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57 お勉強

シャーロットとヴィオラからの追及からセラを救ったのは意外な人物だった。

最も、その人物にとっては救ったと言う意識は全くない。

何故なら、普通にシャーロットの勉強の時間が迫っていて、

彼女はそれを教える教師だからだ。

セラにとってのみ居心地の悪い部屋に控えめなノックの音が響く。

ドアから申し訳なさそうな顔を覗かせたのは、

今さっき出て行ったばかりのドラウンだった。



「盛り上がっているところ、すみません。

 姫様、ルイクレッド夫人がご到着されていますよ」

「あら、もうそんな時間?」



ドラウンの後ろには40半ばくらいの背の高い女性の姿があった。

「姫様、おはようございます」とまるでお手本のような仕草で頭を下げる

彼女を見て「おはようございます先生」と返しながら

シャーロットは酷く残念そうに眉を下げた。

ヴィオラはすでに勉強の準備に取り掛かっている。

彼女の登場で一瞬で変わった雰囲気にセラは一人そっと胸を撫で下ろした。

少し冷めてしまった紅茶を飲み干し、カップを台車の上に乗せる。

シャーロットに煙たがられていた頃はスイーツを買いに走らされていた

この時間も、仲良くなってからは部屋にいる事を許されている。

なのでセラは再びドアの前で警備にあたっているドラウンの隣へと向かった。



姫様と仲良くなれたのは嬉しいんだけど、

正直、この時間が一番苦痛なんだよなぁ…

パシられるのは嫌だけど、でもじっとしてる方が辛い…



そんな気持ちでドアに向かったのが悪かったのか、

シャーロットが歴史の勉強を始めてから10分が経った頃

「セラ殿」と珍しくルイクレッドに声をかけられた。

初めての事に驚いて「はいっ!」咄嗟に出た返事が上ずってしまい、

セラは気まずい思いをしながら振り返る。

きっちりと纏められたお団子頭に、キラリと輝く眼鏡、ピンと伸びた背筋。

正しく家庭教師という言葉を具現化したような彼女は性格も外見通りで、

厳格が服を着て歩いているようだと言われている人物である。



「浮ついた感情で姫様の傍にいられては迷惑です。

 貴方のせいで姫様が集中で出来ていないようですし、

 宜しければ、貴方も一緒にお勉強なさいますか?

