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46 尋問

エリオルに話があるからついてこいと言われ、

セラは子犬サイズのシロを抱きかかえながら、緊張で吐きそうになっていた。

彼女のすぐ前ではプラチナブロンドが紫色のリボンと共に揺れている。

見覚えのあるリボンに彼女は気まずそうに視線を逸らした。



「…セラ」

「!?は、はい」



このまま話しかけられるとは思っても

みなかったので、セラは盛大に肩を揺らした。

ちらりと肩越しに向けられた彼女よりも濃い紫の瞳に

セラはにこりと笑顔を作り、踏ん張れ平常心…!と心の中で唱えながら対峙する。

エリオルはそんなセラを一瞥すると「…先ほどの件だが、」と言いながら再び前を向いた。

その事にセラはほっと胸を撫で下ろしながら、

一体何を言われるんだろうかと身構える。

例えエリオルが相手でもセラは自分の考えを変える気はなかった。



「断るなとは言わぬが、せめてもう少し言葉を選びなさい。

 いくら君が陛下や姫様のお気に入りであろうとも、

 相手は君よりも権力のある貴族だ。

 不用意に敵を作る様な言動は感心しない」



強弱の少ない平坦なテノールは冷たく感じるが、

話の内容は噛み砕けばセラを心配しているものだった。

その事にセラはなおさら居心地が悪くなり、もぞりと身じろぎをして

見えないと分かっているが、前を歩くスレンダーな背中に深々と頭を下げた。



「…ご忠告、痛み入ります。以後気を付けます」



娘からのぎこちない言葉にエリオルは

なんて他人行儀極まりない会話なのだろうかとため息を付きたくなった。

この多忙な時期さえ超えれば少しは時間がとれるので

そこで腰を据えて話し合う場を設けるつもりだったというのに。

下手をすると余計に溝が深まりそうなこの事態に、

彼は内心で盛大に舌を打った。


エリオルに連れられ会議室へとやってきたセラは警備をしている

騎士たちが開けた扉を潜り、そこにいたメンバーに軽く目を見開いた。


上座に座る国王ソフィーリアに始まり、

騎士団を纏める団長であるリナルド、3つある隊の隊長たち。

加えて王騎士隊は副隊長までもが揃っていて、

セラはひくりと口の端を引きつらせながらすすめられるままに席に着いた。

正面にはソフィーリアが難しい顔で座っている。

いや、それは彼女に限った事ではない。

この場にいる全員が彼女と同じような表情でセラを見ていた。



「折角の休みだというのに、急に呼び立ててすまないな」

「呼ばれた理由に思い当たる事はあるか?」



いつもよりも固い声で申し訳なさそうにするソフィーリアと

いつも以上に低く渋みの増した声でリナルドがじっと見つめてくる。

そんな2人にセラはにこりと笑顔を浮かべ「はい」と素直に頷いた。

次いで「ゼドロス商会の事でしょう?」と答える彼女の

余りの普段通りな態度にかえって他の面々の方が動揺したようだ。

それが何か?と小首をかしげるセラに今までじっと彼女を見つめていた

視線たちが戸惑う様にちらりちらりと目配せをする。



「単刀直入に問おう。君と彼らの関係は?」

「商売人とその客ですけど」



「そうだ」と短く肯定して鋭い視線で問いかけてきた

リナルドにセラは質問と同じように端的に答えを返した。

けれどもそれでは納得できなかったのか、視線でもっと詳しくと返される。

詳しくって言われても、それに尽きるんだけど…と思いつつ

セラは膝の上に座り机に顎を置いているシロの背を撫でながら口を開いた。



「私が彼らの商品を買う事もありますが、

 主にシロが狩ってきたモンスターの素材を

 彼らに買い取ってもらっています」

「それではやはり君が”白猫”で間違いないんだな?」

