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62 入れ違い

「あの、いきなりすみません…!

 でも、どうしても、私、貴方に言いたいことがあって…!!」

「私に?」



緊張しているのか胸の前で組んだ両手をぎゅうっと握り、

絞り出すような声でそう言ったメアリにセラは丸くした目を瞬かせた。

驚いたのは彼女だけではなく、アルフェリアもその垂れた目を丸くしている。

ナシアスとスコットだけはメアリの言葉に納得した様子を見せ、頷いた。

2人の反応を見てメアリは意を決した様に大きく頷きを返し、

すぅっと大きく息を吸い込んだ。



ゴーン、ゴーン



彼女の決意を無慈悲にも遮ったのは柱時計の鐘の音だった。

口を開いたタイミングで鳴り響いたせいで、

メアリが何とも可哀想な事になっている。

慌てて口を閉じた彼女は頬を染めて軽く俯いた。

そんな彼女をセラとアルフェリアは可愛いなと思いながらも、バッと柱時計を振り返り針が示す時間を確認して悠長にしていられない事を知り慌てる。



「ご、ごめんなさい、メアリさん。

 お話の続きは仕事が終わってからでもいいかしら?」

「は、はい!お引止めしてしまってすみません…!!」



申し訳なさそうに眉を下げるセラにメアリは慌てて

「私の方はいつでも大丈夫です…!」と答えがばりと頭を下げた。

アルフェリアにも「申し訳ございません…!!」と謝罪を入れる彼女に

2人は苦笑いを浮かべながら「大丈夫」と笑いながら顔を上げさせた。

そしてお会計をしようとしたのだが、

そこはナシアスとスコットから待ったがかかった。



「ここの支払いは俺たちが持つよ」

「ええ?でも、」

「いや、俺は自分で、」

「時間がないんだろ?ほら、さっさと行った行った」



戸惑うセラとアルフェリアだが、スコットの言う通り今は時間がない。

なので2人は顔を見合わせた一瞬で答えを出した。

「「ご馳走様でした」」揃って頭を下げる騎士たちにナシアスとスコットは

その違和感がありすぎる光景にひっそりと頬を引きつらせた。

なんせ、騎士に頭を下げられるなどかつてない経験なのだ。

居心地が悪すぎる。



「えっと、18時までには来れると思いますので…

 ナシアスさん、スコットさん、今度は私に奢らせてくださいね」

「ははは、楽しみにしているよ。またなお嬢」

「お仕事頑張れよ」



慌ただしいがにこやかに手を振り合ってセラはアルフェリアと共に店を出た。

「走ろっか」「はい」簡素な会話を交わした2人は次の瞬間には石畳を蹴り、

狭い路地を駆け抜けていく。

運動不足のシロはここぞとばかりにセラの腕から飛び降り、

狼サイズへと姿を変えて嬉々として並走する。

幾つかの角を曲がりとある店の前を通った

その時、ふとセラは”本来の目的”を思い出した。

「ぅあっ」思わず変な声をあげ、

足を止めたセラに気づいてアルフェリアも足を止め振り返る。



「セラちゃん、どうかした?」

「り、リボン…」

「?リボン??」

「私、リボンを買いに街に出てきたんでした…!

 すみません、アル先輩先に帰っていてください!!」



急かすように早口で問いかけるアルフェリアにセラは

酷く焦った顔で狼狽えたかと思うと、唐突にそう叫んで踵を返した。

「えっ!?」とアルフェリアの口から驚きの声と共に待ったを

かけるように右手が持ち上がったが、勿論背を向けて駆けていく

セラがそれに気づくはずもなく。

気の利きすぎる彼女の相棒がぐぐっとその大きさを増したかと

思うと、彼女はひょいっと慣れた様子でその背に跨った。



「ええっ今から!?セラちゃん怒られるよ!?」

「戻ったら全力で謝り倒します…!!」

「え、えぇー…うっわ早っ!…シロくん、ほんと優秀すぎ……」



あっという間に角を曲がり見えなくなった一人と一匹に

路地に残されたアルフェリアは中途半端に持ち上げた右手がとても空しい。

一瞬後を追うかとも考えたが、今更追いかけたところで

シロの俊足に追いつけるはずがない。



…うわぁ、俺、一人で怒られるのかぁ…

不注意でゼドロス商会が運営する店に連れて行っちゃった上に

そこで黒猫と灰猫に遭遇、更にセラちゃんを一人で街に行かせちゃうとか…

あー、やばい。すっごく帰りたくなくなってきた…!!

