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29 10日目の本音

「貴方にっ、何がわかるっていうのよ…!」



絞り出す様な、その叫びは決して大きなものではなかった。

けれど彼女の心の痛みをありのまま伝えてきて。

その場にいた全員の心にじくりじわりと突き刺さる。

シャーロットがそう叫び終えたと同時にぼろりと大きな雫となって

溶け出した”何か”をセラはもっと明白にして、

いらぬ部分は取り除き、修復しなければならない。

だからこの痛々しい雰囲気の中で彼女は一人口を開く。

ほんの少し唇を尖らせる彼女はこの場では酷く場違いに見えた。



「わかりませんよ、何も。

 だって姫様が教えてくれないんじゃないですか」

「わ、私が悪いっていうの!?」



拗ねてます、とまるでそう言いたげな雰囲気で口にした

セラの言い分に驚いたシャーロットが反論する。

ぎょっとした雰囲気の中、

彼女は全く悪びれずに「そうです」と深く頷いた。

絶句するシャーロットと周囲に彼女はひょいと肩をすぼめて見せる。



「まぁ、姫様だけが悪いわけじゃありませんけどね」



そう言いながら立ち上がった

セラはぐるりとその場にいる全員を見回した。

澄んだアメジストと目が合うと、どきりと心臓が跳ねあがる。

罰が悪そうに目を逸らしたり

軽く俯いたりする彼らを見てセラは苦笑いを浮かべた。

じっと見上げてくるライムグリーンには混乱の色が濃く見受けられたが

それでもほんの少し、落ち着きが戻っている。

「いいですか」中庭中に響く様に張られた声は

何処か教卓に立つ教師を連想させる。



「当たり前の事ですが、”想い”は口に出さないと伝わりません。

 それは30年連れ添った夫婦でも

 50年来の親友でも、血の繋がった身内でも、同じ事です」



力強く、そう言い切って。

彼女は笑った。降り注ぐ日差しに良く似合う、カラリとした笑顔で。



「だから、まずは私から言いますね。

 私は、姫様の笑顔が見たい!!」

「……」



ぐっと両手を握って、突然願望を叫んだ

セラに何とも言えない沈黙と視線が突き刺さる。

その事に彼女はまたつんと唇を尖らせて、

可愛い顔の前面に嘘だと書いてあるシャーロットに苦笑いを浮かべた。



「姫様、嘘だって思ってますね?

 もー、そうやって私の気持ちを疑うくらいなら

 最初から意地悪なんてしないでくださいよー」



ごもっともなセラの言い分を前に黙り込んだ

シャーロットに彼女はにこやかに笑いながら言葉を続ける。

どうか、姫様の固く高い扉の向こうの心に届きますようにと願いながら。



「私のモットーは”後悔しないように日々を生きる事”です。

 まあ、世の中には秘めておいた方がいい場合っていうのも

 勿論存在しますし、その方が上手くいく可能性もあるので、

 時と場合は勿論考慮しますが、今は、言うべきだと判断しました。

 だから、正直にすべてをお話しますね」



「聞いてくださいますか?」と小首を

かしげたセラにシャーロットは小さく頷いた。

事情を知る騎士たちから心配そうな視線が向けられるが

セラはシャーロットから視線を逸らさず

じっとライムグリーンを見つめながら口を開いた。



「最初はね、陛下に”姫様の本当の笑顔を取り戻して欲しい”だなんて

 言われて、なんだそのとんでもない無茶振り!って思いました。

 実際姫様に会って、正直胸の内で繰り返しましたね、同じ言葉を。

 ですが、周りの方々から話を聞いたりしているうちに

 その考えはだんだんと変化していったんです。

 だって、私はしかめっ面やすまし顔しか見た事ないんですよ?

 なんか悔しくないですか?えっ、なんですその理解できないってお顔は。

 …まあ、日にちが経つにつれて

 その仏頂面ですら可愛いく見えてきましたけどね。

 アッごめんなさい、調子に乗りました。…でも嘘は言ってないです。

 えーっと、つまり”陛下に頼まれたから”ではなくて、

 ”私自身が”姫様の本当の笑顔を見て見たいんです!」



つらつらと語られる彼女の言葉に

シャーロットは時折顔をしかめながらも静かに耳を傾けていた。



お姉様、なんてお願いをしているの…!