「勝手にそう呼ばれているだけですが、まあ私の事ですね」



若干食い気味に更なる質問を寄こしてきたリナルドに

セラは少しばかり不本意そうではあるが、頷きを返した。

白猫と言われる度にこう、もやっとした思いが浮かび上がるのは

やはり言い出しっぺのヤールが未だに理由を教えてくれないからだとセラは思い、次に会った時には必ず吐かせてやると心に決めた。



「では、それ以上の付き合いはないんだな?」

「はい。まあ仲は良いので会えば

 一緒にご飯を食べたりはしますけど」



ソフィーリアの右手側の席に腰を下ろしているエリオルの

念を押す様な響きの問いかけに頷くと安心したと言わんばかりの

深い頷きが返され、セラは微妙な心境になった。

そして視界の端でよかったなとリュグナードの肩を叩く

ライゼルトを見てその気持ちは更に微妙なものへと変化した。

ちなみにライゼルトはリナルドの息子であり、剣騎士の隊長を務めている。



「君は彼らと付き合いは長いのかね?」

「彼ら、と言いますか、実際に付き合いがあるのはヤールだけですけどね」



リナルドの言葉に素直に頷けば「ヤールだって?」

「サバトラ、若旦那じゃないか…!」ざわめきが走った。

「かれこれ7,8年の付き合いになります」と付け足せばぎょっとした顔が

いくつも向けられ、セラはそんなにか…?と内心で苦笑いを浮かべる。

”サバトラのヤール”と騎士団の相性の悪さはセラの耳にも届いていたが

どうやら想像以上に仲が悪いらしい、とセラは認識を改めた。

どうも面倒な事になってきたなと一人眉をひそめていると



「今この王都に彼らが集まって来ているのは知っているか?」



どうやら本題へと入るみたいだ。

嘘をつく事を許さないと伝えてくる鋭い視線を受け、セラはパチリと一つ瞬きをした。

今まで問いかけに間を置かずに答えてきた

彼女が不意に間を作った事に妙な緊張感が立ち込める。

じっとこちらを見つめる視線たちに彼女は一瞥もくれることなく、

真っすぐにリナルドの瞳を見つめ返しながら、ゆるりと口元だけで笑みを模った。



「――はい」



短い肯定の言葉は、静かだが強く。

「ですが」口元は笑みを浮かべたままだというのに、

細められたアメジストの様に美しいその瞳には強い拒絶の色が浮かぶ。



「その件につきましては、

 皆さまのご期待にお応えしかねます」



息を飲み、戸惑いの色を見せる面々を前に

セラはそう言い切るとにこりと一つ笑みを見せ、

席に付いた時にメイドが用意してくれていた紅茶に口を付ける。

まるでもうこの話は終わりだ、と告げるような彼女の態度に

一同はあっけにとられ、ポカンとした顔で顔を見合わせた。

リュグナードは出会ったばかりの頃を思い出した。



いや、知ってはいたが、本当にこの娘はすごいな。

何と言うか、――心が強すぎる。



無言ではあるが、そんな言葉をそれぞれが視線で交わしていた。

まさか、この面子を前にしてこんな態度を取れる人間がいるなんて、

というのが彼らの共通した思いであった。

ソフィーリアとエリオルだけは何処となく面白そうにしているが、

他の面々からすると厄介な事この上なかった。

何故なら、セラがエリオルの娘でありあまり強く出られない事もあるが、

その理由以上に彼ら自身が彼女を気に入っているからである。



ぶっちゃけて言うと、厳しく問いたださなければ

いけない事案であるにも関わらず、強く言って嫌われるのが嫌だった。



この2週間ほどでセラはすっかり彼らと仲良くなっていた。

彼女の人懐こさには上司であり強面の自覚のある彼らの方が戸惑ったほどである。

セラから言わせれば強面に耐性があるので(なんせ知り合いは大抵柄が悪い)