これ、絶対めちゃくちゃ怒られるじゃん!!

遅刻だけでも怒られるってのに、他にも要因増えすぎだよ…!?



ざぁっと顔色を悪くさせたアルフェリアが頭を抱える。

けれどもそうしている間にも時間は過ぎていってしまうので、

彼は大きなため息を一つ吐いてから城へと向かった。

諦めて走る事をやめた辺りが

アルフェリアという男の”らしさ”を物語っている。

今の彼を上司たちが見ていれば

少しでも早く辿り着けるように走らんか!と叱咤の声が飛んだだろう。



メアリは忙しく働きながらも口元が緩むのを抑えきれなかった。

その事を最初は居心地悪そうにしていたのに、すっかり慣れてしまったのか

セラたちが帰った後も居座っているナシアスとスコットに

にやにやと笑いながら指摘され、彼女は恥ずかしそうに俯いた。

すると普段はハーフアップにしているサイドの髪が落ちてきて、

メアリはまただらしなく頬を緩める。


思い出すのは瞬いた美しいアメジストと、麗しい微笑み。

「少しの間、お借りしますね」そう言ってあっという間に

また去って行った華奢な背中で踊る艶やかな長い黒髪。

焦った様子で戻ってきて突然「髪紐かリボンは売ってませんか!?」と

言われた時は本当に驚いた。

彼女が欲しいと言うのならばなんだって用意してあげたい。

それはメアリだけではなく、他のスタッフたちも同じ思いだったのだが、

残念ながらどちらも取り扱いはしていない。

メアリたちの表情からその事を察したセラの顔が一瞬途方に暮れる。

そこでメアリはふと自分の”髪型”について思い出した。



「リボンなら良いのをしてるじゃないか」

「違うんです、これは借り物なので…

 どうしよ…あ!ラッピング用のリボンでも、」

「わ、私ので宜しければお貸しします!」



スコットの不思議そうな問いかけにセラは困り顔で返事を返し、

まるで良い事を思いついた!と言わんばかりの笑顔で出してきた

”あんまりな”代打案にメアリは食い気味に言葉を被せた。

セラからすればそれだって立派なリボンだし、

いつまでもヴェールヴァルド卿(おとうさま)のリボンをつけているよりは

ずっと心臓に優しいので全然かまわなかったのだが、

メアリからすれば”とんでもない”の一言だった。



「えっ!?で、でも悪いですし…!」

「全然大丈夫です!」



メアリの勢いに押されながらも断ろうとするセラに、

彼女は問答無用!と言わんばかりに自分のリボンを解いた。

ふわりと頬に落ちてくる髪は鬱陶しいが、それでもセラの髪に

ラッピング用のリボンなんかを巻くよりはずっとましだと彼女はそう思った。

どうぞと差し出した所でふと我に返り強引過ぎたかも、と顔を青くした

メアリだが、セラは差し出されたオレンジ色のリボンを手に取り、微笑む。

戸惑いを残しつつも何処かほっとしたようなその笑みにメアリは呼吸を忘れた。



「…ありがとうございます。正直、とても助かります…」



「では少しの間、お借りしますね」そう言って

セラはぺこりとお辞儀をして慌ただしく店を出て行った。

残されたメアリは茫然と突っ立ったままパタンと静かにしまったドアを見つめる。

頬が熱を持つのが分かる。

心臓がまるで耳の真横にでも移動してきたんじゃないかと疑いたいくらい、煩い。

とまあ、これがメアリの顔をにやけさせている理由だった。

あの凛としたポニーテールを自分のオレンジ色のリボンが飾っているのだと

思うだけで、彼女は今にもスキップしそうなくらい浮かれてしまう。



「おーおー、なんとまぁ幸せそうな顔だこと」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな。

 特にメアリにとっちゃああのお嬢は”カミサマ”みてぇなもんだしな?」

「はいっ!」



そんなメアリの心情を察したナシアスとスコットも

年の離れた妹のご機嫌っぷりにつられる様に笑みを浮かべる。

そしてさて、なんて報告して(からかって)やろうかな、なんて考え出した。

ランチの時間も過ぎたので客足も落ち着いてきたし、

そろそろ休憩に入ろうかなとメアリがそう思っていたその時、店のドアが開いた。



「いらっしゃいま、せ…」

「おん、ワイがいらっしゃったで…ってなんやその顔?」



反射的に笑顔で振り返ったメアリは

