表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/66

45 面倒事

結局セラが居酒屋から出てきたのは日が昇り出してからだった。

激務の疲れもあり、お互いに壁に背を預けうつらうつらとしていた

リュグナードとアルフェリアは不意に響いたベルの音にハッとして顔を上げる。

姿が見えないようにこっそりと壁から顔を出せば、

丁度セラが腕の中に子犬姿で寝息を立てているシロを抱えて出てきた所だった。

特に変わった様子のないセラを見てほっと胸を撫で下ろした2人だが、

続いて出てきた男を見てこれでもかと眉間を寄せる。

眠たそうに欠伸を噛み殺し、だらしない様子で頭をかくその男は、

言う間でもなくヤールであった。



「あー…お嬢、ホンマこんな時間まで堪忍な」

「んーん、まあ最初は緊張したけど、私も楽しかったし」



申し訳なさそうに眉を下げるヤールにセラは笑って首を振った。

けれどもヤールは納得がいかないようでぶつぶつと文句を言っている。

そんな彼を見てセラはゆっくりと目を細めた。

「それに、」と声が漏れたのはほぼ無意識で自分自身で驚いているうちに

その声を拾ったヤールが「ん?」とその糸目を向けてきたので

彼女はそのまま笑みを深めて背の高い彼を見上げる。



「ヤールの大切な”家族”と会えたのは嬉しかったよ」



突然の事で驚きはしたが、それは本心だった。

いつもヤールに会うたびに、またはゼドロス商会の話を

聞くたびにいつか会ってみたいと思っていた。

群れる事を嫌う捻くれた少年だった彼が家族と呼ぶ彼らに。


素直に伝えるとヤールは面を食らったようだった。

音を付けるなら”きょとん”そんな珍しく無防備な表情を

晒したヤールにセラは何だか嬉しくなる。



「素敵な人たちだね」

「…ぉん、…あ、いや、そうでもあらへんけど…」



セラの満面の笑みをヤールは直視出来なかった。

情けなく視線を逸らし、何かが競り上がってきそうな口を押える。

ぐわぁっと上がった体温を彼女に悟られたくなくて、彼はそっぽを向いた。


言われた言葉が嬉しくて。

向けられた笑みが眩しすぎて。


一度は肯定するも、捻くれた性格故にやや間を置いて否定する。

もごもごと歯切れの悪いヤールだったが、

微笑ましそうな視線を感じてこの話を打ち切る様に咳払いをした。

けれど、まるで自分の事の様ににこにこと笑みを浮かべている

セラを見てしまうと、もう白旗を上げるしかなかった。



「…まあ、そのうち他の奴らも紹介するわ」

「うん。楽しみにしてる」



気恥ずかしそうにへらりと笑ったヤールにセラも笑顔を返し

「それじゃ、またね」「気ぃつけてな」と手を振って別れた。

早朝の街を欠伸を噛み殺しながらゆっくりと歩くセラの後を

リュグナードとアルフェリアはこっそり付いて行った。

眠っているシロの大きな耳がピクリと動く。



「シロ?まだ寝てていいよ」



もそりと動いたシロだがセラの優しい声と背を撫でる手に

まあいいかともう一度眠気に身を委ねる事にした。

鼻から大きく息を吸い、満足そうなため息を漏らした

彼はまたうとうとと心地よい微睡へと落ちて行った。



部屋に戻り、さっさとシャワーを浴びた

セラはベッドに倒れ込む様にして眠りについた。

目が覚めると太陽は高い位置にあり、彼女はベッドの上で

両手を突き上げながらぐぐっと背筋を伸ばす。

それから軽くストレッチをして顔を洗い、

身支度を整えると先に起きていたシロの為に取っておいた

アイレ=ストルッツォの肉を串に刺し、魔法で焼く。

歌声が続くにつれて香ばしく食欲のそそる香りが部屋一杯に立ち込めた。

尻尾をぶんぶんと振りながらしきりに舌なめずりをするシロの前に

皿を用意して焼き上がった肉を置くといつも通り豪快な食事が始まった。


