8 賑やかな夜
※リュグナード視点です。
セラ殿が退室してからどのくらいの時間が経っただろうか。
出来るならそろそろ戻ってきて欲しいのだが…と食事を終え、
風呂の支度が出来たと呼びに来たメイドに嬉々として退室した少女を思う。
俺は今、料理が並んでいたテーブルとは違い暖炉近くに集められたソファで
ルドガー殿とジェイル殿を前に酒を飲みながらセラ殿の昔話に耳を傾けていた。
強い酒をまるで水のように飲みながらも
酔っている風ではないというのに、ルドガー殿の惚気に近い、昔話に。
「それでよォ!そん時のセラの顔っつったら、
そりゃあもう、他に類を見ねェほど可愛くってなァ…!
俺ァとんでもねェ事に妖精でも捕まえちまったのかと思ったくれェさ!」
「…それくらいにしとけよ、ルドガー。隊長殿が引いちまうぜ」
「ぁ?んだとこらジェイル、隊長さんが聞きてェっつってんだから、
こうやって俺らとセラの昔話を聞かせてやってんじゃねェか!」
「はいはい。すまないな、隊長殿。
こいつはセラの事になるといっつもこうなっちまうんだ」
「俺だってお前にだけは言われたくねェぞ!
大体、今回だってお前が先にセラを探すって言いだしたんじゃねェか!
この兄貴気取りの過保護野郎!!」
「なんだって?おい、今のは聞き捨てならないぞ…?」
このように時折口喧嘩が混じりはするものの、
内容が内容だけに妙に微笑ましく感じてしまう。
声が大きく言葉は乱暴な所があるが話し上手なルドガー殿と、
所々抜けていたり主観が強すぎる場面を上手に補足したり訂正するジェイル殿。
お二人が楽しそうに語る話は面白く、聞いているだけでも酒が進む。
3人がどれだけ親しいか、お二人がどれだけセラ殿を可愛がっているか、
そして何より3人の人柄がよくわかった。
共通点は先ほどお互いに言っていたが、
困っている人を見て見ぬふりの出来ない”お節介なお人よし”
セラ殿とルドガー殿に対し「後先考えるより先に動いちまう困った奴らだ」と
苦笑いを浮かべ苦言を零していたジェイル殿だが、彼もルドガー殿に言わせれば
「迷いに迷って、結局手が出るタイプのお人よし」だそうだ。
結局のところ似た者同士で気づいたら、もう20年近く一緒にいるそうだ。
それにしてもセラ殿との会話で薄々気づいていた事だが、
このお二人も中々人騒がせなお人よしっぷりだった。
悪いことをしているわけじゃないのだが、如何せん手段が荒すぎる。
騎士団としてはもう少し慎重に物事を見定めてから…という段階で
すでに踏み込んでいる。それも相当強引な方法で。
セラ殿の噂の中でも少々手荒な手段で解決させたという事案もあったが、
二人はその上をいっていた。笑い話で済ませていものかとも思うのだが、
すでに終わっている事なので口は閉じたままにしておく。
本来ならばそう言った悪事は騎士団で解決すべきことなのだが、
恥ずかしながら強引ではあるが、彼らの方が迅速であり、上手だからだ。
何より市民の平和を取り戻してくれているのだから、方法が多少手荒でも
彼らより先に対処出来ずにいた騎士団がとやかく言えるものではない。
後処理を担当した騎士たちは言いたいことが山ほどあるかもしれないが…
…そう言えば、地方の騎士たちから
厄介者扱いされている有名な傭兵の二人組がいたような…
「ルドガー声が大きい」
ふとそんなことを思い出していたら、
風呂から上がったらしいセラ殿が顔を出した。
特徴的なポニーテールを下ろしているせいで、随分と印象が変わる。
そんな彼女は口を尖らせ、
「もう、すれ違うメイドさんたちがなんだかやたら
微笑ましそうに見てくるなと思ったら…部屋の外にまで聞こえてるわよ」
「ジェイルも。恥ずかしいからとめてよね」と二人をじとりと睨んだ。
だが上機嫌で酒をあおっている二人はそんな視線を受けても、
楽しそうにニヤリと笑みを返すだけで、改める気はさらさらないらしい。
寧ろ可愛がっている、妹(本来なら娘と呼べるほどの年の差だがこうして
じゃれている姿を傍から見ていると年の離れた兄と妹の方がしっくりくる)の
登場に彼らの機嫌が更に上がったようだった。
