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01 桃浦美咲22才 就職決まりました

 実存、て何だっけ。たしか倫理のゴルゴが言ってたな。


【ピー,ピー!! 緊急事態発生!!……】


 実は存るのか、実に存るのか、実と存るのか、実が存るのか、実も存るのか……


【お台場のガンドムが……】


 実は存ったのか、実も存るだろうなのか、実と存って欲しいのか、実が存るかもしれないのか? 今もって、意味が全然分からない。


【出動要請あり。至急……】


 あいつは不機嫌な時、気に入らない生徒を指名しては意味不明な言葉で撃ってきた。授業中何度も立たされた苦い思い出が、久しぶりに浮かび上がる。


 でもホント、何で私はここに存るんだろう?


【繰り返す……】


 外は曇りだけど、確か夕方の降水確率は五〇%だったかな。早く帰って洗濯物を取込まなきゃ。大翔(ひろと)は大丈夫かな? 今日は時間通り保育園に行けて良かった。でもまだ寒いし、たまに風邪ひくから、気をつけなきゃ。


【緊急事態発生……】


 多分さっきので、合格ってことで良いのよね? ラッキー! でもここは思ったより家から遠いのかも。今からこの施設の説明って言うから、ここに通わないといけないの? 在宅って書いてあった気もするけど…… 最近は姉さんが帰って来ないし、緊急時は小村さんに頼むしかないな。


【お台場の……】


 あ、そうだそうだ、ストファ全国ドームツアーのチケット予約、来週からだ。

 お金も入るし、吉澤さんとアッキやミニヨン誘って、久々に参戦すっか。

 最近のストファ人気ハンパないから、東京ドームはダメだな。

 第三希望を福岡か札幌にしとけば大丈夫っしょ。

 まずはがっつり稼ぎましょ〜


「すいません、桃浦さん」

「はい?」


 さっきまで面接官を勤めていた大塔屋直樹(だいとうや なおき)の言葉で、桃浦美咲(ももうら みさき)は我に返る。何だかうるさくて耳鳴りかと思っていたら、緊急放送があちこちから鳴り響いていた。


【繰り返す! 緊急事態発生、緊急事態発生! お台場のガンドムが暴走中! 出動要請あり。大至急、お台場へ急行せよ!】


 ついさっき半年ぶりに就職が決まって安堵し、上司になる大塔屋さんから業務内容の説明を受けるために部屋を出たら、突然けたたましくサイレンが鳴り、非常事態の館内放送が始まった。でも面接の緊張から解放されたばかりの美咲は、彼に言われるまで放送の中身に全く気づいてなかったと言うわけだ。


「ガンドムって何ですかあ?」


 気楽に質問する美咲をよそに直樹の顔はひどく青ざめ、イスラン国の捕虜みたいである。美咲より二回り年上で四〇代らしいが、身長一七三cmの美咲より背は低く、気の良いお兄さんぽい。黒スーツの着こなしは悪くないけど、ポチャは減点だ。昔は見られた顔としても、たるんだ顔でお腹がぽっこりと出てる。いわゆる、普通の良い人。良い人なんだけど、ずっと良い人で終わるな、こりゃ。


 オフィスラブに興味はないが、ほんのちょっとは気になる年頃の二二歳だ。でも見かけより、さっきからのソワソワが頼りない。こっちまでうつりそうで何かちょっとやだ。これから上司になるのだから悪くは言えないものの、先行きが不安になる美咲であった。


「わ、分かりません。とにかく現場に向かいます。さっき教えた美咲さんの部屋で着替えて、玄関まで来て下さい! 一〇分以内で!」


 部屋ってどこですか? と言いかける美咲を無視して、直樹はスーツの腰ポケからスマホを取り出し、電話をかけ始めた。


「リーダー、警報聞いてますか? 出動です。五分でお願いします!」

「アヤ、大丈夫? 早くして!」

「では後ほど!」


 直樹は矢継ぎ早に電話を済ませると、美咲を忘れて外に出た。昔のショッピングモールを買い取ったらしいこの会社の玄関はガラス張りなので、外にいる直樹の姿はまだ美咲からも見える。


 彼は右側にある湖に向かって、走り幅跳びの選手のように勢い良くタッタッタッと助走をし始めた。すると、一キロはある反対側の岸辺目がけて、ぴょーんと大きくジャンプする。下は湖面だから、落ちたらずぶ濡れ。美咲は、ヒヤヒヤしながら見ていた。


 だが直樹はバッタのような軽やかな跳躍で湖を飛び越して対岸に難なく着地し、小さな影となって何処かに消えていった。

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