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4 行方不明のご令嬢

ほこほこと湯気を立てる

質素だが美味しそうな夕食を挟んで二人は黙々と食べていた。

だがリュグナードの方は何か言いたげに時折セラに

視線を投げかけては食事に戻る、という動作を繰り返している。

それに気づきながらもセラは常に視線を料理に落とし料理を口に運ぶ。

リュグナードが今度は何の話をしたいと思っているか、見当がついているからだ。

けれど悉く今日という日はリュグナードに味方しているようで、

その切っ掛けを彼に与えてしまう。



「そういや、そろそろあれを張り替えなきゃいけないねぇ?」

「あ?何だって?」

「だからあの”お嬢様”さ!」



それなりに賑やかな食堂だが、

ぽつりと零した女将さんの声は近くの席にいた二人に届いた。

だが厨房でフライパンを握っていたご主人にはよく聞こえなかったようで、

怪訝そうな顔を寄こされた女将さんは

少し声を大きくして答えながら壁に貼られた一枚の紙を指さす。

彼女の指の先を追わずとも二人はこの席に着いた時から

その”張り紙”に気づいていた。

一方はその話題を出したくて、もう一方はその話題に触れて欲しくなくて

この奇妙な沈黙の続くテーブルを作り上げていたのである。



「あー、あのお嬢様か。そういや今年も新しいのが届いていたな」

「毎年届くこの張り紙の中のお嬢様は年々お美しく成長されているけど、

 行方不明になってもう10年になるだろうに…

 まだ諦めずに探してらっしゃるんだねぇ…」



女将さんの言葉に丁度出来上がったらしい料理を

皿に盛り付けながらご主人が答える。

受け取ったお皿をテーブルに運んで戻ってきた

女将さんが引き出しから取り出したのは一枚の紙きれ。

そこには大きく探し人と書かれ、その下には美しい少女が描かれていた。

驚く事に色付きである。

長い銀髪に紫色の目をした美少女が控えめに微笑んでいた。

それを眺めながらほう、と感嘆の息を吐いた彼女に

さっきの皿で一段落したらしいご主人が近づき、

その紙を後ろから覗き込みながら「そりゃそうだろうよ」と頷いた。



「なんせこのヴェールヴァルド家のご長女様は

 銀髪に紫色の目を持ってお生まれになった”奇跡の子”だ」

「あんたホントにその話が好きだねぇ…でもその説明はもう耳にタコだよ。

 その色を二つとも持って生まれた子は広い土地と長い歴史を持つ

 このファルファドス王国でもヴェールヴァルド公爵家、

 初代当主リズウィリア様以来だって言うんだろう?」

「好きだってわかってんなら言わせてくれよ…」

「長くなるから嫌だよ…それにしても、この初めて配られてきた時の

 天使の様な愛らしいお嬢様がもうじき成人を迎えるんだねぇ…」



ここで夫婦の会話に妙な間が空いた。

その空白を会話を聞いていたセラとリュグナードは正確に読み取ったが、

そんなことを知らないご夫婦はそのぎこちなさを

誤魔化す様に明るい声で会話を続ける。



「こんな美人一度でいいからお目にかかってみたいもんだぜ!」

「何馬鹿な事言ってんだい!」



わはは、と笑って終わらせた夫婦の会話を

こっそりと聞きながら食事を続けていた二人だが、

いつの間にかリュグナードの手は止まり、じっとセラを見つめていた。

無視を決め込んでいたセラだが、限界というものがある。



「…早く食べてしまわないと、冷めてしまいますよ」

「”エリューセラ=ヴェールヴァルド”」

「……あの張り紙のご令嬢のお名前が何か?」



しぶしぶ口を開きはしたが、

どうしてもその話を避けたがるセラにリュグナードは単刀直入に話を切り出した。

彼の切れ長のダークブルーの瞳がセラの一挙一動を見逃すまいと見つめていたが、

生憎この話をふってくるだろうという予想のついていたセラは動揺を見せなかった。

ただ面倒くさそうに、女将さんが張り替えている探し人の張り紙に視線を送る。

自分の黒髪とは似ても似つかぬ、美しい銀髪にそっと目を細め

そのままリュグナードへと向けた。



「君ではないのか?」

「突然何をおっしゃるのやら」



真っ向からかちあった真剣な色を宿した目に

セラは薄っすらと笑みを浮かべ、困ったように眉を下げながら首を横に振る。

嘘は許さないと言いたげにスッと細くなったダークブルーに、

やれやれまたかと言わんばかりの態度で漸くセラも食事を中断した。

兄妹を装っている今このような会話をこの場ですることは可笑しなはずだが、

生憎ご夫婦が揃って厨房に引っ込み、他の客たちは自分たちの話に

夢中な様子で酒の入ったグラスを片手に機嫌よさそうにしている者ばかり。

そのため運に見放されっぱなしのセラには残念な事に、

リュグナードの疑問を遮るものがなかった。

それでも声を落としてセラが答える。



「…この目のせいでよくそう疑われますが、違いますよ。

 私の名前はセラ。ただのしがない旅人です」

「ご家族は?そもそもどうして一人旅なんてしているんだ?」

「家族はシロだけです。旅をしている理由は単に旅をするのが好きだから」

「危ないだろう?」

「それなりに。でもシロがいてくれるので大抵のことはどうにかなってますね」



