7 ルドガーとジェイル
今、4人がいる応接室は緊迫とした空気に包まれていた。
なんせ4人の内の3人が剣を抜いているという非常に物騒な状況である。
椅子は倒れ、男たちは視線を鋭くさせお互いの様子を伺っていた。
何故こんな状況になっているのかというと…
二人とセラが旧知であり、それも随分と親し気なので気を利かせた
リュグナードが宿屋の主人に普段は騎士団にしか解放しない応接間に
夕食を用意してもらえるように声をかけたからである。
そこまでは良かった。
問題だったのは、簡単に名前だけの自己紹介を済ませた後。
豪勢な料理に舌鼓を打ちながら
「何処でこんな色男を捕まえたんだ?」
「ちょっと年が離れすぎな気もするが…まぁ、良さそうな男じゃないか」
「この間までこーんな小さかったガキが
もうそんな年かァ…俺らも年食うわけだ…チッ色気づきやがって」
「ヒューズは知ってるのか?」
「そうだヒューズ!可哀想に!おいジェイル、慰めに行ってやらねェと!」
「お前はからかいたいだけだろ」
「だはは!ばれたか!」
などと楽しそうにセラをからかっていた二人に
冷めた顔をしたセラがリュグナードを”ちゃんと”紹介した事だった。
いや、それも普通ならば当然の礼儀で、このような状況を招く事ではない。
ただ今回は組み合わせが悪かった。
方やファルファドス王国が誇る、王騎士隊・隊長であり
大貴族エルトバルド家の一人息子、リュグナード=エルトバルド。
対する二人は騎士嫌いで、何より”セラを良く知る”傭兵たちである。
からかい交じりに見ていた男が
”リュグナード”という名前にひっかかりを覚えつつも
まさかこんな所にいるわけないという思いから排除した存在だった事と
更にセラが紹介の後に「王都へ行く途中なのよ」と付け加えたのがいけなかった。
それを聞いた二人がさっと顔色を変え、今まで穏やかにセラを眺めていた
瞳が剣呑な光を宿したのを見てリュグナードも咄嗟に立ち上がり、剣を抜いた。
そして、この物騒な状況が出来上がったのである。
「このエビ美味しい…」
その中でただ一人、
セラだけはその空気を物ともせず豪華な夕食に舌鼓を打っていた。
そのせいで一触即発な雰囲気は三拍ほど置いてしぼんでしまった。
代わりに何とも言えない微妙な空気が漂う。
「…セラ…」
「なにかしら?」
「お前よくこの状況で呑気に飯なんか食ってられんな…」
「だって”そういう”状況じゃない事を一番よく知ってるもの。
兎に角三人とも座ったら?折角のお夕食が冷めてしまうわ」
スラリとした方の男が疲れたように
肩を落としながらも何処か咎める響きでセラを呼ぶ。
すると丁度エビを齧っていたセラがチラリと視線だけを寄こした。
そんなセラの様子に呆れた声を出したのは大柄な男だ。
大剣を握る彼はがっちりとした筋肉質でいかにも強そうで男らしいのだが
口の端に先ほどまで齧りついていたチキンのソースが付いていて
イマイチ格好が付かない。
「突然のご無礼、どうかお許しくださいませリュグナード様。
こちらがジェイル、隣がルドガーです。
二人とも国中を旅している傭兵で昔からよくしてもらっているの。
ちょっと騎士様たちと馬が合わない所がありますけど…
大目に見てもらえると嬉しいですわ」
「…セラ殿がそうおっしゃるなら」
漂う微妙な空気を物ともせず、齧っていたエビを置き
ナプキンで口を拭いたセラが今度はリュグナードに二人を紹介する。
にこりと笑って締めくくったセラにすっかり気を削がれてしまった
3人はそれぞれが何か言いたげにチラリと視線をかわし渋々席についた。
「で、お前さんは一体何をしでかしたんだ?」
「なんで私が何かした前提なの?」
「じゃなきゃ態々、王都の!
