39 信条
※セラ視点です。
なんっだ今の…!!びっくりした!!
やめろ、イケメン殺す気か…!!ほんと、びっくりした!!
うるさい心臓を押さえつけたい所ではあるが、
生憎”ゴミ”についたままだったお肉を持っているため出来やしない。
まあ、例え持っていなくてもシャツが汚れるのでやらないけど。
情けなく滲む視界をぐいっと手の甲で拭ってキッチンへと逃げれば、
「あら?セラちゃん顔が赤いわよ?」「大丈夫?」と心配されてしまい
慌てて「大丈夫です!!」と答えた。
若干声が大きくなってしまった事には目を瞑って欲しい。
お肉をテーブルに置き、さて私は何をしたらいいのだろうと
辺りを見回すが、あとは具を挟んでバスケットに詰めるだけだった。
流石大家族のママさんたちだ。その手際の良さは流石の一言に尽きる。
「追加のお肉を持ってきたんですが…
これは向こうに持って行って焼きながら食べるほうがよさそうですね」
「そうね、そうしましょう」
手を洗いながら言ったセラの言葉にほんわかした雰囲気の初老の女性、
棟梁であるトーマの妻クレアがフライパンを洗いながら同意する。
ササっとバスケットを用意した次男セイマの嫁ユナと共にセラは
ベーグルにレタスとトマト、そしてアイレ=ストルッツォのお肉を
挟んでからバスケットに詰めていく。
何やら興味ありげな視線を投げかけてくる彼女に
セラは気付かないふりをしながら、只管その作業に没頭した。
そうでもしなければ、ようやく冷めだした頬の火照りがぶり返しそうだった。
2枚目のスチル回収の直後に
まさか3枚目が来るとか思うわけないだろ…!
やめろ不意打ち。心臓に悪いったらありゃしない…!!
そう内心で吠えつつもせっせと手を動かしながら
セラは必死に気持ちを切り替えようとしていた。
こんな顔のままアルフェリアの前に出るわけにはいかないからだ。
本音を言えばもう少し時間が欲しい所だが、
門前での一件で予想以上に時間を食ってしまったし、
お腹を空かせて待っている子供たちを思うとやはり急ぐしかない。
キッチンには食欲をそそる匂いが充満していて
それは思いの外あっさりと上手くいった。
別の意味で、また顔を赤く染め上げる羽目にはなったのだが。
私のお腹がこのいい匂いに誘われてくぅ…と小さく主張をしやがったのだ。
咄嗟にお腹を押さえても、何の意味もなく。
寧ろその行動で誤魔化す事さえ出来なくなった。
「まあ」
「ふふ、私もお腹空いたわ」
「食欲をそそる良い匂いだものねぇ」
「あはは…本当に」
恥ずかしい。
微笑ましそうなクスクス笑いと
小さな子供を見るような暖かな視線が拍車をかけてくる。
流石私。
花より団子系女子。
トキメキは胸を一杯にするらしいけど、お腹は膨れないからね…!
生きていくにはお腹を一杯にする事が大事だからね…!
…それにしても、ホント正直なお腹だよ…
あまりにも必死でちょっぴり情けなくなる内心を
照れ笑いで隠し、両手に詰め終わったバスケットを運ぶ。
お腹が鳴って恥ずかしい事に変わりはないが、その種類の違う
恥ずかしさのお陰で気が逸れたのか大暴れしていた心臓も大分落ち着いてきた。
冷静になった頭でふと思う。
あれ、これってもしかしてアル先輩に失礼だったりする?と。
…なんか、ごめんなさいね、アル先輩。
決して貴方の魅力がこのお肉に劣るというわけじゃないの。
ただ、私がそういう乙女からかけ離れた存在ってだけで…
…自分で言ってて悲しくなってくるから、やめよう。
そんな事を思いながらキッチンを出ると待ち構えていたらしい
アル先輩に笑顔で手を差し出されたので思わず言葉もなく立ち尽くす。
「俺が運ぶよ」と優しい声が降ってくる。
次いで私のまだ熱の引ききらない頬を見て目を細める彼を
見ていられなくて半ば押し付ける様にバスケットを渡して
逃げるようにキッチンに引っ込んだ。
くっそ、イケメンめ!
