第15話 猜疑心と好奇心
「何やってンのよ! フレーク! 危ないでしょ!?」
そして中年二人組とフレークの間に割り込むように左腕を入れると、凄い剣幕で短刀を突きつける。
少し驚きの表情を見せ、一歩後ずさる中年二人組だったが、その顔は直ぐに笑みに変わってしまう。
「シルク! 大丈夫だよ! この人達は良い人達だよ!!」
「はあ!? 何を言ってるのよ!? あンたは! もう少し警戒心てものを持ちなさいよ!?」
根拠も無く中年二人組をかばうフレークに、それを叱咤するシルク。そこに、ランディスとガインが遅れて姿を現す。
「大丈夫か!? フレーク!?」
「おい、おっさん! 俺達の仲間に手を出したら、只じゃおかねぇからな!?」
「何を言ってンのよ!? ガイン! あンた、ボーッと見てただけじゃない!?」
完全に敵視される中年二人組。すると、漆黒の女性は深々と顔を覆っていた頭巾部分に両手をかけてゆっくりと脱ぐことで、敵意が無いことを示そうとする。
「ご免なさいね、あなた達。少し驚かせたみたいだけど、私達、みんなと争うつもりはないのよ?」
そこに露になった瞳と首元までに伸びた髪の色は漆黒のローブと見紛う程で、それに魅了されたシルクはその事実を認めるかの様に一度唾を飲み込むと、心の声がついで出てしまう。
「……なんて綺麗な人!!」
耳元で囁くフレーク。
「シルク……声に出てるよ……」
シルクの漏れ出た声を耳にした漆黒の女性は、口元に右手を添えると優しく微笑む。
「ありがとう、白髪の娘さん。お世辞でも綺麗と言ってもらえて、おばさん、とても嬉しいわ」
「う、うるさい! そんな言葉で騙されるか! いいからさっさとフレークから離れろ!」
シルクは頬を赤らめつつも、聞く耳持たずと言わんばかりに短刀を突きつけ、気丈な態度を見せると、髭面の男性は思い出に浸るように洞窟の天井を見つめる。
「懐かしいなあ……。あの娘さんを見てると昔を思い出すよ……。あの時のお前はとても初々しくて……」
「……あなた……、それ、どういう意味かしら?」
「何かあのおっさん、いらつくな……。たたっ切っちまうか……?」
突如自分の世界に入る髭面の男性に、怒りを露にする漆黒の女性。そしてその髭面の男性の態度に苛立ちを覚えるガイン。
このままでは収拾がつかなくなると思ったランディスは、渦中に入り、事態を納めようとする。
「おい、ガイン! 物騒な事を言うんじゃない! シルクもその短刀を早く収めるんだ! それとフレーク! 身勝手な行動をするんじゃないぞ!」
「いや、冗談だよ……冗談」
「何で私が起こられなきゃいけないのよ!?」
「ご、ごめんなさい……これからは、気を付けるね……」
ランディスは皆をなだめると、直ぐ様中年二人組の方を振り向き、謝罪の言葉を述べる。そんなランディスの背中を、シルクは腕を組みふてくされ顔で見つめていた。
「だから、最初からランディスが行けば良かったのよ……」
何とか話し合いができる雰囲気になると、髭面の男性が声をかけてくる。
「ところで、そこの魔法使いのお嬢ちゃんはおじさん達に何の用だったのかな?」
「ちょっと! 私はまだあンた達に気を許してないわよ! 気安くフレークに話しかけるな!」
未だに中年二人組の前に立ち塞がり、心許さずといった感じのシルク。その小柄な背中に護られてるフレークは、背中越しから杖で隠したその顔を申し訳なさそうに覗かせる。
「あ、あの……私、転移魔法を初めて見たからすごいなー、と思って……つい……」
その答えを聞いたシルクとガインは呆れたように声を出す。
「はあ!? あンたそんな理由で、何も考えずにこんな良くわかんない連中に近づいたの!?」
「フレーク、相手は不審者だぜ……?」
そこについで出たそれは失言にしか他ならず、その事に気づいたランディスは、中年二人組を気にかけながら皆を注意する。
「お、おい……、みんな……。もう少し言葉を選んでだな……」
しかし髭面の男性と漆黒の女性は、さして気にする様子も無く話を続ける。
「ははは……、そうかそうか。転移魔法は滅多に見られるものじゃ無いからね……。魔法使いのお嬢ちゃんが興味をそそられるのも解るような気がするよ」
「でもね、お嬢ちゃん。何もなかったから良かったけど、今回のように気の赴くままに行動をしてしまうと、みんなに心配をかけてしまうから気をつけなさい」
「は……はい……」
たしなめられたことにより、気落ちしたフレーク。それを見た中年二人組は仲間の想いが伝わったと確信すると、今度は四人全員を見渡し語りかける。
「ところで君達は随分と若く見えるけど、もしかしたらこの洞窟を探索するのは初めてじゃないのかい?」
「は、はい……。あ、でも準備は万全ですし、そんなに奥に行くつもりは無いので大丈夫だと思いますよ」
その問いにランディスが答えると、髭面の男性は心配そうな顔をし、言葉を返す。
「うーん、やはりそうか……」
「どうかしましたか?」
「いや、この洞窟は予測のつかない事がよく起こるんだ。だから、最初の内は経験者達と探索をするのが常道なんだが……。君達はそういう人は一人もいないだろう?」
その話を聞いたガインとシルクは、横から口を挟んでくる。
「なんだよ、おっさん! その言い方! 俺達が世間知らずとでも言いてぇのかよ!?」
「そうよ! これでも私達、コボルトを倒しているのよ!」
「おい、やめろ! ふたり共! 俺達が未熟者なのは本当の事だろ!?」
髭面の男性に食ってかかるガインとシルクを懸命に抑えるランディス。そこへ漆黒の女性が乗りかかってくる。
「ねぇ、あなた。そんなにこの子達を心配するんなら、あなたが経験者としてついて行ってあげれば良いじゃない」
「……あ、いや、それはほら……、俺達は探索から戻って来たばかりで疲れてるし……。それにそう言うお前だって経験者なんだから、お前でも良いんじゃないか?」
「何を言ってるの? あなたは。お家では可愛い子供達が私の帰りを今か今かと待っているのよ? そんな我が子を放っておいて、あなたはまた、無駄に洞窟荒しをしろっていうの? 私の子と、洞窟荒し、どっちが大事なの?」
突如、中年二人組の間に暗雲が立ち込め、言い争いが始まる。
「そんなの、子供達に決まってるじゃないか! 俺だって早く家に帰って愛しい我が子を抱き締めたいよ!」
「あなたさっき、疲れてるって言ってたじゃない。どうせ、愛しい我が子より、安酒飲む方が大事なんでしょ? あなたがそんなんだから、何時まで経っても洞窟荒しなんて事を……」
ただならぬ雰囲気をかもし出す中年二人組の会話。それを断ち切るかのように、ランディスは大袈裟に声を上げ話に割り込む。
「も、申し訳ありません! せっかくの申し出なのですが、先程も言いましたように、自分達はそんなに奥まで行くつもりもありませんし、準備も万全ですので、そんな、お気遣いなさらずに!」
丁重に申し出を断られた漆黒の女性は、頬に軽く手を当て浅く溜め息をつく。
「あら、遠慮しなくて良いのに……」
その言葉にランディスは苦笑いで返した。
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