28 上手くいったか?
今度は北浜駅前広場での待ち合わせとなった。路線も違うし、やはり行動範囲が広い。
被害者と覚しき老人も前回と同様、上品でお金持ちそうなお祖母さんだ。
データファイルを読むと、黒崎さんと言って八十五歳とある。
あの失敗した日から数日後、謝罪しに芹沢さん宅を訪れた。よっぽど罵倒されるかと覚悟して行ったが、あっけらかんとした様子で「良いのよ」とまたお茶を出してくれた。
芹沢さんは孫のような自分に、近所の茶飲み友達の話とか、趣味の登山の話をするだけで、取り立てて深刻な様子はうかがえなかった。美咲が三百万円も盗られたら、大翔を養えないし絶望しか残らない。そもそもそんなお金自体、手にした経験がない。芹沢さんは余裕があるのだろう。美咲は少し複雑な気持ちになった。
帰りがけも「あなたと会えたのも、あのロボットのおかげね」と笑って送ってくれた。ああいう家に生まれたかった。ずっと連絡が取れない本物の息子は、一体いま何処で何をしているのだろう。会ったら首根っこ掴んで一緒に住んで孝行しろと説教したくなる、美咲だった。
前回と同じSUVに乗って張り込みをする。衣装は相変わらずOLスーツとヒップホップスタイルだ。
昔のテレビ番組や好きな芸能人に共通の話題を見つけ、少しは会話が弾んだ。
ただ美咲は前回のお返しで、「結婚されないんですか?」と空気読めない質問をしてみた。
すると直樹は、「……離婚したんです」と、ぼそっと小さくつぶやいた。
前回より一層重い空気が2人を支配し、気まずさマックスで美咲は思いっきり後悔する。
「来たよ」
2人の気分を見透かしたようにペッピーが現れ、黒崎さんに近づきやり取りをし始めた。
前回見たペッピーと同じかどうか、ここからでは分からない。
この前の芹沢さんの話を再現すると、こうだ。
「お母さん、ありがとう。警察が来るかも知れないから、代理だよ。お腹が開くから、お金入れてね」
完全に疑惑をぬぐい去れなかったけれど、やはり息子そっくりな言葉に魅かれ、またロボットの無機質さにも恐れを感じ、素直に入れたそうだ。大抵の人間は、そうなるだろう。
いま遠目に見ても、状況は良く似ている。別件で紙幣代わりに新聞紙を入れたら、ペッピーがつり目になって違うと怒ったらしい。センサーでも搭載しているようで、この案は中止になった。
やがて金額を確認すると、前回と同様に背中からプロペラが幾つも出て、飛び去って行った。
「じゃあ行きます」
美咲はSUVから出ると、ヴォランタペに乗って滑るように飛翔した。
訓練の成果を見せる時がきた。レオほど滑らかには飛べないが、上々の乗りこなしだ。
『一応ロックしてあるけど、半径一キロメートル以内は維持して』
ジョニーがアドバイスする。
「了解」
コンタクトレンズの映像からは、ペッピーの位置がマークされていた。
ペッピーがどんなセンサーを持つのか分からないから、気付かれずに追跡するのは至難の業である。
「すいません!」
「きゃあ!」
気を取られ危うく歩行者にぶつかりそうになったが、民家をかいくぐり屋根伝いに飛んで、ペッピーから見つからないように、注意深く尾行した。予想していたが空から追跡するより何倍も大変だ。
何とか食らいついて行くと、やがてペッピーが降下を始めた。
「あれ? この場所、前と全然違くない?」
『ホントだ。荒立区だ』
レオも同意した。ペッピーが下りたのは、高層マンションなんかどこにも無い、古い団地だ。
美咲の住んでいる地域と、どことなく雰囲気が似ている。
降下したペッピーを遠目で確認しながら、美咲は誰かが来ないか周辺を見渡した。
幸い、ペッピーの様子はこちらに気付いてない。
昼時の公園は、どこも人が少ない。昔の自分みたいに幼い子供を連れた親子連れや、暇そうにしているお爺さんが、まったりとした時間を流している。
えっ?
暫く止まっていたペッピーだが、突然変形をし始めると車輪が出て来て、走行型に変わった。
周りの人々は慣れているのか、誰も驚く様子が無い。
「直樹さん、あれ変形しました。車輪が出て、車みたいになって移動するようです」
「マジ?凄いな。どんな仕組みなんだろう?」
直樹は犯人よりもペッピーに興味津々のようだ。美咲の方は、見失わないように追跡を再開した。
道路移動だから何とかなるが、近づきすぎないように注意する。
狭い路地も細心の注意を払って尾行したが、敵もさるもの、猫のように急に細かく複雑な路地に入り込んで高速移動し始め、またもや見失ってしまった。
「ホント、やんなっちゃう」
またやり直しか。美咲は落胆し、ヴォランタペから下りた。
!?
何となく視線を感じて後ろを振り返ると、大翔と同じ齢くらいの女の子が、こちらを見ている。
髪も肌も汚れ、服もよだれがついていた。少し笑っているのが愛嬌か。
顔は可愛いが何せ他にちょっと問題がある。児童相談所案件かもしれない。
「あら、独り? お母さんは?」
やはり同じ齢頃の子供だから気になって、話しかけた。
1人でいる姿は危なっかしいが、慣れているのか本人はさほど気にしていないようだ。
大翔だったら、1人になると直ぐに泣き出すのに。やっぱり女の子は強い。
「未だ帰って来ないの。それより、ペッピーに会いたいの? 一緒に行こっか?」
少女は、屈託の無い笑顔を美咲に返して来た。
「え、本当?」
意外な情報源に、美咲は驚いた。




