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51 宣戦布告

※リュグナード視点です。

ゼドロス商会の若旦那、通称”サバトラ”のヤール。

飄々とした態度の食えない男で、何かと騎士に突っかかってくる乱暴者。

王都まで上がってくるゼドロス商会関連の報告書で一番目にする面倒な男。

何度も何度も読んだ彼の名前は、いつしか目にしただけで眉をひそめる対象となっていた。

問題ばかりを起こす人物なのに、一般市民からは何の苦情も上がってこない事に対する疑問を持つこともなく。

報告書を書いた騎士たちの思惑にまんまと嵌ってしまっていた。


今なら昨日のエリオル様の言葉の意味が理解できる。

そして自分が何を間違えていたのかも。

…二重の意味でエリオル様を失望させたのだろう。

1つは、与えられる情報を鵜呑みにして決めつけた事。

もう1つは、”セラ”を理由に彼らに対して疑問を持った事だ。


本来なら彼女が関わっていなくても、

正しい目を持ってして気付かなければいけない事案だ。

現にエリオル様の指摘を聞くと、逆に何故疑問に思わなかったのかと不思議になってくる。

いや、あの時は尻尾を掴む事しか考えていなかったからだと、今ではわかるが。

なんの悪さもしていない彼らの存在しない尻尾を掴めるはずなんて、あるはずがないというのに。

視野の狭さに呆れるしかなかった。

上手く逆手に取った彼らの”嫌がらせ”の効果は絶大だった。

費やした時間と労力を思えば、ため息しか出て来ない。

眩暈を起こしそうだ。


実際に面と向かって話してみると、

確かにクセは強いが信頼できる男だった。

警戒心が強く仲間思いな一面が、騎士に向けて牙をむいていたのだろう。

食えない笑みを浮かべ、時折こちらの真意を推し量ろうとする

真剣な眼差しはルドガー殿やジェイル殿を思い出させた。


話し合いは30分程で終わった。

此方の質問に対してヤールが素直に答えてくれたのと、

これ以上は時間が取れなかったのが主な理由だ。



「はぁ…ちょいと届けもんしに来ただけやのに、えらい目におうたわ」

「ヤールには悪いけど、私的にはとてもスッキリした気分だわ」

「そりゃ、まぁ…ワイらとしても悪ぅない話やったけど…」



席を立ち、コリをほぐす様にぐるりと回した首に手を当ててヤールがぼやく。

終わった事を感じ取ったのかセラの膝の上で丸くなっていた

シロが飛び降り、ぐぐっと背を伸ばしている。

どちらにとっても上手く話がすすめられた事を喜んでいるのだろう。

にこにこと機嫌よさそうなセラを前にヤールはむぅと

若干不満そうにしながらも、彼女の言葉に異論はない様だった。


退出を促され、軽く頭を下げてから部屋を出る2人に続く。

本当は俺も仕事が立て込んでいるのだが、部屋中の視線が一緒に行け!と

伝えてくるのだから仕方がなかった。

恐らく、予想以上に2人の仲が良かった事が原因だろう。

…まあ、それだけが原因だとは、流石の俺でも思わないが。



「それで私に持ってきてくれた荷物は何処に行ったの?」

「ワイから取り上げてくれた騎士さんに聞いて欲しいわ」

「それなら恐らく第一保管室だろうな」



楽しそうに話していた2人に割って入れば、

「第一保管室?」とセラが首を傾げた。

ふと彼女の足元にいる狼サイズのシロが同じように首を傾げているのを

見つけ、噴き出しそうになったのを堪える。

至近距離にも関わらずじっと見つめてくるヤールの視線に

聊か居心地は悪いが「案内しよう」と提案すると2人はすんなりと頷いた。



「今度は”妖精さん”に持っていかれてへんとええけどなぁ」



ニヤリと笑ったヤールは本当に意地が悪い。

検問などでこっそり荷物を取られるのを”妖精さんに持っていかれた”と言うらしい。

後から気づいた商人が抗議してもしらばっくれられ、

挙句の果てには”妖精にでも盗まれたんじゃねぇのか”だなんて

馬鹿な事を言ったのが始まりだったとか。

それ以来、”馬鹿は相手にするな、商品には順位を付けろ。

取られたくないものからは絶対に目を離すな”というのが

ゼドロス商会の教えになったらしい。

だが、納得のいかない者はその教え通りに諦める事をよしとせず、

このヤールの様に真っ向から抗議し、時には喧嘩にまでなるのだそうだ。


王都の騎士はそんな事はしない!と言い返したい所だが、

昨日既に同じ事が起こっていた。

信じたくないが、それが現実なのだ。

「ならば正すのみだ」とリナルド様はおっしゃっていた。

陛下や他の方々もその言葉に深く頷き、やる気を漲らせていた。



「あ、せやせや。忘れんうちにコレ渡しとくわ。

 ナシアスとスコットんとこからや」

「ありがと。みんなの様子はどうだったって?」

「あの手の付けられん悪ガキどもが随分と大人びて、

 ええお兄ちゃんお姉ちゃんになっとったわ、ってびっくりしとったで」