赤裸々に語られたシャーロットの知らない真実に思わずそう思ったが。

何て言うか、突然怒って泣き顔を晒したのが恥ずかしくなるくらい、

馬鹿正直に告げられる彼女の気持ちに

何故か心が落ち着いていくのが分かった。



「……色々、言いたいことはあるけど。

 まあ、貴方が本当に変な人だっていう事と言いたい事はわかったわ」



話し終わってシャーロットの反応を待つ

セラに彼女は呆れた色を乗せた表情で頷いた。

変な人というフレーズにちょっとむくれた顔をする、

シャーロットよりもずっと年上の彼女は見ていると力が抜けてしまう。



「じゃあ次は姫様の番ですね」

「……」



極当たり前のように聞く態勢に入ったセラにシャーロットは口を噤む。

それは言いたくないからではなく、何て言ったらいいのだろうか、と

考えるためであることに、ふと気づき彼女は一人驚く。

少し前までは視界に入れたくもなかった人なのに。

いつの間にか真っ向から向き合いたくなってしまっていた。



「もうご存知だとは思いますけど、私はしつこいですよ?

 考えが纏まらないなら、いくらでも待ちますからね」



セラを見て瞳を瞬かせるシャーロットに彼女はニヤリと笑って見せる。

威張る事でもないというのに、ふふんと胸を張るセラを見て

意地を張るのも馬鹿らしくなってしまったシャーロットは

素直に今の気持ちを言葉にする事にした。



「…言いたい事、が、どう言えばいいのか、

 分からない場合はどうすればいいの?」



ぽつんと落ちたシャーロットの問いかけは

中庭にいたほとんどの人を驚かせた。

その問いかけはセラが彼女の心を動かしたという証明だったからだ。

今まで誰一人口を開かせる事の出来なかった、

彼女の心が今明るみに出ようとしている。



「そうですね…じゃあ、私から質問してもいいです?

 答えは無理に文章にしたりしなくていいですよ。

 支離滅裂でも単語だけでも、”好き”でも”嫌い”でも

 ”言いたくない”でも。何でもいいので教えてください」

「わかったわ」



セラはシャーロットの問いかけに

少し考える素振りを見せてから口を開いた。

彼女が示した提案にシャーロットは頷きを返す。

じっと見つめてくるライムグリーンに微笑みを返し、

何処か緊迫した雰囲気が流れるその場の空気を変えるために

あえて明るい声を意識してセラは最初の質問を声に乗せる。



「じゃあまず、私の事どう思います?」

「…」



セラからすれば本題に入る前の軽い肩慣らし程度の気持ちで

口に出した質問だと言うのに、根が真面目なシャーロットには

難しい質問だったようで。

口を閉ざして考え込みだした彼女の様子に、慌てたのはセラの方だった。



「えっ、ちょっと、そんな真剣に考え混まないでください!

