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58 墓穴

シャーロットはどちらかというと歴史の勉強が苦手だった。

丸暗記するにも情報量が多すぎるし、

正直堅苦しい言葉で書かれた教科書は理解し辛い。

せめて物語のように書いてくれれば、

自主的に読む気にもなるのにと、彼女は常々そう思っていた。


そしてその考えはある意味正しかったのだと知った。

まるで見てきたかのように話すセラの説明はとても分かりやすく、

興味を引くものだったからだ。

時折与えられる問題はただ覚えているか

どうかを確かめるだけの一方的な作業ではなく、

シャーロットが何処まで理解しているのかを探り、

ちゃんと納得出来るように話そうとするセラの心遣いを感じられた。

だからか普段ルイクレッドから感じるプレッシャーを

忘れてシャーロットはまるでただのお喋りの様な感覚で受け答えが出来た。


これは声に出して言う事は出来ないが、

ルイクレッドよりもずっと教師に向いていると思ったのは彼女だけではない。

不意に拍手が鳴り響き、シャーロットはハッとして顔を上げた。

けれども見上げた先の人とは目が合わない。



「ええ、ええ、大変素晴らしいご回答でしたわ、セラ殿」

「ありがとうございます」



優雅に微笑むルイクレッドだが

その瞳の奥は凍てついておりシャーロットは無意識に唾をのんだ。

対するセラは笑顔の仮面を張り付け、恭しく頭を下げる。

2人の背後に吹き荒れるブリザードの幻想と

見慣れた同僚の後姿が被って見えて

ドラウンはああやっぱり親子だなぁと遠くを見る。


セラとしても本当は彼女のお株を奪うような真似をする気はなかったのだ。

けれど、思いのほかシャーロットの食いつきがよく、

歴史好きなセラとしてはこれを期に彼女にも歴史の楽しさを

知ってもらえればと欲が出てしまった。



「姫様には必要ない情報も多々ありましたけれど、

 わたくしが思っていたよりは学のある方で安心致しました。

 気を悪くしないで欲しいのですが、正直に申し上げますと、

 学のない方が近くにいらっしゃる事で

 姫さまに悪影響を与えるのではないかと少し不安に思っておりましたの」



だからこのルイクレッドのちくちく刺すような

嫌味は当然なのだと真正面から受け止める。

腹立たしいのは間違いないが、わざと火に油を注いだのは

自分なのだからと引きつりそうになる頬を必死に堪えて。

2人の間に火花が散る。

それを遮ったのは授業終了を告げる柱時計の鐘の音だった。

時計に目をやり時間を確認したルイクレッドは

ふんと鼻を鳴らして、教科書を片付ける。



「浮ついた心を引き締め、昨日の件のような事が

 もう二度と起こらない様に、くれぐれもお気をつけくださいませね」



そして去り際に嫌味を残し、

彼女はシャーロットとドラウンにだけ頭を下げてさっさと部屋を出て行った。

カツカツとせっかちそうな足音が遠ざかったのを確認し、

セラはほっとしたような雰囲気が流れる部屋を見渡した。



「…彼女の授業を横取りしたのは悪かったと思いますけど、

 それ以外に私、彼女に何かしましたっけ?」

「彼女のあれはただのやっかみですから、気にしなくていいですよ」

「ドラウン様の言う通りです。夫婦仲が上手くいってないからって

 他の人が幸せそうにしているとすぐにああやって嫌味を言うんですよ、あの人」

「ヴィオラ」

「すみません、出過ぎた事を言いました…」



罰が悪そうに問いかけたセラにドラウンは苦笑いを浮かべ、

ヴィオラは嫌そうな顔を隠しもせずにドアを睨みながら答えた。

明るく人懐っこいヴィオラのそんな態度にセラは目を丸くする。

もしかしたら過去に何かあったのかもしれない。

ドラウンに咎められヴィオラはしおらしく謝罪した。

シャーロットは歴史の教科書を片付けながら

「それにしても」と言いながらセラに視線を送る。



「セラは本当に歴史に詳しいのね。

 先生に同意するわけじゃないけれど、少し意外だったわ」

「実は考古学者の真似事が趣味なんです。

 図書館や資料館を巡ったり、古い遺跡や滅びた都市の調査をしたり。

 そうして歴史に触れることも私が旅をしていた醍醐味の一つです」



まじまじと見つめてくる大きな瞳にセラは苦笑いを浮かべながら答えた。

そんなに私って頭悪そうに見えるんだろうかと若干不安になる。


それにしたって、旅人がみんな学がないなどと

思われているなんて、セラからすると偏見もいいところである。

様々な知識がなければ旅など出来ない。

それらは彼らの様な立場の人間からしたら不要な知識かもしれないが、

旅人たちは文字通り国中を旅しているので歴史にも明るい人は多い。

中には書物から得られる知識だけでは物足りず、実際に足を運ぶ猛者もいるほどだ。

そんな彼らは教科書を丸暗記したような

教師たちよりも当然詳しく、マニアックな知識を持っている。

それこそセラの師匠であるグランや、物の見事に感化されたセラのように。



「…もしかして、ダイルレイドの街も?」



嬉しそうにそう話したセラにシャーロットは恐る恐る問いかける。

滅びた都市、その言葉がどうにも先ほど

聞いたばかりの街の話に聞こえて仕方がなかった。

立ち入り禁止区域なのだから、流石にないだろうとは思いつつも、

何だか嫌な予感がする。そう思ったのはシャーロットだけではなかった。

他の2人の視線までもを集めたセラは咄嗟に笑って誤魔化そうとした。

無言のままにこっと愛想のいい笑みを向けられた

3人はやっぱり!!と予想が当たっていた事に驚愕する。



「いやいや、にこっじゃないですよ!?

 さっきセラさんが自分で言ったんじゃないですか!

 ”立ち入り禁止区域”だって!!」

「でももう300年以上も経っているのよ?