「ふふ、それはよかった。引き続き、よろしくね」

「まかせとき」



後ろ交わされるテンポの良い会話は部外者には全く分からない。

ただ何かいい話なのだろうという事だけは理解出来た。

他の荷物は取り上げられていたというのに、ポケットに隠していたらしい。

チラリと後ろを振り返れば、セラが受け取った手紙を大切そうに胸に抱え、

満面の笑みを浮かべている。

ヤールはそんなセラを見て目を細めていた。



「ここだ」



目的の場所に辿り着き、軽くノックをして扉を開ける。

すると中で作業をしていた騎士と偶然目が合った。

「リュグナード隊長!?」「えっ隊長!?」と慌てた声が飛んできた。

まあ、俺がこの部屋に来ることは滅多にない事だから、

驚くのも無理はないが、それにしても驚きすぎじゃないだろうか。



「ど、どうなされましたか?」

「先ほど彼から預かった荷物を引き取りに来た」

「…えっ、サバトラじゃないですか!何で、隊長がそいつと!?」



慌てて駆け寄ってきた騎士は恐らくヤールとひと悶着を起こした騎士だろう、

右目の上がはれ上がり、ガーゼから酷いあざが少し飛び出していた。

他にも3人ほど騎士がいたが誰も彼もどこかしらに怪我を負っている。

つきそうになるため息をどうにか飲み込んで、要件を伝える。

俺の後ろに人がいる事に気づいた彼らがぎょっと目を見開き、

警戒態勢に入った。俺に声をかけてきた騎士が、ヤールを指さし吠える。

敵意を前面に押し出している彼らは下手に刺激すると

腰に佩いた剣を抜いてしまいそうな勢いだ。



「さっきはどうも。

 いやぁ、お兄さんらは男前な面のままなんかぁ。

 ワイなんてこの可愛いお嬢さんにすぐに治されてしもぅて」



兎に角彼らを落ち着かさなければ、と思い

俺が口を開く前に後ろから出てきたヤールが本領を発揮する。

「男はそんくらいの怪我しとる方がワイルドでええやんなぁ?」なんて言って

親し気にセラの肩を抱き、すっかり元通りになった左頬を撫でニヤリと笑う。

「ヤール」咎めるセラに彼はひょいっと肩をすぼめて謝罪した。

だが表情は挑発的なままだし、何よりセラの肩を抱いたままなので

全く誠意は伝わってこない。

セラは呆れた顔をしているが、これ以上の文句を言う気はないらしい。

…どうも2人の距離感につい口を挟みたくなるのは俺の頭が固いからなんだろうか。

シロは小さいが物騒な唸り声を上げていた。

騎士たちの視線がセラに移り、表情が更に険しくなった。


セラに飛び火する、そう思った瞬間俺は傍にあった棚に拳をぶつけていた。

ダン!!と大きな音が響き、次いでじんじんと主張する右手の痛みに

自分が無意識に何をしたのかを理解する。



「聞こえなかったか?

 俺は、彼の荷物を引き取りに来たと言ったんだ」

「は、はい!ただいま!」

「すぐご用意いたします!!」



怯えたような顔でこちらを見る騎士たちに冷ややかな視線を向ける。

すると情けなく肩を跳ねあげた彼らは蜘蛛の子を散らす様に奥の棚へと走っていった。

「こっわ」「びっくりしたぁ」という小さな声で交わされる会話に

気まずく思いながら振り返ると、へらりとした笑みが返された。

…自覚はなかったが、激務疲労と昨夜の徹夜から気が短くなっていたらしい。

わざとらしいが咳払いで空気をかえる。



「すまない。後でちゃんと教育しなおしておく」

「あー…うん、いや、ワイも悪かったっすわ、ついいつもの癖で…」



騎士たちの無礼を詫びると、

ヤールは罰が悪そうにそっぽを向きながらも謝罪の言葉を口にした。

が、すぐに「やり辛い…!」と小声でセラに訴えているのが聞こえ、

次いで「ふっ、」セラが噴き出すのが耳に入った。

「まぁ、リュグナード様だからねぇ」と言って笑うセラに

ヤールは微妙そうな顔をした。俺の表情筋は仕事をしないが、

もしちゃんと働いていたら俺も同じような顔をしていただろう。


”俺だから”ってなんだ。

…それに、いつになったら、俺をリュグナード様と呼ばなくなるんだ。

セラが騎士になったあの日、確かに「リューでいい」と伝え、

彼女も笑って頷いたはずなのに。

って、今そんな事を言ってる場合じゃないな。

幾らアルやオックスが親し気に先輩って呼ばれていて、

ユリウスたちだって様じゃなくさん付けだからって。

これじゃまるで…



「お待たせ致しました!」

「ご苦労。後は自分たちでやるから、仕事に戻れ」

「「「「はいっ!!」」」」



とんでもない方向へ沈みかけた思考は

荷物を持ってきた騎士の声に呼び戻された。

ビシっと敬礼して部屋を出て行ったのを見届け

(すれ違いざまに2人を睨んでいいた事も)、所狭しと立てられている

棚の間を抜けて奥にあるテーブルへ向かう。

すぐさまヤールが鞄から中身を取り出し並べていく。

次々に並べられる何やら色取り取りなリボンが付いた小さな瓶に



「可愛い!え、やだすごい!

