11 終わった終わった
「あ、はじめまして! 今日から社員になりました、も、桃浦美咲です」
立場をわきまえ、たどたどしくも挨拶をし直す。
初日からこんな失態をするとは、つくづく運がない。
そもそも社長の名前すら、誰も教えてくれなかった。
だが挽回するために美咲はとにかく下手に出て、お辞儀をし直す。
「いいよ、おばちゃん。そんなの気にしなくて。もう知ってるから」
「は、はい……」
考えてみれば、社長だから美咲の履歴書を当然見ているだろう。ただこの減点は致命的だ。今後の査定に響く。下手をすると試用期間で終わってしまうかも知れない。美咲はどう取り繕おうか、必死に考える。
だがそんな事よりも、現場の混乱はまだ収まっていなかった。
「うわー!!!」
「きゃぁあーーーー!!」
再び船の博物館の方から、沢山の叫び声がする。
そこでは、信じられない光景が展開していた。
何と、激しく軋んだ金属音が鳴り響き、停止したガンドムが崩れ始めたのだ。鬼の首を取ったような警官達の威勢は消え去り、再び一目散にガンドムから逃げ惑っている。全くもって忙しい。
どんな仕組みか知らないが、爆発ではなく、全体が細断されて今や形状を留めていない。噴煙が立ち上り、視界が急激に遮られ、何も見えなくなった。やがて土煙が消え去ると、さっきまであったガンドムは、スクラップ鉄くずの山と化していた。
「自爆装置かな」
「そのようですね」
さっきまで怒られていた浩だが、冷静に返している。
叱られ慣れているのか、あまり気にしてないようだ。
ともあれ後片付けは、国家権力でもできる簡単なお仕事。こうなると安心したのか再び警官は集合し、パトカーが多数乗り入れ、各種車両もやってくる。
そんな中、一台の黒塗りの車がレオ達の方まで乗り付け、中から人が出て来た。警官と制服が違うし、胸にはこれみよがしに勲章を沢山付けている。
その人物はボディーガード達に囲まれレオの前までやってきて、
「ご協力ありがとうございました」
と、丁寧に腰を低くお辞儀をした。
明らかに若い。美咲と綾さんの間ぐらいか。
「ああどうも、龍乃宮くん。いつもの宜しくね」
それに対してレオは、そっけない返事をする。
だがその人物は再びレオに対して慇懃に一礼し、車に戻り去って行った。この様子から見るに、どうも知り合いらしい。警察からここまで感謝される身分なのかと、美咲は今更ながら驚き、このガキをじっと見つめる。
そんな美咲に構わず、レオは
「さあて、今から五時間目の授業。体育でサッカーやるんだ」
と言い残し、さっきの空飛ぶスケボーに乗り颯爽と飛んで帰って行った。
一応は解決したが、まだ彩も直樹も負傷して倒れている。しばらくして救急ロボットによる手当てが終わり、ようやく二人とも立ち上がった。歩いて戻れるようだ。彩はスカートをやたら気にしている。
「皆さん、お疲れさまでした。じゃあ帰りますか」
来た時とは一転して機嫌良く高いテンションで、浩は帰社を伝えた。
だが他のメンバーの機嫌はあまり良くない。
美咲も、やり終えた充実感は無かった。本当に役立ったのかどうかすら怪しいけれど、これ以上の残業も必要ない。先ほどとは違って周囲の目も気にならず、とぼとぼとした足取りでフェンガーに乗り込む。
帰りの機内は行きよりも更に口数少ない。
さながら合コンで玉砕した後の反省会だ。
あっという間に会社に戻り、着陸する。
元気なくフェンガーから降りる三人に、浩が話しかけて来た。
「仕事も終わりましたし、一杯どうですか?美咲さんの歓迎会も兼ねて」
「……」
「……」
皆、牽制し合っている。この沈黙に打ち勝てる人間は少ない。
「すいません…… ありがたいのですが甥を保育園から迎えに行くので、予め言ってもらわないと予定がつかないんです……」
仕方なく、接待される側の美咲が切り出した。
すると、
「自分も残務整理ありまして」
「私も実験中なので」
と次々に言い始める。今や、どちらが優勢かは明らかだ。
「そうですか……」
リーダーは少し落胆したものの、それ以上は何も言わず、カッタクルスに乗り込んで走り去った。彩もエラーラに乗り、湖の向こうへ飛び去っていく。直樹も最初見た時と同じく、夕陽で赤く染まる湖の上をジャンプで跳んで行った。それぞれの居室へと戻ったらしい。美咲はどうしようかと迷っていると、富崎さんがやってきた。
「リムジンが直に来ます。着替えて来て下さい」
「ありがとうございます。分かりました」
じゃあ、部屋に戻るか。とにかくこれで、入社一日目が終わった。




