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9 旅は道連れ

翌朝、待ち合わせの時間にフロントで鍵を返し、

ドアへ向かおうとした二人はドアの傍に見知った顔を見つけて

思わず顔を見合わせる。

するとそんな二人に気づいた男、ルドガーが「よォお二人さん、ぉはよ」と

欠伸をかみ殺しながらだるそうに片手を上げて近づいてきた。



「王都に向かうっつーのに、

 今日は生憎の雨だが、まァこの時期ならいつもの事だ」

「おはようルドガー。

 寝坊助な貴方がこの時間に起きているなんて珍しいね?」

「まァな。ジェイルの野郎に叩き起こされたんだよ…

 …あー、あったま痛ェ…セラ、いつもの持ってねェか?」

「だからほどほどにって言ったのに…相変わらずなんだから…」



ルドガーにセラが素直に思った事を口に出せば

彼はげんなりとした様子で昨夜の酒が引き起こす副作用に顔をゆがめた。

そんなルドガーにセラはやれやれと肩をすくめて鞄を漁り出す。

彼女の足元では包帯が取れた子犬のシロが呆れたようにふすんと鼻を鳴らした。



「おはようございます、ルドガー殿。

 …その、ジェイル殿は何を揉めていらっしゃるので?」

「あん?…あァ、ありゃいつもの事さ。

 隊長さんが気にするほどの事じゃねェよ」



今度はリュグナードが気になった事を問いかける。

その視線はルドガーではなく少し離れたカウンターで何やら

女性に詰め寄られている様子のジェイルに向けられていた。

それに気づいたルドガーが面白くなさげに鼻を鳴らす。



…何やら随分とお困りのようだが、助けなくていいのか…?



