第7話 謎の音の正体
シルクは、フレークの肩に手を置き語りかける。
「落ち着いて、フレーク。実戦経験も無しにこのまま奥に行っても、確実に全滅……」
「それ、さっきも聞いたよぉ……」
話をさえぎるように言葉を返すフレークの頬に、冷たいものが伝う。それは、怯えにや恐怖によるものではない事は、想像に難くない。
「へへッ!! 今度こそ、コボルトやオークとご対面って訳だな!! この斧を存分に振り回せるぜ!!」
「ま、待て! ガイン!! だから勝手にひとりで行くんじゃない!! さっき隊列を組むって言ったばかりじゃないか!!」
今度こそ腕を奮えるとあり、またも意気揚々に歩き出すガインを、ランディスは大声で引き留める。
そして、シルクはフレークの不安を取り除くように、声をかける。
「大丈夫よ、フレーク。ただ、後ろからついてくればいいから」
「うぅ……、どうしても行かなきゃ駄目なの……?」
「そんなに怯える事なんて無いわよ。コボルトやオークなんて対した事ないから」
その言葉を耳にしたフレークは、突然沸き上がってくる胸中を口にする。
「で、でも、シルクは私のせいで、バブリースライムに手を怪我させられちゃったし……」
それを聞いたシルクは、少し頬を赤らめると気持ち視線を反らし、フレークの髪をかき乱すようにワシャワシャと頭を撫でる。
「この手の事はもう大丈夫だって言ったでしょ!? それに、何時までも気にしてたら身が持たないわよ!?」
「う、うん……。ありがとう……。シルク……」
ようやく落ち着きを取り戻したフレーク。その様子を見たシルクは身を翻し、足早に扉に向かう。そしてフレークは「待って!」と声をかけ、その背中を追った。
「おい、何やってたんだよ? 遊んでないで、さっさと扉を開けようぜ?」
ガインはそんなふたりを尻目に、既にランディスと供に扉の前に立っていた。
「ああ……、ごめんなさい。遅れて……。隊列はさっきと同じで、ランディスが先頭……、ということでいいのよね?」
シルクはガインに詫びを入れると再度、作戦の内容を確認した。
「……ん? あ、ああ……。そうだな、じゃあ俺が今から扉を開けるから、みんな十二分に気をつけてくれ」
ランディスは皆に警戒を呼びかけると、扉に手をかける。
隊列は先程と同じくランディスを先頭に、右後ろにガイン、左後ろにシルク、そしてその後ろにフレークが立つという隊列を組んだ。
「よし、開けるぞ!!」
ランディスが取っ手を力強く握り、扉を開けると……。
コツン……………。
扉は僅かな隙間を見せるだけで、それ以上奥へ押すことはかなわなかった。
「おい、どうしたんたよ? 早く開けろよ!」
中々扉を開けるが出来ずにいるランディスを見て、ガインはやきもきしてしまう。
「い、いや、奥の方で何かがつっかえているみたいなんだ」
「何だよ!? そんなの、無理矢理開けちまえばいいだろ!?」
ガインは、扉とランディスの前に半ば強引に割って入ると、取っ手を掴み乱暴に開けようとする。
その手を掴み、ガインのはやる心をすんでのところで抑えたのはシルクだった。
「落ち着いて、ガイン。この状況で扉をこじ開けようとするのは危険よ? 待ち伏せや、何か罠を仕掛けていることもありうるかも」
「じゃあ、どうしろってんだよ!?」
シルクは、荒ぶるガインの気持ちを静め、対策を練る。
「だから、落ち着きなさいって! 幸い、僅かに隙間が開いてるから、中の様子を確認しましょう?」
「だ、大丈夫なのかよ……?」
「ま、あンたよりはね」
そう言うとシルクは扉の前に膝まずき、隙間から慎重に中の様子を伺う。
「どうだ? シルク。中の様子は?」
ランディスが尋ねると、シルクはゆっくりと口を開く。
「そうね……。あまり中はよく確認出来ないけど、椅子や机の足が見えるから、何かそういうので防壁を作っているのは確かね」
その言葉にランディスは、心の奥にあった不安が霧消する。
「……あの物音は、椅子や机を積み上げてる音だったのか! 扉が開かなかったのはその為だったんだな!」
しばらく中の様子を伺っていたシルクは、静かに立ち上がると今度は天井に視線を移す。
「みんな、あれを見て!!」
「な、何だ!?」
「どうしたんだよ!?」
「何かあったの!?」
シルクが天井に向かって指を差し、呼び掛けると皆一様に扉に張り付き、隙間から天井を覗く。
シルクが指し示すは天井の角。そこに何かが張り付くように潜んでいた。
「なあ、あれって、コボルトじゃないか……?」
「無理矢理扉を開けた所を、上から襲いかかろうというわけか……」
ガインとランディスが呟くように話す。
そこへ、シルクが声をかける。
「……で、どうする?」
「……何が?」
どこか他人事ようなランディスの返答がシルクの逆鱗に触れる。
「何がじゃないでしょ!? 扉の前には防壁が張られていて、天井の角にはコボルトが潜んでるんだから、しっかりと対策を練らないと駄目でしょ!? 何考えてるの!?」
「あ……、ああ……。すまない」
シルクに叱咤され、素直に謝るランディス。
そこへ、ガインが口を挟む。
「なあ、もう思い切って、みんなであの扉を蹴破っちまった方がいいんじゃねえか?」
「そんな事をしたら、上からコボルトに襲われてしまうじゃないか」
ガインの提案をランディスが拒んでいると、シルクが妙案を出す。
「何も全員で蹴破ら無くてもいいじゃない。フレークだけ後ろで待機してもらえば」
その言葉を聞いたランディスとガインは、見事に同調する。
「おお、それもそうか!」
「何もみんなで蹴破るこたぁねえわな!」
しかしシルクの妙案に、フレークだけは不安を隠せずにいた。
「ね、ねぇ! 待ってみんな! 私だけ後ろで待機って一体、何をすればいいの!?」
ひとり怯えるフレークに、シルクは落ち着かせるように話しかける。
「よく聞いて、フレーク。私達三人であの扉を蹴破ったら、まず確実に上からコボルトが襲いかかってくるわ。だからあンたにはそのコボルトを攻撃魔法で追い払ってほしいの」
自分の役割が思っていたことより大事だと知ると、フレークは余計に震えが止まらなくなる。
「私に……、出来るかな、そんな事……」
そんなフレークの両手をシルクはギュッと握る。
「だから言ったでしょ!? フレーク、あンたにはその魔法しか取り柄が無いって!! だから、もっと自信持ってもらわなきゃ困るわ!!」
その言葉は、けなしているのか、誉めているのかよく分からないものだった。
「う、うん……。ごめんね、シルク……。私、頑張るからね!」
それでもフレークの心は、少し軽くなったようだった。
「よし、みんな! 今度は少し隊列が変わるけど、混乱しないようにな!!」
ランディスが扉を蹴破る前に皆に注意を促す。
今度の隊列は、ランディスを中心として、右側にガイン、左側にシルクが横一列に並び、ランディスの後方にフレークが待機するという隊列を組んだ。
今正に、ランディス、ガイン、シルクの三人は、扉を蹴破らんと一斉に脚を上げる。
そして呼吸を合わせるため、ランディスは声をかける。
「いいか!? いくぞ!?」
「せーーーの!!!」
「せーーーの!!!」
「せーーーの!!!」
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