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42 野良猫集会

セラがヤールに連れられて入った部屋は広い2人部屋だった。

清潔感のある内装に恐らくこの店で一番いい部屋だという事がわかる。

大きな出窓の傍にあるテーブルにはグラスとチーズなどのつまみが乗っており、

セラが店にやってきたのを彼はここから見ていたのだと知った。

どおりでタイミングがいいわけだと思いながらセラは

シロを下ろし、ソファの前のローテーブルに向けて足を進めようとした。

けれど、



「ちゃうちゃう、お嬢こっちや」



ヤールに止められ、手を引かれて連れてこられたのは

2つ並んだベッドの奥にあった何やら年代を感じる巨大な本棚だった。

首を傾げるセラに彼はニヤリと笑みを浮かべて、

乱雑に並べられている本の中から1冊を取り出し、開く。

分厚い本は見事にくりぬかれていて、そこには古ぼけた鍵が挟まっていた。

それを持ったヤールは空いたスペースの奥へと突っ込んだ。

驚くセラの耳にカチリ、と小さな音が届く。

手を抜いたヤールは窓側から本棚を押した。



「…隠し扉…」

「さあ、お手をどうぞお嬢様」



重そうな音を立てて動いた本棚と現れた扉にセラは目を見開いた。

無意識に力が入った細い背に手を置いたヤールが扉を開け、中へと促す。

扉の向こうは古い石作りの螺旋階段だった。

壁に掛けられた蝋燭が怪しく照らしているその先へと

本棚を元の位置に戻したヤールが手を引いていく。

階段の長さからして店の地下だろうなとセラは推測した。

辿り着いた先には古いが大事に手入れされているという事が

伝わってくる立派な扉。



「ようこそ、お嬢。我らが”野良猫の集いへ”」



その言葉と共に開かれたドアの向こうにあったその部屋は

安価な居酒屋という外観を裏切り、とても広く豪華な部屋だった。

思わず何処の高級ホテルだと言いたい気持ちをぐっと耐え、

セラはヤールに促されるままに扉を潜る。


点在するテーブルには酒の入ったグラスやつまみが置かれ、

素人目にも質の良さが伺えるソファやカウチで寛いでいるのは合計で4人。

年は凡そ20代前半から後半くらいか。

それぞれが品のある上等な服を身に纏っていて、威圧感がある。

ドアが開いた音に反応して寄こされた視線たちが、

セラの姿を捉えてスッと細められた。

その様子を見ていたセラは”ああ、確かに猫の集いだ”とそう思った。



「オヤジ、”白猫”のお嬢を連れてきたで」



肩を抱いたままのヤールが部屋の一番奥へ向けてそう声をかけると、

あちらこちらから息を飲むような声が上がり、視線には値踏みの色が乗った。

けれどセラはじっと見つめてくる視線たちには目もくれず、

ヤールが語り掛ける暖炉の前に置かれた赤いソファを見据えた。

こちらからではそこに座っている人の姿は見えない。



「ご無沙汰しております”サビ猫のおじ様”」



けれども誰がそこに座っているのかはわかる。

見えないと分かっていてもセラはシロを床に下ろし、

ゆっくりと腰を折って頭を下げ、そう挨拶をした。



「久しぶりやのぅセラ嬢。

 少し見ぃへんうちにえらい別嬪になったやないか。

 こりゃあヤールが騒ぐのも無理あらへんわ」



一人掛けのそのソファは回転式になっていたらしい。

くるりとこちらを向いたソファには40半ばの男が腰を下ろしており、

セラの姿を見るとその目をきゅうっと細めた。

顔を上げたセラがにこりと笑みを浮かべると彼は満足げに頷き、

セラの後ろにいるヤールへとそう声をかける。

「せやろ?」と何故か自慢げに答えるヤールに

この人、私についてどういう会話をしているんだ?と

セラは胡乱げな顔でヤールを見やるも、

いつも通りの胡散臭い笑顔を返されるだけだった。



「まぁ座り。…お前たち何をボケっとしとるんや?」

「オヤジの言う通りやで。さっきから言うとるけど、

 このお嬢はあの”白猫”やぞ、ちゃんともてなさんかいな」



すすめられたソファに腰を下ろすと、

シロがぴょんと膝の上に飛び乗ってくる。

サビ猫のおじ様とセラが呼んだ彼は本名をクライヴ=オルドロスといい、

彼ら風に言うならこの”野良猫の集い”のボス猫である。

警戒態勢を崩さない他の仲間たちを見回して呆れたようにそう

せっつく2人にセラは笑顔が引きつらないように必死に堪えていた。



”白猫”とか勝手にヤールが呼んでいるだけなのに、

何でこんなに当たり前みたいな感じに浸透してるの!?

っていうか私のどこを見て”白”なのか本当に理解に苦しむ。

何度聞いてもはぐらかされて結局教えて貰えなないままだし…



もやもやする気持ちを抱え、セラは

膝の上で丸くなったシロの背を感謝の気持ちを込めて優しく撫でた。

全くもって想定外だったこの現状は正直に言ってとても心臓に悪い。

ヤールの誤解を解くのといつも通り素材を買い取ってもらうだけのつもりが、

何でこんな事に…?とセラは心底思った。



「いやいや、ちょっと待て!

 このお嬢さんが上客だって事は認める!

 だが一体どっから”白”猫なんだ!?どう見ても黒じゃねーか!!