シロの朝食が終わると彼女は食堂へ足を運んだ。

注文したサンドイッチとサラダ、それから林檎ジュースが乗った

トレーを持ちセラは隅の席に座る。

目立たないようにと思っての行動だったのだが…



…なんか、今日は一段と視線が凄いなぁ…



残念ながらあまり意味をなさなかったようで、

あちらこちらから向けられる纏わりつくような視線に

サンドイッチに齧りついたセラはげんなりした。

視線だけで辺りを見回すと目が合っただけで、

慌てて逃げる視線たちに彼女は内心でため息をついた。


こうなった原因には心当たりがあった。


1つは門前での騒動。

現に今睨みつけてきている人の中にあの時門を守っていた騎士たちの姿があった。

目が合っても逃げないそれにセラはあえてニコリと笑みを返す。

すると相手は忌々しそうに舌を打ち、視線を逸らした。

表情には出さないがふふんと内心では勝ち誇った笑みを浮かべるセラである。


もう1つの理由は、ゼドロス商会との繋がりを知られたのだろうとセラは推測した。

彼女としては特別広める事も隠す事もしていない事実である。

疚しい事はなにもない、ただ珍しいものを持ってくる客と

それを買い取る商売人の関係なのだから。まあ仲が良い事を否定はしないが。

ただヤールが気を利かせて存在を”幻の白猫”とぼかし公にしなかった

おかげで、快適な旅が送れたのだからやっぱりそこは感謝しなきゃね、と

セラはこれまでを顧みてうんうんと一人頷いた。

そして次にあったらお礼を言っておこうと心に決めてサラダに付いていた

プチトマトを口に含んだ所でふと落ちてきた人影に気づき顔を上げる。



「…」



そしてそこにいた人々を見て彼女はへらりと愛想笑いを浮かべた。

あー、これは部屋に籠っていた方が正解だったなぁと後悔しながら。



「…ですから、それは出来かねますと

 先ほどから何度も申し上げているではありませんか」



最初は穏便に事を済ませようと柔らかい態度で対応していた

セラだがいい加減堪忍袋の緒が切れそうになっていた。

その言葉を繰り返す毎に声は低く、そして潜む棘が鋭さを増していく。

比例するように彼女の対面に腰を下ろした男たちの顔も険しくなっていた。

人数は3人。2人は貴族で1人はこの食堂の料理長である。



「何故だね?君のその狼に昨日と同じ事をやらせればいいだけだ」

「ベレッダ殿の言う通りだよセラ殿。

 何もそう難しい事を言ってるわけではあるまい?」



表面上は友好的に、だが実際は図々しく要求を押し付けてくる。

無駄に友好的な態度と浮かぶ笑みのいやらしさにセラは隠す事なく眉を潜めた。

要するに門での一件で、シロが激レアなアイレ=ストルッツォを

狩る事が出来ると聞きつけて美味しい蜜を吸おうとやってきたのだ。

3人とも買い取りたいと表面上は友好的な態度を示しているが、

腹の内では小娘から安く買い叩こうと思っているのがばればれである。

まるで飴に群がる蟻の様な彼らにセラは心底ヤールの有難さを痛感した。

彼らの気持ちはわからなくもないが、これはとても鬱陶しい。



「ですから、シロは私の相棒でありペットではないので、

 貴方達がおっしゃるような事はさせられません」

「だが現に昨日は、」



セラの変わらぬ拒否の言葉に男たちは目に見えて苛立っている。

それを遠巻きににやにやと見つめてくる視線の多さに

彼女は心底軽蔑した視線を返して、膝の上に飛び上がってきた

シロの背を撫でて荒ぶる心を鎮めようと努めた。

背を撫でる手を大人しく受け入れているシロはギロリと男たちを睨んだ。

見た目だけは愛らしい子犬だというのに、その眼光の鋭さと

不機嫌そうな唸り声に男たちは本能的な恐怖を感じ、ぶるりと身を震わせた。



「昨日のアレはシロが自発的に狩ってきたものです。