ドアをくぐってきた猫背の男を視界に入れた途端不自然な形で固まった。

そんなメアリに猫背の男、ヤールは怪訝な顔で問いかける。

けれどもメアリは首を振ってなんでもないと答えるだけなので

ヤールはなんとなくもやっとした。

なので、さっきから視界の端で何故かニヤニヤと嫌な笑みを

浮かべている兄弟たちに食ってかかる事にする。

喧嘩を売られるような事をした覚えはないが、昨日からからかわれっぱなしなのだ。

恐らくこれもその延長だろうとヤールは内心でため息をついた。

自分でもこれだけからかわれるのだ、セラの事を思うとやっぱり

もう少し考えて行動するべきやったかなぁと彼は密に反省している。

自分の前を通ったヤールの長い襟足が見慣れない黒い紐で結ばれている事に気づいたメアリは首を傾げつつも、彼にお茶を用意すべくキッチンへと足を向けた。



「お前らも帰ってこんと思うとったら、まだここにおったんか…

 場違いにも程があるで?お客たちの迷惑にならんうちに、はよ帰れ」

「おいおい、そんな事言っていいのかヤール?」

「そうだぜ、ヤール。謝るなら早い方がいいぞ?」

「はぁ?」



何故か4人掛けのテーブルに並んで座る2人を訝し気に見やりつつも、

彼らの向かいの椅子にどかりと腰を下ろしたヤールが早速応戦する。

元々喧嘩っ早いたちではあるし、

売られた喧嘩は例え身内でもしっかり買う主義なのだ。

元々細い糸目を更に細め、口の端を吊り上げる。

分かりやすい挑発ついでに本音も混ぜてくるヤールに2人は

余裕な素振りを崩さずに、にやにやと嫌な笑みを深くした。

内心では自分だって似合わないくせにとひっそりと反論しながら。

そんな2人の態度にヤールの方がイラっとしたようだ。



「何言うとるん?正論やろうが。

 こんな女性向けの可愛い店にお前らみたいな

 おっさんが堂々と居座るとか、営業妨害も甚だしいわ」



ハッと鼻で笑い、近くにいたスタッフに「なぁ?」と話を振る。

振られた方はとんでもない!こっちに振らないで!!と勢いよく首を振った。

聞き捨てならない言葉に余裕を捨ててスコットが「おっさんって言うな!」叫ぶ。

途端ににんまりとした満足気な笑みを返され、

我に返ったスコットが悔しそうに顔を歪めた。

その隣ではナシアスがやれやれと言わんばかりの顔で肩をすくめている。

そこへメアリが戻ってきた。



「で?なんでこいつら、こんないけ好かん笑い方しとんの?」

「え、えっと…」

「…ん?メアリいつものリボンはどないしたん?

 あれ宝もんなんやーってずっと大事にしとったやつやろ??」



ヤールの前に紅茶とお茶菓子を置いたメアリに話しを振りつつ、

ふと違和感に気づき、戸惑う彼女にヤールは素直に疑問をぶつけていく。

「ぶふっ」盛大に噴き出したスコットに「きったな…!」と

唾が飛んできたヤールが盛大に顔を歪め、睨みつける。

咽ているスコットの隣で、口に手を当てて笑みを殺している

ナシアスもついでに睨んでおく。



「おいこらスコット、さっきからなんなん?表出るか??」

「いや、悪い…!でも、っ笑える…!」

「ほぉん?よぉわかったわ、とりあえず一発殴らせろや」



あぁん?と柄の悪い声で凄むヤールに

謝りつつも込み上げてくる笑いを逃がす事の出来ないスコット。

元々気の短いヤールが立ち上がるまでに時間はかからなかった。

けれども、勿論店の前でそんな喧嘩をさせるわけにはいかないので、

「まぁまぁ、落ち着け」とナシアスが宥めにかかる。

店の中はほっとした雰囲気が漂い、ヤールは気まずげに腰を下ろした。

これ以上機嫌を損ねると本当に暴れかねないので、

ナシアスはいい加減ネタばらしをしてやる事にする。



「メアリのリボンは貸し出し中なんだよ」

「はぁ?誰にや」

「お前が”ソレ”を使ってるせいで、お困りのお嬢さんにさ」



にっこり。

笑顔と共に長い人差し指を向けられ、ヤールは思わずポカンと口を開いた。

言われた言葉が上手く理解できずに戸惑っていると、

珍しいナシアスの笑顔にあちこちからうっとりした様な声が漏れた。

けれどもその笑顔を間近で見ていたにはメアリは後にこう語る。

”勿論、最後まで楽しませてもらうけどな”と書いてあった、と。

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