そのくらいでは怯んだりしない。

媚を売るだのとかそう言う意味ではなく、純粋にシャーロットの情報を

集める一環として話をした彼らはセラの手腕にひそかに感心していた。

なんせただ話を聞くだけでなく、

此方の仕事の邪魔にならないようにきっちり気配りがなされていた。

それは移動中だけの会話に留めたり、資料の整理を手伝ってくれたり。

伝言や資料の運搬なども進んで行ってくれたため、

多忙な時期という事もありとても助かっていた。


人目の多い所では接触を控え、ただ目が合うと必ず

にこっと笑ってくれるというのも好感度が上がる要因だった。

ぶっちゃけそれだけでめちゃくちゃ癒される。

イライラが軽減され、もうひと頑張りしようと思えるのだから不思議である。

正直誰もがこんな娘が欲しかったと思っていた。

警戒され距離を置かれているエリオルに

そんな事がバレると氷魔法も真っ青な凍てついた瞳と共に、

強力な魔法をぶっ放される事必須であるので口にする事は出来ないのだが。



「先ほど私が君になんと言ったか、覚えてはいるかね?」

「…申し訳ありません」



さて、どうしようかと多忙な中で如何にか集まった彼らが

誰がどう切り出すかで目配せをしている中、

呆れを宿した声で口を開いたのはエリオルだった。

何の事だ?と首を傾げる周りを気にせずに彼はじっと娘を見つめる。

静かな瞳の中に咎める色を見つけたセラはうっ、と若干怯みながら、

謝罪の言葉を口にして気まずそうに視線を逸らした。

そんな娘を見て、エリオルは「ふむ」と一つ頭をひねる。

これは言っても無駄そうだと結論付けた彼は

こちらが気を付けておけばいいかと判断を下し、次の話題へと移る事にした。



「君の目から見て、彼らはどういった人物だ?」

「そうですね…家族思いの、不器用なやんちゃ坊主の集まりですかね」



……。


セラの答えに会議室に妙な沈黙が落ちた。

一拍を置いてソフィーリアが小さく噴き出した。

極悪人の集団と噂されているゼドロス商会もセラの目には

そんな風に映っているのかと思うと可笑しくて仕方がなかった。

もの言いたげに見つめてくる視線たちに彼女は「すまない」と

すぐさま謝って込み上げてくる笑いを誤魔化すために紅茶に口を付けた。

ひくりと口の端を引きつらせながらリナルドが「正気か?」と

問いかければセラは真顔で頷く。



「…ゼドロス商会にまつわる噂を知らぬわけではあるまい?」

「騙されているのでは?」



信じられないと顔に書いてあるディルヴァとルドルファスに

セラはひょいっと肩を竦めて「まさか」キッパリと否定した。

そして彼らの言う”噂”を思い出し一人苦笑いを浮かべる。



子供の誘拐、敵国のスパイ、そしてクーデター。



ゼドロス商会にまつわる、黒い噂は大まかにこの3つ。

あとは金回りが妙に良い事だとか、頻繁に出回る超高級商品だとかも

怪しまれている原因であったのだが、これはセラが白猫だった事で解決済みだ。

セラがというよりもシロの存在で納得した彼らである。

ああ、うん。

道理で彼らの商品にアイレ=ストルッツォの嘴や爪が並ぶわけだと。


3つの噂はどれもこれも理由を知っている

セラからすればため息を付きたくなるくらい、呆れる内容である。

そしてため息はゼドロス商会の面々にも

(特にヤールに対して)盛大についてやりたくなった。

そう言う噂が出回っている事を知っていながら、

疑惑に拍車をかけるような立ち振る舞いをあえてしているのだから。



「噂は根も葉もないデタラメですよ」



信じている貴方たちも貴方たちだ、という気持ちがあった。

だから彼女は真意を見抜こうとこちらを見る視線たちを

真っ向から見返し「彼らはただ、」にこりと笑う。



「――騎士が嫌いなだけです」


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