それも騎士隊長様が!お前を捕まえに来たりしないだろ!!」
「ルドガーの言う通りだ。最近騎士たちがお前を探してるっていうから、
忠告しておこうと探してたんだが遅かったな…いいか、セラ。
あちこちでお節介を焼くのはまだ良いが、お転婆がすぎるのは良くないぞ」
「二人とも酷い。
っていうかお節介については二人にだけは言われたくないんですけど」
「ここの料理最高」と上機嫌で次々と料理を口に運んでいるセラとは違い、
すっかり食欲が失せてしまった様子でテーブルに頬杖を付きルドガーが尋ねる。
彼の失礼な言葉にセラはムッとした様子で言い返そうとしたが、
それよりも先にその呑気な態度にイラっとしたらしいルドガーの
吠える様な怒鳴り声に口を噤んだ。
険しい顔で腕を組んでいるジェイルが深く頷き、眉間の皺を深める。
そんな二人の男の反応を見てリュグナードは成程と一人頷いた。
が、会話に割って入るような真似はしない。
部外者が弁解するよりもどうやら二人が大事にしているらしい
セラから誤解を解いてもらうのが一番だと判断を下し
チグハグな3人を観察することにした。
なんせ15、6の少女と40すぎの大男、30半ばの色男の組み合わせである。
正直どうやって知り合ったのか聞きたいくらいだ。
ちなみにリュグナードは今年26になる。
「心配してくれてありがと。だけどね、私別に、」
セラもそんなリュグナードと同意見だったようで、
話している間に興奮が戻ってきたらしい男たちの鋭い目に
落ち着かせるように穏やかに笑って見せながら説明しようとするが、
「なァ、騎士隊長さんよ。こいつは確かにお節介で、
お転婆でちょっと手荒な所もあるどうしようもねぇじゃじゃ馬娘だが、
王都へしょっ引く程の極悪人ってわけじゃねぇよ」
「庇ってくれてるのか貶したいだけなのか、ねえ、どっち?」
セラの話を最後まで聞かずに、矛先をリュグナードに変えたルドガーの
またもや失礼な言葉に彼女は口を引きつらせながらフォークを握る手を震わせる。
据わったアメジストに気づいたリュグナードは自分が睨まれている
わけでもないのに、背筋を伸ばし敵意を露わに睨んでくる男たちに向き合った。
すっかり拗ねてしまったようでツンとした顔で食事に戻ったセラを見て、
ごほんと一つ咳払いをしてから説明するために口を開く。
「誤解です。俺は別に彼女を罰するために捕まえたわけじゃありません。
ただ女王陛下が彼女の噂を聞いて
興味を示されたので王都へお連れしているだけです」
「噂ァ?」
「女王陛下が?」
「貴殿らの言う”彼女のお節介のお陰でみんなが笑顔になる”
という実に平和で、ある意味とても興味深い噂です」
「…そうなのか?セラ」
「ええ。だから二人が剣を抜く必要はないわ」
リュグナードの話を聞いて怪訝な顔で聞き返すルドガーと
本当か?と視線で問いかけてくるジェイルにセラは
気に入った二匹目のエビを飲み込んで頷いた。
セラの足元で自分の皿を平らげたシロがまだ足りないと訴える様に
きゅーんと甘えた声を上げるので
セラは一番味付けの薄いチキンをひと切れ加えてやる。
そんなマイペースな”いつものセラとシロ”を見て
二人はへなへなと体から力が抜けいくのを感じつつ、安堵の息を吐いた。
「…はー…あんだよ、俺ァってっきりお前がなんか
へまでもやらかして牢屋にでもいれられんのかと……!」
「全くだ…焦って損した…」
「二人が勝手に早とちりしたんでしょ」
二人の言い分をセラがピシャリと切り捨てると、
彼らはばつが悪そうに顔を見合わせリュグナードに向けて頭を下げた。
二人とリュグナードの本当の立場からすれば、当然のことである。
下手をすると罪に問われても仕方がない。
「いやァ、勘違いしちまってすまなかったなァ隊長さん」
「本当に申し訳ない」
「ちょっと二人の言い分には納得できないけど、私からも重ねて謝罪します。
御覧の通り、色々んな意味で大雑把な二人だけど悪い人たちではないの」
「三人とも頭を上げてください、大事にするつもりはありませんから。
それに、それだけお二人がセラ殿を大事にされているという事でしょう?」
ぺこりと下がった3つの頭にリュグナードがそう声をかけると、
がばり!と勢いよく顔を上げたルドガーが
「そうなんだよ!なんだアンタ話の分かるいい奴だなァ!」と叫び、
すぐさまジェイルから拳を入れられ、セラからは足を踏まれる事態となったが
一件落着という事になり、男性陣は漸く食事を再開する事が出来た。
「それよりも二人ともリュグナード様が
騎士隊長様だってわかってて剣を抜くなんてどういうつもり?
私を庇ってくれるのは嬉しいけど、
本来ならただじゃすまないのはわかってるでしょ」
「そんときゃそんときだ」
「一緒に国外逃亡してやるよ。頼もしいだろ?」
「わぁ素敵。…ほんと、お節介が過ぎるわよ二人とも。
私の事言えた義理じゃないわ」
一人先に食べ終えたセラがシロを膝に抱き上げながら
美味い美味いと機嫌よく料理を頬張っている二人に話しかけると、
彼らは何でもない事のように
カラカラ笑いながらとんでもないことを言い出した。
ぎょっとしたのはリュグナードだけでセラはジェイルのウインクという
珍しい茶目っ気に噴き出しつつも二人を窘め、
「違ェねぇ!」「面目ない」と頷いた二人と顔を見合わせて笑い声をあげる。
初めて見る無邪気なその横顔にリュグナードは目を奪われた。
本来、セラ殿はこういう風に笑うのか…
そんな楽しそうなセラを見て
リュグナードの前ではつんけんした態度の目立つ警戒心の強いセラだが、
これが本来の姿なのだと察したリュグナードは少し後悔した。
陛下のためとは言え、少し強引だったかもしれない。
もう少し、やり方があったのではないかと。
そうすれば、二人のようにあの警戒心のかけらもない
無邪気な笑顔を向けてもらう事が出来たんじゃないか――
と、思った所でハッと我に返る。
そして急激に込み上げてきた羞恥に震えた。
何を考えているんだ俺は…!
10近くも離れた、それも昨日出会ったばかりの少女相手に…!
正直、頭を抱えのたうち回りたいほどだったが、そんな事出来るわけがない。
なのでリュグナードは誰もこちらを見ていないにも関わらず、気づかれないように
そっと深呼吸して気持ちを整え丁度三人の会話が一区切りついた
タイミングを見計らい「ところで、」と口を開いた。
先ほどどうしてあんな風に思ったのかを、彼はあえて考えようとはしなかった。