否定してもリュグナードの疑いは晴れず、すぐさま質問が飛んでくる。

この押し問答にはセラは慣れっこだった。

なんせ、行く先々でこの目を見た人から言われ続けてきたのだ。

それが面倒でこうして鬱陶しくも前髪を伸ばし、隠しているというのに。

リュグナードの質問に受け答えしながらも、

予想外の出来事とはいえ油断したわ…と

面倒なこの現状を招いた自分の失態にため息しか出てこない。



「…家族がいない、とは?」

「文字通りです、と言いますか正確には覚えておりません。

 私には5,6歳までの記憶がないので」

「記憶が?」

「ええ。気づいたら一人でシロと森の中を彷徨っていました。

 そこに偶然通りかかった行商の一行と出会い

 有難い事に拾って頂けまして、今日に至ります」



セラが何でもない事のように告げる

重たい言葉にリュグナードは少しためらった様だが、踏み込んできた。



「…行商と出会ったのは何処の森だ?」

「ヴェールヴァルド領の王都近くの森です。

 丁度そのご令嬢の誘拐事件があった直後のことでしたから

 行商一行の用心棒をしていた傭兵にも散々疑われました」

「疑いは晴れたのか?」

「ええ。御覧の通り私の髪は黒いので。

 染料で染めているのではと疑われ頭から水を被せられたり、

 何やら長々と解除魔法をかけられたりはしましたけどね」

「…頭から水を?…それはなかなかの暴挙だな…」

「全くです。まあ、その彼には後々彼と同じように

 私をそのご令嬢だと勘違いした人たちに攫われかけるのを助けて貰ったり、

 剣術や魔法を教えてもらったりと色々お世話になりました」



ここまでが、この目を見て大貴族ヴェールヴァルド家が長年探し続けている

行方不明の長女ではないかと疑ってきた相手に対する一連の説明である。

ここまで話せば大抵の人間は納得し、その目に同情の色を浮かべ

それ以上何も聞いてこなくなるのだが、リュグナードは違った。

まだ何か言いたげに手元に視線を落とし、

考え込んでいる彼にセラがため息をついた。



「…こんなことを口にすると怒らてしまう事を承知で伺います。

 行方不明になってもうすぐ10年が経つ今でも、

 ヴェールヴァルド家は本当にまだご長女様が

 生きてらっしゃると信じておられるので?」

「!…あぁ。ご家族だけでなく親類一同、

 そう信じ今も捜索を続けていらっしゃるよ」



セラの言葉にリュグナードは驚き、パッと視線を上げ彼女を凝視した。

今彼女が告げた言葉は先ほど

この宿屋の夫婦が妙な間の間に飲み込んだ言葉だったのだ。

恐らく国中の誰もが思っていること。

なんせそれだけ目立つ容姿をした少女を

10年間探して見つけられない方が可笑しい。

もし生きていたとしても国内にはいないだろう、と

いうのがこの張り紙が配られた当初”報酬は上限問わず”という文字に

血相を変えて血眼で探した旅人や傭兵たちの言葉である。

だがそれらを黙らせるだけの力を持っているのがそのヴェールヴァルド家だった。

彼らが生きていると主張し続ける限り、

疑問は疑問のまま正しい答えを与えられず宙に浮かんでいる。



「俺も、彼女は何処かで生きていると信じている」

「どうして…?」



信じていると告げるリュグナードの目がまっすぐにセラに向けられる。

だがそれを真っ向から受け止めるセラは先ほどと同じくまったく動揺など

見せずに、ただ心底不思議そうに首を傾げた。



「彼女は俺の婚約者だ」

「!…ごめんなさい、知らなかったとは言え失礼なことを言ってしまって…」

「いや、構わない。皆口には出さずとも心の片隅でちらついている疑問だ」



突然告げられた思いもよらぬ言葉にセラは驚き、慌てて謝罪する。

リュグナードはそれに仕方がないことだと静かに首を振った。

誰もが言うがなんせもう10年になろうとしているのだから、と。



「…ところで、先ほど君は記憶がないと

 言っていたが取り戻したいとは思わないのか?」

「思いませんね。なんせ、約10年生きてきた今の私が全てですから」



相変わらず探るような目をしてリュグナードが更なる疑問を投げかける。

それにセラは即答し、止めていた食事を再開した。

ぱくりと口に含んだ鶏肉はすっかり冷めてしまっていて、

あんなにぬくぬくで美味しかったのに

勿体ないことをしたと彼女は静かに肩を落とす。

態度でこの話は終わりだと告げてくるセラに

リュグナードは最後の質問を口にしようとして、そっと口を閉じた。

それは俯き長い前髪の向こうで微かに揺れる紫に気づいたからだった。

咄嗟に口を開きかけたが、丁度女将さんがフロアに戻ってきたため

言いかけた言葉は暫し口内をうろついて消えていった。



「…すっかり冷めてしまったな…」

「”兄さん”のせいですよ」

「…すまない」



静かに食事を再開したリュグナードがぽつりとそう零せば、

すぐさまセラからちくりとした言葉が飛んでくる。

素直に謝罪すればちらりとこちらを見た紫が少し迷う様に揺れてから、

困ったように小さく笑みを模った。

その笑みは昔些細な事で心無い言葉を投げかけた喧嘩のあと、

ごめんなさいと頭を下げたリュグナードを許した母の微笑みに似ている気がした。


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