 お嬢さん酒はなにがいい!?」

「これはどおりで探しても見つからないわけねぇ。

 この馬鹿猫!こんなお嬢さんにお酒なんてすすめるんじゃないわよ!!

 で、お嬢さん何ジュースがいーい?」

「あ、じゃあ林檎ジュースをお願いします」

「”黒”だとナシアスと被るからじゃねーか?

 お嬢さん、おつまみ置いとくから好きに食べろよ」

「ありがとうございます」



…なんだこの騒ぎ。

っていうかさっきまでめっちゃ警戒してたくせに、急に馴れ馴れしいな!?

お互いの会話の中に私への質問を入れてくるのやめて欲しい…

あと昼間の子供たちよりも喧しい上になんか疲れる…



「”白”だっつーから俺ぁてっきいりヴェールヴァルド家の

 お嬢さんでも見つけて囲ってんのかと…あ、でも瞳は紫なんだな。

 ……お嬢ちゃん、かぁわいいなぁ、このままチューしていい?」

「エッ」

「ええわけあるか!お嬢から離れんかい!!」

「いっていぇ!!てめっやりやがったな!?」



不意にぐっと顔を使づけてきた男にセラが引きつった声を上げる。

そして男の頭に拳を落とし、やり返してきた男と取っ付かみ合いを始めた

ヤールを見てセラは男同士のキャッツファイト…?と

ズレた事を思いながら遠い目をした。

クライヴはやれやれと言った風に首を振り、ため息をついている。



「馬鹿ばっかりでごめんなさいねぇ、はい、林檎ジュースよ」

「ありがとうございます」

「ふふ。ほぉんとウィルの言う通り、可愛いお嬢さんねぇ」



赤く艶やかな爪と同じく真っ赤なルージュが印象的な

何やらとってもセクシーなお姉さんから林檎ジュースを受け取ると

彼女はそのままセラの隣に腰を下ろした。

途端にふわりと香る香水の香りに

同じ女性だというのにドキリと心臓が跳ねる。

誤魔化す様にグラスに口を付けたセラの顎を細く色っぽさの滲む指が滑った。

思わず吹き出しそうになったのをすんでで耐えて、

彼女を振り返れば間近に迫っていた美しい顔にセラは思わずフリーズした。



「ウィルがダメなら私とちゅーする?」

「いやいやいやいや」



すり、と頬を撫でられハッと我に返ったセラが慌てて

距離を取ろうとしたが、元々そう広くないソファだ。

すぐさま肘掛に背が辺り、それ以上逃げる事が出来なくなった。

そんなセラを見て彼女はまるで獲物を見つけたかのように

瞳を輝かせ、ペロリと唇を舐める。

そしてゆっくりとした動作で、のしかかってこようとしたところで

「アリッサ、やめんか」クライヴの心底呆れた声が割って入ってきた。

するとアリッサと呼ばれた女性は不満そうに唇を尖らせはしたが、

素直に引き下がったのでセラはほっとして

暴れまくっている心臓を服の上から押さえつけた。



「お前たちもいい加減にせぇ!

 こんな見っとも無い姿を見せるために

 お嬢を呼んだわけやあらへんやろ!!」



クライヴの喝に騒ぎはピタリと止まった。

取っ組み合いをしていた男たちは気まずそうに立ち上がり、

それぞれが適当な場所に腰を下ろした。

右頬に見事なひっかき傷を作ったヤールをセラがまじまじと見つめると、

彼はその視線から逃げる様にぷいっと顔をそむけた。

「すまんなぁ、お嬢」とクライヴから謝罪の言葉を貰い

セラは「いえ…」と苦笑いを返すしかなかった。



「それで、私は何故皆さんの集会にお呼ばれしたんでしょう…?」

「あぁ、その話なんやけどなぁ」



先を促したセラをクライヴは見定めるようにじっと見つめる。

顎を撫でている彼の態度は勿体ぶっているように見えて

セラは思わず、



さっさと本題に入れボス猫。

こっちは朝からお子様たちや姫様、

さらには攻略キャラにまで囲まれて疲れてんだ。

出来るなら今すぐお風呂に入ってベッドに飛び込みたいくらいなんだぞ!



心の中で暴言気味の本音を吐いた。

上辺だけはにこりと笑顔を浮かべて。

「セラ嬢」漸く考えが決まったのか畏まった様子で

呼んできたクライヴにセラも佇まいを直して「はい」と神妙に返事を返す。

一体何を言われるのやら、と身構えていると。



「お前さんヤールの―――」



全く構えていなかった方角からとんでもない爆弾を放り込まれた。

予想外の言葉すぎてセラはすぐに理解することが出来なかった。



え?今なんて???



瞬きを繰り返しながら脳裏で言われた言葉を繰り返す。

そして聞いた”音”を”文字”に、そして”言葉”へと進化させていく。

イメージはパソコンやケータイでの文字変換だ。

何度か変換を繰り返し、ようやく正しい”漢字”へとたどり着き、

その言葉の意味を理解したセラの口からは無意識に

「…はァ!?」と柄の悪い声が飛び出した。

同じように叫んだヤールの声に彼にとっても

寝耳に水の話なのだという事を知った。

思わず顔を見合わせた2人はどちらも頬を染め、目が合った瞬間パッと顔を逸らす。

何とも可愛らしい初心な反応にクライヴは一人にんまりと満足そうに頷いた。

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