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5 ”エリューセラ=ヴェールヴァルド”

※セラ視点です。

パタン、と背後でドアが閉まる音を聞き届けるとドッと疲れが押し寄せてきた。

よろよろとした足取りでシロが顔を出しているソファへと向かい、

小さくなった体を傷に触らないように気を付けて抱きあげる。

つきたくもないのに、はぁ…と口から漏れたため息は今日何回目だろう、

なんてどうでもいいことを考えて、また一つため息をついた。

駄目だ。これ以上逃がしてしまったらどうなるんだ私のこれから…!



「くぅん?」

「…シロ~…なんか、すごく面倒な事になってるよー…!」



私の様子がおかしい事に気づいたシロにペロリと頬を舐められ、

思わずそう口にしながらソファへとダイブする。

すぐさま私の変化に気づいて気遣ってくれるシロってほんといい子…!

自慢の相棒だわ~…とシロに頬ずりしながらしばし癒される事にする。


本当はこんな無駄な事をしている時間なんてないんだけど、

ちょっとくらいあの食えないイケメンを待たせたっていいじゃないか。

私の婚約者らしいけど、今はもう関係ないんだし。

いや、イケメンって言うより正統派な感じの男前?

日に焼けた肌と黒髪が良く似合ってて

ちょっとワイルドな感じってそれこそ今はどうでもいいわ。

折角の男前と一緒に食事だっていうのに会話がとんでもなかった…!

本当に今日の運勢は最悪だ…!



「って、こうしてる場合じゃないのよねー…さっさと体拭いちゃわなきゃ…」



一緒の部屋になったせいで出てきた弊害により、

今私は借りた部屋に一人でいるのだから。

ホントに間の悪いことについこの間の大雨で風呂場の屋根が壊れたらしい。

雨漏りが酷くてねぇ、ごめんなさいねぇと

心底困った顔で謝ってきた女将さんに、同じ部屋になった時も

そうだが本来ならば私がすべきハズの反応を

後ろにいた男がするせいで妙に腹が据わってきたというか。



「じゃあ、私先に体拭いてきてもいいですか?」



と本来ならば恥じらうべき言葉がすんなりとすべり出てしまった。

固まりぎこちなく頷いたリュグナード様を

それじゃ、とその場に置き去りにして現在に至るわけだが。

まあ、私は別に悪くないよね?だって汚れたままの体で寝るとか嫌だよね。

ちょっとリュグナード様の私への年頃の女の子としての評価が心配になるけど、

まあ乙女だってたまにはこういう事もあるさ。

なぁんて言い訳しながらタオルを取り出し、

辛うじてついている小さな洗面所で濡らして体を拭いていく。

ひー、つめたいっ…!毎度そう思うがこうした作業も最早慣れたものである。

17年前には到底考えられなかったけども。


なるべくゆっくりと丁寧にタオルを滑らせ、

今日というとんでもない一日を振り返る。



一つ、女王陛下の気まぐれで騎士様に捕まり王都に連行されることが決定

二つ、リュグナード様は恐らくさっきの話にまだ納得していない

三つ、この10年ずっと祈っていた願望が大きく外れ、

   家族が未だに本気で私を探している



うん、本当にとんでもなくヤバい。

下手すると私のこの10年が無駄になる。

お嬢様にはサバイバルの知識なんて必要ないしね。

どうにかしてここから逃げたいけど、

魔法封じのブレスレットの件もあるし何より逃げれば犯罪者だ。

なんせ女王陛下の勅命なのだから…

いくら逃げたくても逃げるという選択肢があるようで、ない。

辛すぎる。今更王都へ行って私にどうしろって言うんだ。

10年前のアクシデントが今になって尾を引いてきやがるなんて…!

あんときの誘拐犯やっぱりもう一発くらい殴っときゃよかった!と

後悔してもしょうがない。


ふと鏡に映った自分と目が合い、思わずげんなりした。

10年前この目の色を変えれてさえいれば

こんな面倒な事態にはならなかったのだ。

そう、思うのに俯いた視界に入ってきた”黒”に

どうしようもなく心が揺さぶられる。


…まだ、探してるだなんて知りたくなかった。

都合のいい自分勝手な願い事だってわかったたけど、それでも。

ふと深い海の様なダークブルーのまっすぐな瞳と

落ち着いた、けれど力強い声が脳裏をちらつく。



信じているなんて言わないで欲しかった。

信じてなんていて欲しくなかった。

死んだものだと割り切って、

私のことなんか忘れて幸せになっていて欲しかったのに――!



考えれば考えるほど罪悪感で胸がいっぱいになる。

けれど、私はそれらに屈するわけにはいかない。

この苦しみは私の犯した罪の代償なのだから。

私が自由と引き換えに”ヴェールヴァルド(かぞく)”を捨てた、

あの瞬間から死ぬまで向き合わなければならいのだと

わかっていて選んだのだから。


すー…と大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

そして鏡の中の自分を見つめた。

私が日本人だったころよりも深い漆黒の髪に、

アメジストの様な明るい紫の瞳を持つ少女。

名前はセラ。相棒のシロガネと自由気ままに旅をしている旅人。

それが今の私だ。大丈夫。ちゃんと、わかってる。

ちょっと動揺しちゃっただけ。

だから、



「シロ、気持ちは嬉しいけどちょっと舐めすぎ」



いつの間にか子犬サイズから

中型犬サイズになってずっと私の頬を舐めているシロを引っぺがす。

心配してくれてるってわかってても流石に限度があるわ。

でも、ありがとうね。

シロがいてくれるから、私は私でいられる。


家族に対しての罪悪感は拭えないけど、今の自分を後悔なんてしていない。

愛していた。愛してくれていた。今も、愛している。

その事実を再確認しただけ。

だから、もう大丈夫。

私は自由を選んだのだから。

そのために付いた嘘を、ちゃんと貫き通せる。



「――いいえ、必ず貫き通して見せるわ」



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