 そうすればもう少し今の立場に見合った行動が出来るかと思いますが」



刺々しくも淡々と紡がれる言葉の前半にはセラも納得した。

シャーロットが集中出来ていないのは見ていてわかったからだ。

けれども、続けられた後半の言葉と視線には嘲り、見下す響きが見受けられた。

突然向けられた悪意にセラはすぐに答える事が出来ない。

彼女越しに申し訳なさそうな顔をしたシャーロットと目が合い、ハッと我に返る。

そして苛立ちを、にこりと無理やり作った”神妙な顔”の下に隠した。



「…私の行動につきましては心より謝罪いたします」



頭を下げたセラにルイクレッドはふんと鼻で笑う。

心配そうな3つの視線が突き刺さっているのを感じながら

セラは不満げに見上げてくるシロに口だけを動かして「だめ」と窘めた。



「ですが、勉強の件はご遠慮させてください」

「あらどうして?」

「これでも勉学は一通り師に教わりましたので…」

「そうなの?」



顔を上げてから少し困ったように微笑むセラに

ルイクレッドは意地悪げな笑みを浮かべて白々しく問いかける。

どうやらこの場でセラに恥をかかせたいようだった。

私、この人にこんな事をされるような事したかしら?とセラは内心で首を捻った。

面識こそあれどこうやって言葉を交わすのは初めてなのだから、

セラがそう疑問に思うのも無理はなかった。

けれどドラウンやヴィオラには何やら思い当たる節があったようだ。

視線に同情の色が混ざっていた。

「なら、」試すような声色でルイクレッドが話を続ける。



「姫様に代わって、先ほどの問いに答えて頂こうかしら」



そう告げる口元は扇で上手に隠していて見えないが、

この場にいる誰もがニヤリとした笑みを模っている事が想像できた。

目は口程に物を言う、そんな言葉を思い出しながらセラは

にこっと笑って「ハイ先生」と凍った雰囲気を和らげるように茶化す。

案の定、こういった軽口を好まないルイクレッドは

誰が貴方の先生ですかと言わんばかりに顔を歪めた。

そんな彼女にセラは内心で舌を出しながら、視線をシャーロットへと向ける。



「”ダイルレイドの悲劇”とはファルファドス歴648年、

 今から330年前に旧ダイドデッド領、

 現在のアンダルク領・フォルガーナ領の丁度境にあった

 ダイルレイドという大きな街を襲った大規模なモンスター被害の事です」



淀みなくまるで教科書でも読んでいるように答えたセラに

ルイクレッドは面白くなさそうにしながらも「よろしい」と口を開こうとした。

けれどもセラはそれを遮り説明を続ける。

もの言いたげに口を閉じたルイクレッドを視界の隅で確認して、

目を丸くしているシャーロットににこりと微笑んだ。



「毒を持つレームング=モスと、パラリジ=バタフライが

 近くの森に大量に繁殖していた事が原因だったそうです。

 どちらのモンスターも本来は別々の場所で生息しているのですが、

 各地から薬の原材料が運び込まれる過程で、モンスターたちが

 この地に生息するきっかけを作ったと考えられています。

 ダイルレイドは有能な薬師が集まる街としても有名でしたからね。

 姫様はこの2種類のモンスターをご存じですか?」

「いいえ」



流れるような説明にシャーロットだけでなく、

ヴィオラやドラウン、そしてルイクレッドも気が付けば聞き入っていた。

不意に問いかけられたシャーロットが「知らない」と素直に首を振る。



「レームング=モスは主にアッカーバーグ領に、

 パラリジ=バタフライはベルセリオス領に生息しています。

 どちらもCランクで、どちらも蝶々みたいな姿をしたモンスターです」



大きさはこのくらい、と30㎝ほどの大きさを手で表すと

ヴィオラの口から心底引いた声で「うわぁ」と小さく漏れた。

シャーロットもこれでもかと言わんばかりに眉を寄せている。



「このモンスターたちの毒は、

 どちらも個別ではそんなに強いものではありません。

 酷くても精々1、2時間ほどしびれて動けなくなるくらい。

 まあ、薬屋で手に入る一般的な解毒剤で簡単に解毒できる程度の毒です」



ケロリとセラはたいした事のない様に言うが、聞いてる方は完全にドン引いている。

なにせこちらは生粋の王都育ち。

毒を持つモンスターなんぞにまるで縁がないのだ。



「悲劇は彼らが激しい縄張り争い繰り広げた事で起こりました。

 ダイルレイドは別名風の街と呼ばれた程、風が強く吹き込んだ街です。

 そしてモンスターたちは蝶々型で所謂”鱗粉”をまき散らすタイプ。

 更に条件の悪い事にダイルレイドはその森の風下にあったのです。

 2種類の毒は混ざり合う事で致死性の高い、

 とても恐ろしい猛毒へと変化し街に流れ込みました。

 初期の頃は解毒剤で治ったそうですが、

 森でモンスターが増えるのに比例して毒は強力になっていき、

 漸く原因を突き止めた頃にはもう解毒剤では

 対処できない程の猛毒と化していたのです」



そっと言葉を区切ったセラの脳裏には

廃墟と化した木々に覆われた大都市ダイルレイドが浮かんでいる。

そこで見た光景に彼女は一つ息を吐いて、心痛な表情で続きを

待っているシャーロットに応えるために口を開く。



「急遽各領地から救援部隊が編制されましたが

 既に充満していた毒が強すぎて街に入ることすら出来ず、

 結局ダイルレイドの街はそのまま滅亡を迎える事になったのです。