 逆に怖いですから!もっと気軽に、こう、鬱陶しいとか

 しつこいとか笑顔がウザイとか、そういうのでいいんですよ!?」



極当たり前のように自分で自分を貶す言葉を紡ぐ

セラにだんだんとシャーロットは呆れてきた。

好きでも嫌いでも、と彼女は言ったが本当に素直に言葉にしても

いいのだろうか、傷つけてしまうのではないかと気にしてしまって

つい口を開けなかったのが何だか馬鹿らしくなってくる。



「…貴方、自覚あったの?」

「そりゃあ、姫様とこうやって腹を割って本気で

 話す機会を作る為に、ちまちまストレス与えてたんで!」

「腹が立ったわ」

「あ、はい。ごめんなさい」



シャーロットの呆れたような問いかけに無駄に明るく、

爽やかな笑顔でとんでもない事を暴露したセラにシャーロットは本当にイラっとした。

だからだろうか、先ほどまで悩んでいたのが

嘘のように自然にすんなりと言葉が漏れた。

その言葉は言われた相手が喜ぶようなものじゃないはずなのに。

反射的に謝罪を口にしたセラの頬は緩み、目尻が優しく細められる。

その仕草は言葉はなくとも、よくできましたと褒められたようで。

シャーロットは心がほんの少し軽くなったような気がした。



「…さっき貴方が言った通りの事は一通り思ったわ。

 けど、可笑しいんだけど、恐らく、嫌いでは、ないのよね…」

「姫様!」

「うざい」

「ひどいっ!あ、でも今は、それでいいです」



絶対に、良い事を言われる事がないと分かっているはずなのに、

にこにこしながらシャーロットの次の言葉を待っているセラに

彼女は素直な気持ちをそのまま言葉に乗せる。

一度、滑り出してしまえば驚く程、すんなりと言葉たちは出てきた。

それは普段は決して言わない言葉も含めて。



「…貴方、本当に変な人だわ」



ぽつりと呟いた言葉は今のシャーロットにとって

セラという人物を一番分かりやすく言葉にしたものだった。

しみじみとした雰囲気を持って告げられた感想に言われた本人も

「まあ多少の自覚はありますよ」と言って肩をすぼめて見せる。



「でも姫様、逆を言えば”自分”以外に普通の人っていないと思いません?」

「…どうして?」

「だって普通の基準は自分自身でしょう?

 自分は世界に一人だけ。その他はみーんな、多かれ少なかれズレが生じる。

 つまり、世の中変人だらけってわけです!

 そう考えたら変人もそう悪くないと私はそう思いますけどねぇ。

 皆同じじゃあ楽しくないし、何しろ話す必要性を感じませんし…

 変人同士だから話をすると、色んな意見が出てきて面白んですよ」

「…そう、ね。そうかもしれないわ」



セラの話にシャーロットはこくりと小さく頷いた。

一度感情が爆発したからだろうか、あれほど遠ざけていた

彼女の言葉が今では不思議なくらいすんなりと受け入れられるのは。

シャーロットの同意に彼女は「でしょう?」と

満足気に頷きを返し、「ふふふ!」と笑みを零した。

にんまりとしたその笑みにシャーロットは思わず身構える。

なんとなく、嫌な予感がした。



「じゃあ姫様も変人ですね!」

「貴方程ではないけどね」



予感は的中し、ある程度予測出来たからか

シャーロットの口からスムーズに嫌味が切り返される。

それすら今のセラには嬉しいようで「ふふふ!」と今度は

嬉しそうに笑みを浮かべた。



「そりゃ私の方が長い事変人してますからね!」

「それ、威張って言うセリフ?」

「ええ?健康で生きてるってだけで素晴らしい事ですよ?」

「それは、そうだけど…ふふ…本当に、変な人」



えへん!と胸を張るセラにシャーロットは

呆れの色を隠さずにキラキラと輝くアメジストを見やる。

その口元は緩み、小さな笑みが浮かんでいた。

いつの間にかいらぬ力が抜けていて

彼女の心は今、本来の穏やかさを取り戻していた。



「…次の、質問は?」

「私からは、もうありませんよ」



シャーロットの落ち着いた声色で紡がれる

先を促す言葉にセラは柔らかな笑顔を浮かべて首を振った。

どういう事だとシャーロットが口を開く前に、

アメジストは彼女の後ろに向けられ



「――ねぇ、陛下?」

「お姉様…」



と、緩やかな笑みを浮かべた唇が思いもよらぬ言葉を紡いだ。

驚き振り返ったシャーロットは

こちらにやってくる姉の姿に動揺が隠せない。

どうしよう、とその言葉のみが意味もなく脳内を駆け巡っていた。



「ああ。ありがとう、セラ」



すぐ傍までやってきたソフィーリアがセラに向けて微笑み礼を言うと

彼女は優雅に一礼して、一歩下がり様子を見守る体制に入った。

そんな彼女をシャーロットは裏切りもの!と叫びたくなったが、

敬愛している姉の前でそんな真似ができるはずもなく。

潤んだ視界で恨めしそうに睨んでくるシャーロットに

セラは内心で謝りながらへらりとした苦笑いを返すしかなかった。



「シャーリィ」



大好きな優しい声が微かに震えている事にシャーロットが

気づいた時には、彼女の小さな体は暖かな何かにすっぽりと包まれていた。

ふわりと鼻孔に届いた良く知る香りに心底驚き、彼女はフリーズした。

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