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32 信頼の形

「ジャイアント=テディがいいわ」

「えっ…姫様、ジャイアント=テディが好きなんです?

 私の”ルド”に見向きもしなかったのに?」

「あの時は頭に血が上って…

 でも、後から思い出して少しだけ後悔したのよ」



即座にリクエストを口にしたシャーロットの希望に

セラはインクを付け、書きなれたキャラクターを描いていく。

モデルにした2人からは微妙な反応を貰ったが、自慢の2匹である。

彼女の疑問にシャーロットは当時の事を思い出して罰が悪そうにしながら

答えつつ、スラスラと淀みなく動くペンの先をじっと見つめた。



「それはよかったです。いつでもどこでも

 子供受け100%の私の力作が通用しなかったわけじゃなくて」

「あれ貴方が作ったの?!」



横からのぞき込んでくるライムグリーンの瞳が

キラキラと輝いているのを横目で見たセラは小さく笑みを零し、

どうせだからとルドの隣に

こちらもまた描きなれた相棒・ジェイを書き足す。

力作と聞いてシャーロットが驚いたように顔を上げた。



「これでも針仕事は得意なんですよ。はい、出来ました」



えへんと自慢げに胸を張り、出来上がった絵を差し出す。

テーブルの真ん中に置かれたそれは彼らだけでなく、

騎士たちの興味も引いたようだ。



「「「「…可愛い…!」」」」



テーブルを覗き込んで、

口にした素直な感想は綺麗に重なる事となった。

ちなみに、ロベルトだけはドアの前から動かず、眉間の皺を深くしている。

「セラ、絵の才能あるな…!」「とっても可愛いわ!」若干興奮気味の

姉妹から惜しみない賛辞を贈られ「ありがとうございます」と

笑みを返したセラだが、そこでふと何かに気づいたように小首をかしげる。



あれ、今、なんか…



喉のあたりまで出かかっているのに、

突然沸いたもやっとした感じの答えが出てこない。



私、なにか忘れてない…?