 けれど助け出すべき人々がいなくなったからと言って、

 モンスターたちをそのままにはしておけません。

 さて姫様ならどうしますか?」

「討伐隊を組んで風上にあるアンダルク領の方から徐々に討伐していくわ」



真剣な顔で答えたシャーロットにセラは「なるほど」と頷く。

それはこの話を初めて聞いた時にセラも最初に思いついた案だった。

虫型のモンスターは一様にして火に弱い。

魔法部隊を編制して巣をかたっぱしから

焼き払い地道に数を減らしていくしかないと思った。

けれどそう告げたセラに師であるグランは「馬鹿野郎」と呆れたように告げ、

ビシっと容赦ないデコピンを放った。



「現在ならばそれもいいかもしれません。

 けれど当時の人口は今よりももっと少なく、

 更に言えば既にダイルレイドを救うために多くの人々が殉職していました。

 なので、姫様が今おっしゃった案を結構する事は出来ず、

 当時は”目には目を歯には歯を”な作戦が結構されたんです」



歴史を学んでいる時は今の感覚で物事を考えるな。

その時代背景を常に意識し、自分がその場にいるくらいの気持ちになれ。


グランの言葉は痛む額を押さえ涙目になったセラの心に深く残り、

いつしか旅をする醍醐味になっていった。

セラの説明にシャーロットも「なるほど」と

当時のセラと同じように深く納得した様子を見せる。



「民をこれ以上失う事は出来ないと判断した当時の国王陛下は目には目を、

 つまりモンスターには更に強いモンスターを使って退治する事にしました。

 ちなみにその陛下のお名前はわかりますか?」

「648年なら16代目国王のフェリアム陛下だわ」

「その通り!そしてフェリアム陛下のその作戦は

 彼の目論見通り上手くいったように思われました。

 けれど、その際に投入したモンスターはモルテ=マンティスやら

 ギョット=スパイダーだったんです。

 つまり、カマキリやクモといった虫型のモンスターです。

 確かに蝶々型のモンスターたちは彼らの絶好の好物でしたし、

 すぐに殲滅する事ができました」



これでめでたしめでたし、ならばまだよかった。

けれども悲劇はまだ続く。「でも、それって…」ぽつりと呟いた

シャーロットの表情は曇っていて、セラはそれに「そうですね」と静かな声で頷いた。



「目論見は上手く言ったように見えて

 その裏で新たな問題を生み出していたんです。

 Cランクだった最初の2種類以上に危険なBランクの虫型モンスターが

 森だけではなく、人の生活圏にまで出没するようになり、

 幾つかの小さな町の住人には他の町に移る様に勧告が出ました。

 そしてその辺り一帯は立ち入り禁止区域になったのです」



ダイルレイドの悲劇は毒の被害が報告されてからおおよそ5年間の事を指す。

それはつまり、虫型のモンスター被害の悲惨さを物語っていた。



「それで、今度はどういった策を?」

「基本は同じですよ。ただ前回の失敗を踏まえて

 今度投入されたのは獣型や鳥型のAランクモンスターです。

 ただこちらは捕まえる事に苦労したようですけどね…

 結果は上手くいき、モンスター被害は格段に減りました。

 彼らは繁殖力はそう高くはありませんし、

 なによりもAランク同士の縄張り争いが熾烈を極めるので

 一定数を大幅に上回るという事は滅多にありません。

 ただ危険極まりない事に変わりはないので、立ち入り禁止区域のままです。

 この出来事の後フェリアム国王陛下はとある条例を作っています。

 さて、なんという条例でしょうか?」

「この間習ったばかりだわ。”ダイドデッド条約”ね。

 飼育が許可されている特定のモンスターを除き、

 勝手に別の地方に移動させたり販売することを禁止した条約」



納得した顔で答えたシャーロットに

セラは「正解です」とにこりと笑みを浮かべる。

よくできましたと褒めるような彼女の微笑みにシャーロットは

気恥ずかしそうに微笑みを返し、ふととあることに気が付いた。

そう、セラの足元でお利巧にお座りをしている”Sランクモンスター”である。



「…ねぇ、じゃあ貴方のシロは…?」

「シロは”ただの子犬”ですので」

「「「「…」」」」



恐る恐ると言った様子で問いかけた

シャーロットにセラはケロリとした様子で、返事を返す。

それに同意するようにシロが子犬サイズへと姿を変え「きゅぅん?」と

甘えたような声を出すものだから、部屋には奇妙な沈黙が落ちた。

自身に物言いたげな視線が集っているのを知り、

首を傾げる子犬のあざとく可愛い仕草にセラが頬を緩ませ抱き上げる。



「でもまあ、私がシロと出会った場所が王都の森だった時点で

 この条約を掻い潜って、好き勝手な事をしている輩がいる事は確かですね」



「ねー、シロ」「わぅん」まるで会話が成り立っているような

一人と一匹のやり取りに、何も言うまいと彼らは口を噤むことにした。

シロの事をどうこう言うには今更過ぎる。

セラの方にばかり気を取られていて、激レアなモンスターを前に

条約の事なんて綺麗サッパリ頭から抜けていた己にドラウンは額を押さえた。

ちらりと視線をやれば金色の瞳と目が合い、

彼は忘れたままでいる事が得策だと悟った。


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