 一度にあれだけの数を狩ってくる事は珍しいんですが、

 まあ運動不足でストレスも溜まっていたんでしょう」



背を撫でていた手がするりと顎の下に移動すると唸り声はぴたりと止んだ。

射殺されるのではないかと思う程の鋭い眼光はなりを潜め、

今ではうっとりと気持ちよさげに細められている。

「ね、シロ?」「わふん!」まるで会話をしているような

仲の良さを見せつけてくる彼女たちに男たちは何がペットじゃないだ、と

内心で悪態をついた。



「…ならば、また次の狩りの時でもいいだろう。

 次は勝手に売ったりせずに、吾輩たちに声をかけたまえ」



それは彼らにとっての妥協案だった。

随分と上からものを言うのが当たり前になっている彼らからしたら

これでも大分大目に見たつもりの言葉でもあった。

なんせ、普通ならば「はい喜んで!」と二つ返事で了承すべき身分さなのだ。

本音を言えばつべこべ言わずにいう事を聞け!と怒鳴りたい所であるが、

それをしないのは一重に穏便に事を進めたほうが

利益が大きいと踏んでいるからである。

けれども彼らのそんな卑しい考えなどセラには関係ない。



「お断りします」



嫌な事ははっきりキッパリ、笑顔で断る。

曖昧に逃げるだけだと切がないことを彼女は嫌と言う程理解していた。

だからこその判断だったのだが、案の定男たちはそんなセラに激昂した。



「なんだと!?吾輩の言う事が聞けないのか!?」

「生意気な!どうやって陛下に取り入ったのかは知らぬが、

 小娘風情がデカい口を叩きおって!」

「調子に乗るなよ!」



顔を真っ赤にして立ち上がり、ぎゃんぎゃんと好き勝手に吠える男たちは

まるで”弱い犬程良く吠える”という言葉を表したかのよう。

”強い犬(とういうか狼)”であるシロがその煩さに苛立ったのか

ぴょんとセラの膝から飛び降りたかと思うと、

子犬が瞬く間に巨大な熊ほどの狼へと姿を変えた。

ほぼ真上から巨大な狼に見下ろされる形になった男たちは

「「「ひぃいいい!!」」」と悲鳴を上げ、

あまりの恐怖に顔を真っ青どころか、真っ白にして身を寄せ合った。

食堂のいたるところから同じような悲鳴やどよめきが上がる。



「こら、シロ。危ないでしょ」



そんな騒めきの中、セラの高く澄んだ声はよく響いた。

ぽんぽんと巨大な狼の足を叩きながらそう咎めたセラは

やれやれと言わんばかりの顔でシロ越しに腰を抜かして座り込んだ

3人を見た。



「これに懲りたら、もうシロの機嫌を

 損ねるような事を言わないでくださいね」



これで素直に頷くのならばまだ可愛げがあるのだが。

当然こんな真似をされて黙っているような3人ではなく。



「わ、吾輩たちを脅すというのかね!?」

「これだから野蛮人は…!」



腰が抜け、声を震わせながらも

虚勢を張り続ける彼らにセラは救いようがないなと思った。

だから不機嫌そうに、先ほどの子犬姿の時よりも数十倍

恐ろしい唸り声を上げるシロを咎める事はしないでおく。

再び情けない悲鳴を上げた彼らが視線で落ち着かせろ!と訴えて来るが、

笑顔で「先ほども言いましたが、シロは私のペットじゃないので

100%私のいう事を聞いてくれるわけじゃないんですよ」と跳ね除けた。

当然、賢い相棒がそれ以上の脅しをしない事を理解しての言葉である。

ちょっとくらい怖い目に合わないとこういう輩は学習しないのだ。

食べ終えたし、長居をするのは得策ではないなと思ったセラが

空になった食器の並ぶトレーを片手に席を立ったその時。

ざわりと食堂に動揺が走った。

何事だ?と視線を向ければそこにはまるでモーゼの様に

人垣を割ってこちらへと向かってくるエリオルの姿があり、

セラはサァっと血の気が引くのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