第16話 金色の液体
「……そ、そうか。そう言う事なら仕方がない。だが、いくら奥まで行かないと言っても何が起こるか解らないのが、この洞窟だ。十二分に気をつけ……おお、そうだ。ちょっと待ってなさい」
少し胸を撫で下ろした様な物言いをする髭面の男性は、自分の麻袋をまさぐると、ひとつの薬を取り出した。
「変わりにこれをあげよう。ほんの餞別代わりだ」
四人の前に差し出された金色の液体……。それはとても高価な物で、どんな深手も全快できるという、正に万能と呼ばれるに相応しい薬だった。
「良いんですか……? 見ず知らずの俺達に、こんな高価なもの……」
「ああ、今回はいつもより収穫があったからね。気にしないで持っていきなさい」
それを聞いたランディスは少し気を引けながらも、手を差し出した次の瞬間、万能薬は既に無く、ふたりの間には疾風のみが残される。
髭面の男性とランディスが呆気に取られていると、ランディスの背後から、それは躍動感溢れる声が飛んでくる。
「ありがとう、おじさん! この万能薬は大切に使わせてもらうわ!」
万能薬を奪った疾風の正体はシルクだった。
「な……、失礼だぞ! シルク! ……申し訳ありません。せっかくのご好意なのに、とんだ無礼を……」
ランディスは、万能薬を懐にしまい込むシルクを注意すると、髭面の男性に非礼を詫びる。
「いやいや、なかなか手癖の悪い娘さんだね。油断大敵だ。まあでも、元々あげようと思ってたものだし気にしないでくれ」
髭面の男性はそう言うと、麻袋を手に持ち、漆黒の女性と共にランディスに背を向け、別れの挨拶をする。
「じゃあ俺達はこれで街に戻るけど、君達も気をつけて」
「はい、万能薬、ありがとうございました!」
ランディスは再びお礼を言うと、四人に背を向け立ち去る中年二人組の背中を見送った。
地上に向かう中年二人組……。漆黒の女性は、まるで我が子を心配するかの様にしきりに振り返っては足を止める。
「……あの子達、本当に大丈夫かしら……?」
「何だ? そんなに気にかかるんなら、ついていけば良かったじゃないか。お前、昔はもっと素直で可愛かったのに」
その天の邪鬼な性格をつつかれた漆黒の女性は、耳を真っ赤にすると、髭面の男性の脇腹に右手で一撃を入れる。
「私の性格はどうでもいいでしょ!? それにさっきも言ったけど、家では子供達が待っているのよ!? その子達を置き去りにするわけにはいかないでしょ!? 何を考えてるの!?」
「お、落ち着けよ、赤の他人の俺達がそこまで心配してもしょうがないだろ!? 大丈夫だよ! そんなに奥まで行かなければ、追い剥ぎに遭うこともないだろ!?」
漆黒の女性をなだめる髭面の男性の言葉には、この洞窟は本性こそが、真の恐ろしさをであることを示しているようだった。
「俺達が一緒に行けない以上、どんなに心配してもしょうがないよ。だから、速く家に帰って旨い酒でも飲もう!」
「あなたって、そればっかりね!!」
中年二人組は、そんな会話をしながら洞窟を出ていった。
一方、中年二人組と別れを告げたランディスは、万能薬をかすめ取ったシルクを叱咤していた。
「シルク、せっかくの人の好意を無下にするなんて、一体どういうつもりなんだ!?」
「いいじゃない、別に。どのみち私達の物になるのに何が悪いのよ?」
しかし当の本人は、その腕前を見せびらかすように懐から万能薬をちらつかせると、ランディスの正論を既成事実でねじ伏せる。
「それにランディス、あなた達だって似たような事をさっきやってたじゃない?」
「それはだな……、いや、そういう事じゃなくてだな……」
ぐうの音も出なくなってしまうランディス。そこへ、杖を力強く握りしめた両手を胸元に当てたフレークが、胸中を声に出す。
「ねぇ、シルク……」
「何? フレーク」
耳を傾けるシルク。フレークは一呼吸置いて話を続ける。
「シルクの言いたいことはわかるよ? でも私は、しなくても良い盗みを働いて、負わなくてもいい怪我を負うシルクの姿を見たくないな……」
その言葉を耳にしたシルクは、赤らめた頬を隠すように目を反らし、瞬間早まった胸の鼓動を落ち着かせると、先程の自分の言動を謝る。
「……ごめん、ちょっと調子に乗り過ぎたわ……」
「おい、おめぇら! 何時まで油売ってんだよ!? この扉を開けて早く先へ進もうぜ!?」
突然飛び込んでくる大声。三人が声のする方を振り向くと、目の前の扉に向かって親指を突き立て皆に呼びかけるガインがいた。
「……ご、ごめんなさい! ガイン! 今いくわ! ほらフレーク、早く行くわよ!」
ガインの声に真っ先に反応し、扉に向かうシルク。
「あっ! 待ってよ、シルク!」
そのシルクの背中を追いかけるフレーク。
「お、おい! みんな勝手に先に行くんじゃない!!」
少し遅れて、ランディスがふたりの後を追った。
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