 そろそろちゃんとした調査が必要だと思いません?」

「だからってなんで態々危ないところに行くのよ…

 そんなに歴史を調べたいのなら、調査団にでも入ればよかったじゃない」



「危ないでしょ!」と叱りながらセラの肩を掴んで前後に揺らす

ヴィオラにセラは「やーめーてー」と笑いながら弁明する。

全く悪びれた様子も見せずにケロリと自身の行動を正当化しようとする

セラにシャーロットは呆れを隠さず盛大にため息をついた。

ドラウンも「同感です」と神妙な顔で頷いている。



「嫌ですよあんな頭でっかち集団に混ざるの。

 私は私の好きなように見て回って、好きなように調べたいんです。

 それに確かに危険ですが、それに見合うだけの

 貴重な資料やアイテムだって手に入るんですよ?」



シャーロットの言葉にセラは心底嫌そうに返し、

持論を述べては「そりゃ行きますよ」と無駄にキリリとした顔で言い切る。

宵越しの金は持たぬ主義だとアルフェリアに言いはしたが、

必要以上のお金を持ったまま旅をしないだけで、

稼ぐことに興味がないわけではないのだ。



「貴方実はただの旅人じゃなくて、

 トレジャーハンターも兼ねてたりするの?」

「…考えた事もなかったですけど、

 言われてみればそれっぽいかもしれません」



これまでの旅を思い返し、セラはシャーロットの言葉に頷いた。

ただ自由に旅がしたいだけなので、呼ばれ方を気にした事はなかったが

よくよく考えてみれば遺跡に眠るお宝を手に入れる事はそう珍しくはない。

どこの遺跡も人がいなくなってからはモンスターたちの住処になっている

事が多いので、大抵の遺跡はあまり調査を行う事もなく放置されている事が多い。

調査団はあるが1か所に拠点を置いてしまうと、

徹底的に調べつくすので費やす時間がセラからしたら勿体ないのだ。

彼女は自分た知りたい事だけ知ることが出来れば、それで満足なのだから。



「まあ、ルールを破った事は叱られて当然ですけど、

 あの時は丁度ダイルレイドに挑めるだけの面子が揃っていましたし…

 それぞれの事情的なものとも合致したんで

 丁度いいやって話がまとまったんです」

「いやいや、可笑しいでしょう。あの辺りは最低でも

 Bランク以上のモンスターばかりが生息している危険地帯ですよ?」

「大丈夫でした」



いやいや、ぐっ!じゃねぇよ。

そんな危険な場所に踏み込まなきゃいけない事情ってどうなんだ。

ダイルレイドに関しての情報を思い出し、顔色を悪くしているドラウンに

ぐっと親指を立てて無駄にいい笑顔で言い切ったセラに3人の心は一致した。

話しには聞いていたが、思っていた以上のお転婆っぷりにドラウンは頭を抱える。

エリオルになんて報告しようかと。

 


「それで、そのダイルレイドの街はどうなってたの?」

「見事にAランクモンスターの住処になってましたよ。

 ただ思っていたよりも、ずっと落ち着いて変だなって