「すみません、リュグナード様。煩かったでしょう?」
「いや?楽しく話を聞かせて貰っていたよ」
シロを抱きながらお二人の近くのソファに腰を下ろしたセラ殿に
申し訳なさそうにそう声をかけられ、正直な感想を告げると
何故か怪訝な顔をして彼女はニヤニヤしているお二人に視線を投げかける。
美しいアメジストがじとりと二人を睨んだ。
「…二人とも、変な話をしてないでしょうね?」
「いやぁ?なァ、ジェイル?」
「勿論だとも、ルドガー」
「怪しすぎるんだけど」
圧を感じる声色にも全く動じない
お二人はただ楽しそうに目配せをして大きく頷いた。
そんなわざとらしい態度にセラ殿がため息を付いて肩を落とす。
だが、よくよく見ればその表情にはしょうがないなぁと書いてあり、
もうすでにお二人を許していた。
本当に仲の良い兄妹を見ているようでとても微笑ましい。
「だはは!そんな怖い顔すんなよセラ、折角の別嬪さんが台無しだぜ?」
「大丈夫だ。まだそこまで話してない」
「これからもしないでくれると嬉しいわ。それで何の話をしていたの?」
「お前と出会った時の話だよ」
お二人もそんなセラ殿の心境などお見通しといった様子だ。
控えるどころか、更にからかうようにおどけた言葉を選んでいる。
ジェイル殿が可笑しそうにセラ殿の問いに答えると、
彼女は遠い目をして、何故かそっぽを向いているルドガー殿を見やる。
「あぁ…あの時の」
「そうさ。ルドガーにぶつかって転んだお前のその目を見て、
抱き上げて”これで俺も大金持ちだー!!”と叫んだ馬鹿の話だ」
「おい、こら!ジェイルそれを言うな!」
「黙って聞いてれば何が妖精だ、馬鹿。
あの後セラに顔面に蹴りを入れられてたのだって俺はちゃんと覚えてるぞ」
「俺だって覚えてるっつの!!
こいつのじゃじゃ馬っぷりはそのころからだ!!
あとお前の渾身の蹴りをケツに食らった事もなァ!!」
「ついでに言うと、うちの師匠にも殴られてたよね」
「ヒューズの”膝カックン”からの見事な一撃だった」
お二人だけでも賑やかだったのだが、
セラ殿が加わった事でさらにヒートアップしていくので
部外者の俺は口を噤み怒鳴り合う様にじゃれ出した
3人のテンポの良い会話を摘まみに酒を楽しむ。
どうやらもう10年近くになる彼らの付き合いは
聞いている分には随分と面白いきっかけで始まったらしい。
だが彼女と出会った当時の彼らがヴェールヴァルド家が
血眼で探している我が婚約者殿だと思ったのは無理もないだろう。
年齢も同じくらいだし、何より本当に紫色の目は珍しいのだ。
いくら髪色が黒だとしても、真っ先にそちらを偽りだと判断してしまう程に。
「ウルセェぞお前ら!」
「まァ、ルドガーが妖精だって言うのも
納得できるくらいあの頃のセラは可愛かったけどな」
「ちょっと聞き捨てならないんですけど、ジェイルさん」
俺としては未だにその線を疑っている。
彼らが疑いを解いた理由は彼女の師匠と同じように、
あの艶やかな黒髪を偽りだと証明できなかったという一点だと聞く。
確かにエリューセラ嬢の銀髪とはかけ離れた色ではあるし、
それが本当に彼女が生まれ持った色であるなら、
セラ殿はエリューセラ嬢とは別人という事になる。
色んな意味でとても珍しい存在な事に変わりはないが。
だが、と言葉を繋げたくなるほど、どうにも納得できない点が俺にはあった。
何故なら何処となく似ているのだ。
あの探し人の似顔絵は母君であるフィフィーリア様に似せて
描かれているのだが、セラ殿はどちらかというと父君、
つまりヴェールヴァルド家のご当主、エリオル様に似ている。
具体的にどこが似ているのかと聞かれると答えにくく、
何故なら顔のパーツが似ているとかそういうものではなく
強いて言うなら時折纏う雰囲気や、
ちょっとした仕草という頼りないものになってしまうのだが。
と、一人思考を別の方へ飛ばしながら酒を口にしていると
いつの間にやら彼らの会話は別の方向へと舵を切ったようで
今度はセラ殿がジェイル殿の言葉にまた口を尖らせている。
どうやらお二人の前ではその表情を見せる事が多いらしい。
「ちょっと会わないうちに可愛いは卒業したのか?