ふとそんな疑問が脳裏をよぎったその時、

絵から顔を上げたフェリクスが首を傾げるセラに気づいた。

なんだろ、と視線を落として考え混んでいる彼女は

じっと見つめるスカイブルーに気付かない。

そんな2人に気付かず姉妹はきゃあきゃあと楽しそうだ。



「…難しい顔をしているが、何かあったのか?」

「え?あ、いえ…その、なんだか、私、

 …誰かとの約束を忘れている様な気がして…」

「!」



うぅん?と百面相するセラを見かねたフェリクスが問いかける。

すると我に返った様子でアメジスト瞬き、彼を見る。

答えを求める様に小首をかしげて促され

彼女はもごもごと”難しい顔”の理由を述べた。

その理由にハッとしたのはフェリクス、シャーロットを除く者たちだ。

もしかして、と駆け足気味になる心臓を押さえ

期待を込めた目で彼女を見つめる。

そこへノックの音が響いた。


タイミング…!空気読めよ、と彼らの心は一致した。



「失礼します。陛下、例の資料をお持ちしま、した…?」



この妙に緊迫した部屋に入ってきたのはリュグナードだった。

普段通りに一礼し、顔を上げた彼はここで漸く妙な雰囲気に気づく。

変なところで区切った言葉尻の最後には疑問符さえも浮かんでいる。

そんなリュグナードに「あ」と声を漏らしたのはセラだ。

部屋中の視線を集める中で彼女は口元に手を当て、

驚きの表情で固まっていた。



「セラ?」

「…思い出した。え、うそ、やだ、どうしよう、」



付いて行けないリュグナードが様子の可笑しい彼女に声をかけるも、

どうやら届いていないようで、セラは急にわたわたと慌て出した。

足元で大人しく丸くなっていたシロが顔をあげ

「わふぅん?」と鼻を鳴らしながら太ももに両前足を置く。

狼らしい凛々しい顔がこてん、と

小首をかしげる様はなんだかとても可愛い。

するとセラは「シロ~どうしよう!」と言いながら

太い首に抱き着き、もふもふの胸毛に顔をうずめた。



「セラちゃん、落ち着いて」

「アル先輩、灰兎亭って何処にあります?」



ぎゅうぎゅうとシロを抱きしめるセラにアルフェリアが声をかける。

彼の声を聞いた途端に今すべき事の答えをはじき出したセラが

顔を上げ問いかけると、彼は戸惑いながらも

「西区の下町通りだけど…?」と素直に答えた。

それがどうしたの?と口にする前に

今度はリュグナードの口から「あ」という声が漏れた。

困り顔のままパッと振り返ったセラと今思い出したと、

いつもの無表情の中に書いてあるリュグナードの視線が絡み合う。

当然、彼ら以外は蚊帳の外で全員の視線が二人の間を行ったり来たりしていた。



「…ベルちゃんたちと遊ぶ約束してたの、すっかり忘れてましたぁ…!」



やたら悲痛な声で紡がれた言葉に

期待し固唾を飲んでいた面々が肩を落とした。


なんだ、記憶が戻ったとかそういうんじゃないんだ…

本当にただの物忘れか…、と。


そんな彼らの思いなど知らない二人は顔を付き合わせて



「とりあえず忘れていた事を謝りにいかなきゃ!」

「持っていくお詫びの品は何がいいだろうか」

「ベルちゃんたち甘い物好きだって言ってた、なぁ…」

「甘い物、か…」



等と話している。

そんな二人を面白くなさそうに見つめるのはシャーロットだ。

いや、正確には二人ではなく、セラを見ているのだが。

「セラ」シャーロットの呼びかけに

「はい、姫様」セラは反射的に振り返った。

その事に彼女は満足げに一つ頷いて、

ライムグリーンの瞳でひたとセラを見据える。



「シャーリィでいいわ」



鈴を転がしたような愛らし声が紡いだ

言葉は短かったが、その意味を理解するのに時間がかかった。

それはセラだけではなかったのだが、

彼女はセラの態度がお気に召さなかったようだ。



「だから、私の事はシャーリィでいいって言ってるの!」

「エッ」

「何よその顔!言いたい事があるなら、言いなさい!」



頬を染めて、そう叫ぶように言った

シャーロットにセラは心の声がそのまま漏れた。

他の面々はそれぞれ信じられない気持ちでシャーロットを凝視している。

勿論、その気持ちはセラの声にも表情にも表れていて

キッ!と目尻を吊り上げてシャーロットがセラを睨む。

その表情の方が、セラにとっては見慣れていて。

けれど向けられた言葉は、これまでにない好意が乗っかっていた。

緩む頬が抑えられない。

お許しも出た事なので、彼女は素直にその思いを彼女に届けようと思った。



「やだもぉ、姫様超かわいい!」

「かっ、!?ちょっと、抱き着かないで!」

「嫌です!”好き”はこうして伝えるんです!!」



言葉だけじゃなく、手まで出たセラは

驚き暴れるシャーロットをぎゅうと抱きしめて。

ゆるっゆるの顔のままで、ぽかんとした表情でこちらを見ている

ソフィーリアとフェリクスに向けてへにゃりと笑う。



「えへへー、陛下、聞きました?

 私、もうすっかりシャーリィ姫と仲良しですよ!」

「ふむ、私も負けていられないな」



暴れるシャーロットの頬に頬ずりしながら調子に乗った

セラの言葉にソフィーリアはスッとその海色の瞳を細めた。

「おぉ?」これはまさか



”お前には負けん!シャーロットの一番は私だ!”



的な展開がくるのかと思いきや。

ふっくらとした唇が紡いだやけに強くはっきりとした言葉は。



「ソフィでいいぞ」



……。



「エッ!あれ!?なんか、思ってたのと違う!」



一拍置いてセラが狼狽える。

彼女の腕の中のシャーロットは暴れる事も忘れてきょとんと姉を見つめていた。

そんな二人にソフィーリアは「ふふふ」と笑みを漏らした。

姉の楽しそうな様子にフェリクスまでもが

ふとその表情を崩し、スカイブルーの瞳がセラを映す。



あ、待って。なんか嫌な予感…!



セラはやめて言わないで、と内心で叫んだが残念ながら、

実際に言葉にしなければ伝わらないのが、この世の理なわけで。



「しょうがないから、僕もフェリと呼ぶことを許してやる」

「えぇえええ」



超上からそんな事を許可された。

しかも腹立つくらいのドヤ顔だった。

可愛いから許すけども!これだから可愛い系美少年は!なんて

内心大荒れのセラだが、さあ呼ぶがいい!と見つめてくる

色合いの違う2対のブルーにたじたじになる。

冷や汗が滝のように流れ落ちているような心境である。



「…いや、あの…

 流石に、お二人をそう呼ぶのは、恐れ多いんですけど…」

「私がいいと言ってるのだ、誰も文句は言うまい」

「…ええと、」



遠回りに遠慮します、と告げてもソフィーリアにばっさりと

切られてしまいセラは誰か助けて…!という視線を騎士たちに向ける。

けれど全員に無言のまま頷きだけを返されてしまい

「あ、ハイ」と頷く事しか出来なかった。



だから、その頷きは一体なんなんだよぉ…!



内心のセラは死んだ魚の様な目でそう叫んでいる。

けれど、そんな荒れ狂う内心を表に出す事など出来るわけがないので。



「それでは遠慮なく、呼ばせて貰いますね。ソフィ様、フェリ王子」

「「うむ/ああ」」



無理やり笑顔を作って同意した彼女に

ソフィーリアとフェリクスの二人は大変満足そうに頷いた。

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