 思ってたらなんと彼らの頂点にグリフォンが君臨してましてね」

「「「グリフォン!?」」」




思わぬSランクモンスターの登場に3人はぎょっとした。

この短い時間で一体どれだけ驚かせるのかと言いたくなる程だというのに、

当の本人はケロリとした態度のまま「ええ」と頷く。

彼女の紫の瞳が当時を思い出しているのか若干視線が遠くへと飛んではいるが、

口元にはゆるい笑みが浮かんでおり、そう悪くない記憶として覚えている事が伺えた。



「そりゃもう漸くたどり着いたダイルレイドの

 シンボルであった時計台の上からラスボスの如く現れてくださいました」

「貴方よく無事でいましたね…」

「彼の相手はこのシロがしてくれたので」

「…グリフォン相手に勝ったんですか?」

「わふん!!」

「そりゃ勝ってなかったら、シロも私も今ここにいないですしねぇ」



まじまじ、しみじみ。

音を付けるとそんな音が付きそうな視線を3対いただき、

セラは苦笑いを浮かべてひょいっと肩を竦めた。


たった今まで人間の話になんて興味なさげに

丸くなっていたシロだが、ふと自分の名前が出た辺りで顔を上げた。

それに気づいたセラがしゃがんで頭を撫でてやると、気持ちよさげに目を細める。

そして信じられないと語る視線と共に恐る恐る問いかけてきた

ヴィオラの言葉に、彼は同意するように大きく吠える。

紋章の入った青いスカーフが巻かれた胸を誇らしげに張り尻尾を振っているシロを見て彼らはなんだかなぁと思った。

シロが実は物凄く強くて貴重なモンスターだとは知識としては知っている。

けれど普段のシロを見ている限りではセラの忠犬というイメージしかなく、

どうもこの目の前にいるシロがそうだと一致させにくいのだった。

時折見る豪快すぎる食事風景にはゾッとするが。



「それにしても、いくらヘル=ヴォルフ(シロくん)がいるからといって

 セラ嬢と一緒にそんな盛大な無茶をしでかす人間が他にもいるとは…」

「前に言っていた”ルドのジェイ”のモデルになったって人たち?」

「そうです。その2人と師匠と幼馴染のヒューズ、

 あと、あの時はサビ猫のおじ様とヤールもいましたね」

「「「”ヤール”」」」

「ア゛ッ」



当時を懐かしむあまり、つい口が滑ってしまった。

思っていたよりも彼らの食いつきがいいのでこのままの話題で

恋バナからフェードアウトしようとしてたのに、見事な墓穴を掘ったセラである。

しまったと慌てて口を閉じるが、もう遅い。


「そうだ、それだ。忘れてた」と言わんばかりの視線が刺さり、

セラはへらりと力ない笑みを浮かべるしかなかった。


冒険話なら得意だし、沢山ネタがあるのになぁと思いながら、

セラは再び問い詰めるように向けられるにがくりと肩を落とした。

朝から災難続きだなぁと思った彼女はこれがまだ序の口であった事を

後々嫌と言う程思い知る羽目になる。


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