 可愛い!!これ絶対子供たち喜ぶよ~!」



と、セラは目を輝かせ大喜びをしている。

瓶を一つ一つ手に取って確認しては

いつになく高い声でしきりに「可愛い!」を連呼している。

そんなセラにヤールは何処か誇らし気だ。



「…これは?」



2人に付いて行けず、楽しそうなセラに水を差すのは悪いので

満足そうに彼女を眺めているヤールへと問いかける。



「さっき言うた通り、ウチの目玉になる予定の新商品。

 ワイは子供向けのお菓子担当なんよ~。

 お嬢にヒントもろて試行錯誤しとったんが、ようやっと完成してん」

「そうなのか…確かに、子供受けしそうだな。特に女の子に」

「まぁターゲットは小さい女の子やからな。

 ”小さくてキラキラしたもの”とか”星マークやハート”とか

 ”ピンクと水色”とかが特に好きやって聞いとったけど…

 あの様子やと、意外とオールマイティに女性受けしそうやなぁ」

「…そうだな」



上機嫌で瓶をのぞき込むセラを見て

しみじみと感想を述べるヤールにとんでもない脱力感が襲ってきた。


ゼドロス商会の幹部が王都に集まってきている理由。

それが”これ”なのだから力も抜けるというものだ。

デザインにもこだわって作ったという瓶の中には、

子供が好きな飴などのお菓子が入っていた。

グラデーションになる様に詰められた飴が入った瓶は、

インテリアとしても十分おしゃれだった。

これはヤールが言う通り、オールマイティに受けそうである。

ちょっとしたプレゼントとしても、重宝されそうだ。

昨夜の俺に教えてやりたい…


ヤール曰く、軌道に乗って数年が経ったあたりで、

買ってきた物を売るだけじゃつまらないとの意見が出たらしい。

そしてその話をヤールから聞いたセラが

「それなら自分たちで売れる商品を作っちゃえば?」と

提案したのが今回の集会のそもそもの発端だ。

それはいい!と乗り気になった彼らが何やら物作りのセンスのある

セラから助言をもらいつつ、それぞれが自社商品の開発に取り掛かった。

四苦八苦しながら作った自社製品は、今年漸く出来上がったのだと言う。

それを王都にいるゼドロス商会のトップ、通称”ボス猫”

クライヴ=ゼドロスに見せるために彼らはこの王都に集まってきているらしい。


正直、時期を考えて欲しかった。

早く見せたいという気持ちはわからなくはないが、

何であともう1か月待てなかったんだ…!!



「ね、これ貰っていいの?」

「勿論や。これじゃお嬢に献上するために持ってきたんやからな」

「ありがと。大事に食べるね」

「そうしたって」



やり取りは微笑ましいが、正直そう文句を言いたい気持ちになった。

いや、1か月ずれた所で騒ぎになるのは免れなかっただろうが。

それでも陛下の誕生祭を間際に控えたこの時期でなくてよかろうに!

荷物を回収してご機嫌なセラと共にヤールを見送る為に門へと向かう。

すれ違う騎士や文官、メイドたちから訝し気な視線が送られてきたが、

俺がいる手前か誰も表立って声をかけてくることはなかった。



「それじゃ、気を付けて帰ってね。

 ナシアスさんとスコットさんに手紙ありがとうって伝えておいて」

「ん、了解や」



そんな短いやりとりをして2人は

「じゃあ、また」と笑み浮かべて踵を返した。

少し後ろで見ていた俺に気づき、照れくさそうに笑うセラ。

その笑みに何処かほっとした気持ちで気を取られていた俺は

彼女の向こうでヤールがこちらを振り向いた事に気付かなかった。

彼女が俺の隣に来る前に伸ばされた長い右腕。

するりと解かれる髪紐。

重力に従い、流れ落ちる美しい黒。



「え?」



戸惑った声を上げ、目を丸く見開いて振り返るアメジスト。

待ち受けていたのは、俺には何を考えているのか、

さっぱりわからない真顔のヤール。



「お嬢」



真剣な声色と共に、ヤールの手がセラの手首をつかむ。

「ぅえっ?」戸惑いが濃くなったセラの声。

つんのめる様に傾く、小さな体。

覆いかぶさるように屈められる、背中。

息を飲む音。消える喧騒。

なだらかな曲線の美しい頬を包む、大きな掌。

近づく、2人の顔。



「――」

「!」



それらはスローモーションのように、ゆっくりと見えた。

―――なのに。


俺は全く動く事が出来なかった。



「――ワイは本気やで」



低いヤールの声でハッと我に返る。

彼はそう呟くとニッと笑みを浮かべ、

「そういう事やから、真剣に考えてみてや」と言って去っていった。

去り際に、鋭い一瞥と憎たらしい程の挑発的な笑みを残して。


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