第5話 あふれる生活感
ギキイィ……。
ランディスが扉を開けると、鈍く軋む音がする。
部屋の中を見渡したガインが、開口一番、こう言った。
「……、誰もっていうか、何もいないな……」
フレークはそれを耳にすると、ギュッと握った拳を胸元に添え、大きく息を吐き「よかったー!」と、ついで言葉が出る。
その安心感を、シルクは打ち砕く。
「……でも、変に生活感がない? 何て言うか、今でも誰か住んでるみたい」
「えぇーー!!」
フレークは再び目に涙を溜める。
長方形に広い部屋の中は、四人の入って来た扉から見て、突き当たりの壁に棚があり、その両隣に扉がついている。
右壁には、肥料や農業用具が置いてあり、左壁にはいわゆるガラクタ、鎧の残骸や使用済みの缶詰め等が乱雑に置かれていた。
そして中央には何故か、丸いテーブルが置かれていた。
「よし、みんな、周りに注意しながら部屋の中に入るぞ」
ランディスの言葉に皆が同調し、慎重に部屋の中央まで脚を運ぶ。
そして皆が皆、警戒をしながら部屋を見渡していると……、
ズルッ
ビチャッ
「きゃあっ!!」
「な、なんだ!?」
床に何かがはじけて飛び散る。
後ずさりする、フレークとランディス。
桃色に蠢く液状のそれは、本能のままに動き始める。
「退けっ!! ふたりとも!!」
そう言うが早いか、ガインは既に蠢く液状に向かって斧を振りかぶっていた。
「オラァッ!」
ガインの斧が蠢く液状に叩き込まれる。
グシャッ
蠢く液状は勢い良く弾け飛ぶ。
ヒュオオオ……。
蠢く液状はもう一体、頭上に落下してくる。
「ランディス! 上! ぼさっとしてんじゃないわよ!!」
危機を知らせる、シルク。
「おおっ!」
ランディスは腰を抜かしながら、天井に向かって大剣を横に振りかざす。
バスッ
頭上に降ってきた蠢く液状は、大剣が触れて偶然切り裂かれた感じだった。
「何やってんのよ、ランディス!!」
「い、いや、ちょっと、びっくりして……」
ランディスの慌てぶりに、開いた口が塞がらないシルク。
二体の蠢く液状は暫くすると、音もなく消え去った。
少しの静寂の後、ガインが口を開く。
「何でぇ? こいつら。驚かせやがって」
「バブリースライムね……。対したこと無いわ」
ガインの問いに、シルクが答える。
バブリースライム……。
桃色の体から、液状をブクブクと泡立たせ、壁や天井等をはいずりまわる、魔物にも分類されない洞窟内最弱の生物。
「まあ、特に何もなくて良かった。それじゃあ……」
ランディスが話を続けようとすると……、
「きゃあ!!」
突然の悲鳴。
みんなが悲鳴がした方を振り向くと、バブリースライムが、フレークの背中にまとわりついていた。
「きっ……、気持ち悪いよぉ……! 助けてぇ!!」
「フレーク!!」
短刀を構え、フレークに駆け寄るシルク。
そこへシルクを追い抜き、ガインが斧で叩き切ろうとする。
「オラァッ!」
……まずい!!
そう思ったシルクは、血気に早ったガインを後ろから蹴り倒す。
ズシャアアアアアーーーーー!!!!!
前のめりに倒れるガイン。
「痛ってぇな!! 何すんだ!!」
「あンた、フレークごとその斧で叩き切るつもり!? バカじゃないの!?」
シルクは素早くフレークに近づくと、皮膚を引っ張らないように、上手にローブからバブリースライムを引き剥がそうとする。
しかし、バブリースライムはトリモチのように伸び、なかなか剥がれない。
やがて、シルクの右手はブクブクと音を立て始め、炎症を起こす。
「こっ……のぉ……! 離れろっ……てのぉ!!」
「お願いぃ!! 速く取ってぇ……!!」
「少しは我慢しなさい!! 女の子でしょ!!」
身をよじらせ、悶えるフレークをシルクは大声で抑える。
すると、ペリペリと音を立て剥がれ始める。
半分くらい剥がれた所で、シルクの短刀がバブリースライムに振り下ろされる。
「このぉ!!」
ズバッ
真っ二つに裂かれたバブリースライムは、ずるりとフレークの身体から離れる。
「た、助かったぁ……」
安堵の表情でシルクに駆け寄るフレーク。
「ありがとう、シルク……、あれ? どうしたの?」
フレークがお礼を言葉にしようとすると、シルクがガインにむかって声を荒らげる。
「ちょっと、ガイン!! 何考えてるのよ!! バカじゃないの!?」
「な、何でぇ!? 俺が何したってんだよ!?」
腹の虫が収まらないシルクは、さらに喰ってかかる。
「あンた、フレークごと斧で叩き切ろうとして! あンたのせいで、大切な仲間を失うかもしれなかったのよ!?」
そして、ガインの右手を強めに掴み、話を続ける。
「だいたい、あんたの籠手だったらバブリースライムぐらい触っても平気でしょ!? 何の為の籠手なのよ!!」
シルクに叱咤されるガイン。右手を掴まれていることが、さらにガインを苛立たせる。
「何だよ!! ただ、フレークを助けようとしただけだろ!! なのに、どうしてそこまで言われなきゃならねぇんだよ!! ……離せよ! いつまで掴んでんだ!!」
掴まれた右手を振り払うガイン。しかし、シルクの口は止まらない。
「だから! もっと考えて動けって言ってんの!! あンた一人の身勝手な行動で全滅なんかしたら、たまったもんじゃないわ!!」
ふたりの言い争いは止まらない。そこへ、フレークがおずおずと申し出る。
「ね、ねぇ、シルク。それよりも早く右手を治さないと」
だが……。
「大丈夫よ、これくらい。その内治るわ。こんな程度で魔力を消費しないでちゃんと温存しときなさいよ」
シルクはそれを断った。そして、続けてそっと呟いた。
「この傷は、気を緩めた私のせいだから……」
「……え?」
フレークはその言葉を聞き取ろうとしたが、
「ごめん……。何でもない……」
シルクは頬を赤らめ、顔を反らした。
そんな取り込んでいる三人を、ランディスの囁く声が打ち破る。
「みんな静かに!! 奥から物音が聞こえる!!」
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