02 新しい職場は謎が多い
(す、凄い……)
初めて見た光景に目を奪われる美咲だが、気を取り直して部屋を探し始める。
でも新人だから何処に何があるのか、目算が全然つかない。
気付けば、面接に同席していた富崎さんも居ない。
もしかすると、こういう時には決まった持ち場があるのかも知れない。
つまり2人とも自分のことばかりに気をとられ、美咲に部屋の位置を教えてくれなかった。だから、何処に何があるか、全然分からない。でも社命は絶対だ。入社当日に遅刻はマズい。
既に説明を受けたが、ここは元ショッピングモールだけあり、カラフルで大小様々な部屋が沢山ある。開放的で歩きやすいけれど、今はウィンドウショッピングする暇はない。うろ覚えで目指した方角に行っても、部屋の仕切りが独特だから予想と違う部屋ばかり。迷宮に来たような感覚で、頭がフラフラする。
どうしようと悩んでいると、反対側の階段から、ツナギ姿の作業員達がドタドタと慌ただしく駆け下り、何か言いながら何処かへと走って行った。まるで軍隊のような動きで、かなり訓練されている。
緊急時で忙しい時にわざわざ聞くのも気後れし、美咲は声をかけるチャンスを逃してしまった。更に時間をロスし、焦りながら探していると、
(あ、あった!)
やっと自分の名札付きの部屋を発見し、安堵する。既に名前が貼られているから、合格は既に決まっていたらしい。改めて夢じゃないと確認できて、美咲はホッとした
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失業して半年。流石にまずいと思った美咲は、一週間前、馴染みのハロワにしぶしぶ行ってみた。そして受付の石垣さんから紹介された物件が、この『LIT』とかいう、アルファベットの会社だ。
背が高くてスタイルが良く、少したれ目で気弱に見える顔の美咲は、どの職場でもオヤジから言い寄られる損な役だった。だが四才から高校中退まで習っていた空手のおかげで、どんなオヤジも撃退できた。体も丈夫だから、土方仕事もできる。
最近紹介された船森建設でも、主任オヤジのセクハラをみぞおち蹴り一発で仕留め、即退職。他にも三ヶ月以内で辞めた会社は数知れず、前科は十犯以上。顔馴染みになった石垣さんも、呆れていた。
だから最近はハロワに行くのも気後れするが、背に腹はかえられない。
そんな美咲に薦めるのだから、ブラック案件だろうとは誰でも想像がつく。
唾を提出するなんて怪しいし、ホームページを閲覧しても、詳しい業務内容は書かれていなかった。でも求人票に書いてある『商品モニター』、『在宅勤務も応相談』の言葉は、美咲にとって非常に魅力的だった。しかも二ヶ月勤務すれば月三十五万の正社員に昇進できるのも破格の待遇で、至れり尽くせりだ。更に誰も応募がないと聞いて、逃すものかと直ぐに応募した。
急そして一週間経った今日の朝、甥の大翔を保育園に送りスーパーに寄ってから帰って来ると、アパートの前に立派なリムジンが停まっていた。
美咲は少し気になったが関係ないと思い、車の側を通り過ぎてアパートの階段を上ろうとした時、車から下りてきた初老の男に、美咲は呼び止められた。
物腰柔らかな紳士に見えるその男性は、富崎佑司と名乗った。丁寧な物腰だけれど、拉致同然に車に乗せられて、着いた先が、広い野原に囲まれ湖畔にたたずむこの建物だった。
何せ突然だったから、スニーカーでジーパン・Tシャツとラフな格好に加え買い物袋もそのままだ。ちなみに買い物袋は、面接前に富崎さんが受け取って、冷蔵庫に持って行ってくれた。
そんな経緯で、美咲はここにいる。