先ほどからこちらに助けを求めるような視線を投げかけてくるジェイルに

昨晩はお互いにお節介だのお人よしだのと言い合っていたくせに、

仲間の救援に気づいているのに反応しない二人にリュグナードは戸惑うばかりだ。

更に言うならジェイルの姿に何故か妙な親近感がわいてきて、

二人が行かないなら自分が助けに行こうと足を踏み出そうとしたその時。

鞄からお目当てのものを取り出したセラがルドガーの大きな掌に載せる。

受け取った小さな実を彼は何故かじっと見つめてから

「よし」と気合を入れてから口に含んだ。

そんなルドガーの妙な態度にリュグナードの興味は

ジェイルよりもこちらに傾いた。



「…それは?」

「熟する前のゼトアの実を干したものよ。

 とても渋いけど、二日酔いに良く効くの。

 よろしければリュグナード様も試してみます?」

「いや…そこまで酷くないから遠慮しておくよ」

「あら残念」



リュグナードが興味深そうにセラが持つ小さな瓶を見つめると、

何故か差し出され、受け取った瓶を顔の前に持ってきて中に入っている

黄緑色の実をまじまじと観察しながら説明を聞く。

興味もあるし二日酔いに効くと聞いて、貰おうかどうか迷ったが

思いっきり渋い顔をしているルドガーを見て考えを改めた。

子供が見ていたら泣いてしまいそうな形相である。

手元に戻ってきた瓶にセラが可笑しそうに笑いながら、

からかう様な視線をリュグナードに投げかける。

目深にフードを被っているのと長い前髪のせいで分かりづらいが、

アメジストの瞳には確かに楽し気な光が宿っていた。

気さくなその態度に彼は目を丸くしたが、それと同時に何処か

こそばゆい感情が込み上げてきて咄嗟に肩をすくめて誤魔化した。



「それでジェイルが態々お寝坊さんを叩き起こした理由は?」

「俺らも一緒に王都まで行く事にした」

「?なんで?」

「なんでってお前なァ…もうちょっとでいいから、年頃の娘としての自覚を持て」

「失礼な。ちゃんとあるわよ」

「あったら態々こんな説教ジジイみたいなこと言わねェよこのお転婆が。

 あぁ、隊長さんを信用してねぇとかそういうわけじゃねぇんだ。

 ただ何つーか、こう、…父親的な?上手く言えねぇが、なんか…こう…

 もやっとするっつーか…気を悪くしねェでくれよ?」

「大丈夫です。おっしゃりたいことはわかります」



瓶を鞄に戻しながらセラがルドガーに問いかけると彼は

未だに顔をしかめながら答え、不思議そうに首を傾げた彼女を見て

呆れた様子で肩を落とした。そしてまるで父親のように叱り出し、

セラの隣にいるリュグナードの存在を思い出したらしく、

ハッとした顔で彼を見上げへらりと言い訳を述べる。

不満げな顔をしているセラには悪いが、リュグナードとしては

ルドガーの言い分の方に頷いてしまいたくなる危機感のなさなのである。

いくらシロがいるとは言え、普通ならばこの反応が正しい。



「ホント見た目の割りにゃ話の分かる隊長さんで良かったぜ!」

「いっ!」

「ルドガー!何してるの!」

「あっ!いやァ、悪ィ悪ィ。ついな…」



理解を示したリュグナードにルドガーはニッと笑みを浮かべ

驚いた事にばしりと気安くリュグナードの背を叩いた。

ぎょっとしたのはセラですぐさま叱り付ける声が響くが、

どうやら一晩でリュグナードがこれしきの事で怒らないという事を

見抜いた彼が軽い調子で謝ってくるのをリュグナードは「ははは」と

カラ笑いを浮かべて許すしかなかった。


父や親類、または上司などからこういう接し方をされたことはあるが、

昨日会った赤の他人からは初めての経験である。

しかも身分というものをまるっと無視しての暴挙は今この場だからこそ、

許されるものでリュグナードが騎士の制服を着ていたら彼だってやりはしないだろう。


あとはこのルドガーの人柄によるものが大きいなと

痛みを訴える背中をさすりながらリュグナードはそう思った。

そしてそんな彼の人柄を知るきっかけになったセラに感謝する。

正直、セラの知り合いでなければ進んで関りはしなかった。

もし王都で昨夜のように大声で話す彼らを見かけたのなら

眉を顰め踵を返しただろう自分を簡単に想像できるリュグナードである。

そして恐らく、それはお互い様だという事もわかっている。


だが、こうしてそういう男だと知ってしまえば

本来なら無礼だと眉を顰めるところを苦笑い一つで

許してしまえるのだから人というものは奥が深い。



「ところでセラ、いい加減ジェイルの野郎を助けに行ってやったらどうだ?」

「私が行くとまた面倒な事になるでしょ…ルドガー、行ってきてよ」

「嫌だね。それこそ昨日お前が言ったみてェな噂でも立ったらどうしてくれる」

「立つわけないでしょ…ああもう、私が悪かったわ。謝るから連れてきて」

「しょうがねェなァ…ま、お前が刺されでもしたら一大事だからな」

「笑えないからホントやめて」

「あーあ、あの過保護野郎のどこがそんなにいいんだかなァ…?」



ぶつくさと文句を言いながらジェイルの元へ向かったルドガーを見送り、

未だ不思議そうにしているリュグナードにセラが苦笑いを浮かべて口を開く。



「昨夜もちらっと言ったと思うんですけど、

 彼あの容姿でしょう?うっかり一目惚れしちゃう人が多いんですよ」

「あぁ…なるほど」



セラの説明にリュグナードは先ほど覚えて親近感の理由を知った。

そして興味を優先させてしまった薄情な自分に反省し、

心の中でジェイルに謝罪した。

いつの間にか彼に言い寄る女性が倍増していたのである。

獲物を見る目で彼に詰め寄る姿は傍から見ていても恐ろしい。



「はぁ…酷い目にあった」

「その台詞が酷いと思うわ、色男さん?」

「全くだぜ。つーかいい加減に自分で

 切り抜けるすべを身につけたらどうだ?このフェミストが」

「仕方ないだろう、女性に酷いことは言えない」

「その結果の最終手段が”助けを求める”か

 ”隙をついて逃げる”の二択しかないんだから私はルドガーに賛成だわ」

「…何か上手く切り抜けるいい手はないか?」

「「自分で考えて(ろ)」」



疲れた様子でやってきたジェイルに声を揃えて切り捨てる

セラとルドガーに出来れば俺も教えて欲しいと思ったリュグナードだった。

「さっさと出ねェと日が暮れちまうぜ!」「ねー」となんとも薄情な

会話をしつつさっさとドアを潜った二人を見送って、

リュグナードは深いため息を付いているジェイルに近づく。



「…心中お察しします」

「あぁ…隊長殿も苦労してそうだもんなぁ…」



真顔でそう言ったリュグナードにジェイルは

態々それを告げに来たリュグナードの心情を察する。

そして疲れたような顔を見合わせた彼らは乾いた笑みを浮かべ、

先に行ってしまった薄情者たちを追いかけた。


2/15 サブタイトル変更しました。(元ルドガーとジェイル②)

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