビと観たのに反し、サッカーグラウンドほどの広さもある。これを1人で走り回るのは、流石にキツそうだ。
「じゃあ、1セットにしましょうか。最初は美咲君から。審判はロボットにやらせます」
そう言われて手渡されたラケットは、鋼鉄製だった。
ボールも、普通サイズより明らかに大きくて、重い。
「ミサキ、サービングプレイ!」
見よう見まねでサーブする美咲だったが、如何せん距離が遠過ぎて、ネットまですら届かない。
フォルトばかりであっという間に1ゲームダウンとなった。
「まだ慣れないですかね? じゃあ行きますよ!」
2ゲーム目、浩からのサーブだ。
やおらボールを高く投げ上げると浩も跳び、ジャンピングサーブが炸裂した。
ヒューーーー ドスッ!!!!
超速度で撃ち放たれたボールは火の玉と化し、全然動けない美咲の直ぐ側を跳んで行った。落下地点には窪みができ、煙が上がっている。殺人級だ。
(何これ、全然聞いてない!)