すっかり美人に育っちまって…結構驚いたぞ」
「その台詞にこっちがびっくりだわ。
急に真顔で天然たらしを発動するのやめてくれる?
そんなんだから、あちこちで熱烈なファンに追いかけまわされるのよ」
突然のジェイル殿の言葉に、思わず口に含んでいた酒を噴き出しそうになった。
慌てて飲み込んだ俺の向かいでルドガー殿が盛大に咽せながら、
セラ殿の真顔の切り返しにどうやら笑いが込み上げてくるらしく
胸を叩きながら色んな意味で苦しんでいる。
「正直に感想を言っただけだ」
「…ほんとヤダこのイケメン……質が悪い…」
「ん?あぁ、可愛いセラが戻ってきたな…いてっ」
ジェイル殿の突然の誉め言葉に眉を寄せ仏頂面を作って文句を言うセラ殿だが、
どうやら照れているらしく薄っすらと赤く染まった耳が黒い髪の間から覗いている。
それに気付いたジェイル殿が先ほどメイドを卒倒させたときの様な
甘い笑みを浮かべながら腕を伸ばしてその耳に触れると速攻で叩き落された。
ジェイル殿が言う通り可愛らしいな、と思ったがそれよりも
腹を抱えて大笑いしているルドガー殿の笑い声につられて肩が揺れ、
目敏くそれを見つけたセラ殿にじとりと睨まれてしまった。
だが、薄っすらと染まった目尻では迫力はなく愛らしだけだ。
「ちょっと、ルドガー笑いすぎ。
リュグナード様も笑うなら、声出してちゃんと笑ってください」
「すまない…!っふ、」
ムッとした顔でそんな事を言われて、
咄嗟に謝るも込み上げてくる笑みを堪える事のいかに難しいことか。
それでも如何にか堪えようとしているというのに、
追い打ちをかけるのがセラ殿曰く”天然たらし”のジェイル殿である。
「拗ねた顔も可愛いぞ」
「やかましい。…ねぇ、ジェイル。
さっき貴方が卒倒させたメイドさんにジェイルに恋人はいるのかって
聞かれたんだけど、連れの男がそうだって言ってきてもいい?」
「いいわけあるか馬鹿野郎!」
「やめろ俺にそんな趣味はねェ!!」
「俺だってあるわけないだろ!!
悪かったセラ、本心だが言い過ぎた!
そんな噂が流れたら本当に国にいられなくなる…!!」
「そうだぞセラ!それに俺まで巻き込むんじゃねェ!!」
「大笑いしといて何を言うの。共犯みたいなものだから当然でしょ?」
据わった目でとんでもない事を言い出したセラ殿の言葉と、
それを聞いて顔色を変えて騒ぎ出したお二人に
今度こそ堪え切れずに噴き出した笑い声は言い合う3人の声にかき消され、
俺は一人腹を抱えて笑う。こんなに大笑いをしたのは久しぶりだった。
こうして偶然が作り出した
今日という一日はわいわいぎゃあぎゃあと賑やかに幕を閉じた。