脳裏を埋め尽くす語彙力のなさに余計に悲しくなった。
なんかもうイケメンが悪口になってきたな私…
アル先輩が荷馬車まで運んでくれるらしいので、
キッチンに戻ると何処か困惑顔のクレアさんたちに
「…ねぇセラちゃん、」と声をかけられた。
カウンターにバスケットやら向こうで使うための道具を移動させながら
「なんですか?」と問いかけると彼女はやや言いにくそうに口を開く。
「こんなに高価なお肉を本当に私たちが頂いてもいいのかしら…」
「勿論ですよ。シロだって皆さんに食べて
もらうために狩ってきてくれたんですから」
彼女の言葉に私は思わず笑ってしまいそうになる。
だって既に料理は出来上がっているし、今更だと思ったからだ。
でも、本当はそう気にする方が一般的なんだという事も知っている。
シロのお陰で私にとってはそう珍しくない食材が、
とんでもない価格で売買されているという事を。
けれどもそれは私やシロにとってはどうでも良い事だった。
だから笑顔で答え名前を出したからかカウンターからこちらを
覗き込んでいる相棒に「ね、シロ?」と話を振ると賢く気前のいい
相棒は「わん!」勿論だといわんばかりに短く吠えた。
そんなシロにクレアさんたちはほっとした顔を見合わせて
「ありがとうセラちゃん、シロちゃん」と微笑んだ。
いえいえその笑顔が何よりのお代ですよとは内心だけでとどめておく。
流石に気障すぎるので。
全ての荷物を積み終えてシロに運んでもらいながら子供たちや
リュグナード様が待っている公園に向かうと、
先に子供たちと合流し一緒に遊んでいたらしい棟梁トーマさんや
彼の長男でありセレスさんの夫であるソウマさん、
次男でユナさんの夫のセイマさんに「お待ちしてました…」と
何処か疲れた様子出迎えられた。
「セラお姉ちゃん、おーそーいー!」
「待ちくたびれたよ~!」
「…お腹ぺこぺこ…」
そんな彼らからパッと離れて
駆け寄ってきた子供たちにあっという間に囲まれた。
口々に言われる文句に「ごめんね」と平謝りするしかなかった。
すぐさま「こら!」と母親たちから叱咤の声が飛ぶと
彼女たちは唇を尖らせたり頬を膨らませたりと不満を占めす。
その幼い仕草があざとく、それでいてめちゃくちゃ可愛いのだから
子どもという生き物は本当にずるい。
なので、
「あぁあああ、ごめんね、お姉ちゃんが悪かったよぅ…!」
と、こちらが全面降伏してしまうのも仕方がないのだ。
だからね、呆れたような顔で見ないでください。アル先輩。
相変わらずの無表情を貫いてるリュグナード様だって娘が
出来たら絶対この気持ち痛い程分かる様になるんだからね…!
なんて心の中で言い訳をしながら、近くにいた末っ子ララちゃんを
抱きしめればきゃっきゃと笑ってくれたので、なんかもう、どうでもいい。
可愛いは正義。本当にこれに尽きるとの思うの。
「シャロン様、遅くなってごめんなさい」
「かまわないわ。貴方がいなくても、とても楽しかったしね」
「えぇー…そんなつれない事言わないでくださいよぉ」
昼食の準備をし始めたクレアさんたちに
「貴方達いつまでもセラちゃんにじゃれ付いてないで手伝って頂戴」と
言われて「「「「「「はーい」」」」」」と素直に離れていった子供たち。
その後ろにはリュグナード様を傍につれた姫様が
一人残ってしまい私はどうしたらいいのだろうかと狼狽えていた。
そっと近づき、しゃがみ込んでこそっとそう告げると
何とも可愛くはないが、嬉しいお言葉が返ってくる。
思わずリュグナード様を見上げれば彼は深く頷いた。
ほっとしていると「シャロン様!」とエマちゃんが姫様を呼び、手招きをしている。
私が背を押す前に「今行くわ!」と嬉しそうに駆け出した
姫さまのツインテールが太陽の光を受けキラキラと輝く。
合流し「すっごい美味しそう!」と笑い合う2人は
どうやら私がいない間にすっかり仲良くなったらしい。
「思ったよりも時間がかかっていたようだが、何かあったのか?」
「門前で少し。でも大したことではないので」
じっと見透かすように見つめてくるダークブルーに心配はご無用と
にこりと笑みを返して「おねーちゃーん!」「リュグナードさまー!」と
ベーグルサンドを片手に満面の笑みで呼びかけてくる子供たちに
「はーい、今行きます!」と返し足を進める。
本当は、私にとっては、それなりに大した事だったんだけど。
何より久しぶりに傷ついた。
子どものそれよりももっと鋭利で冷たい
あの眼差しは思い出しただけでも気分が下がりそうで考えないように努める。
だって、今すべき事じゃないし、何より今は何も出来ないのだから。
今の私が旅人のセラではなく、
シャーロット姫様付きの王騎士である事は間違いない事実で。
それが彼らにとって受け入れられないのもわかっていた。
それでも、真正面から私は私だと言い切った理由は
彼らの拒絶を認めて受け入れ、切り離す事が
出来ないくらいに“私が彼らを好きだから”の一言に尽きる。
だからこれっきりになんてさせるつもりはない。
私は自由だ。
それが何よりの贅沢であり生きる意味。
旅人だろうが騎士になろうがそれは決して変えるつもりはない。
その事をしっかり理解させてやるんだから。
ヤールめ、覚悟してろよ、と心に決めて
私は手渡されたベーグルサンドに齧りついた。
腹が減っては戦が出来ぬ。
今すぐにってわけじゃないけど、ちゃんと準備はしとかなきゃね。
でもまぁまずは目の前の可愛いお嬢様たちに癒されるとしよう。