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27 様子見

リュグナードは報告書の束を片手にエリオルの執務室を訪れた。

入室の許可をもらい、中に入ると彼は書類を片手に珍しく窓際に佇んでいた。

開けられた窓から滑り込んでくる風がプラチナブロンドを揺らしている。

深い色合いのアメジストがリュグナードを映し、そっと細められる。

彼がテーブルに書類を置いたのとほぼ同時にリュグナードが報告書を差し出した。



「ご苦労。…手間をかけさせてすまないな」

「いいえ、とんでもない。ところで何を見ていらしたのですか?」



受け取り苦笑いを浮かべるエリオルにリュグナードは首を振って否定し、

恐らくさっきまで彼が見ていただろう中庭に視線を落とした。

けれど”予想していた人物”が見つからず無意識に眉を潜めた彼を見て

エリオルは「あそこだ」とここからでは見えづらい、とある木陰を指さす。

男にしては細いその指の先を辿りああやっぱりと内心で頷いたリュグナードは

同じ城にいるというのに数日ぶりに見る彼女の姿にそっと目尻を下げる。

微かに上がっている口角を目敏く見つけたエリオルは

アルフェリアから聞いていたにも関わらず、驚きに口を噤んだ。



自分の娘に好意を向ける男に対しての不快感が込み上げる。

けれど、よくよく考えれば彼は正式な発表はまだだったにしろ、

あの子の婚約者なのだから、これは寧ろ喜ばなければいけないのではないか。

いや、だが、やはり腹立たしいと思うのは”父親”として仕方ないだろう。



葛藤を胸の奥にしまい込みながらエリオルは皺のよりそうな眉間を

もみほぐし、リュグナードに渡された報告書に視線を落とした。

そこには彼女の同僚たちが見守ってくれている愛娘の様子や

周囲の感想等が記されていた。


メイド、庭師、コックに至るまで

彼女と接触した人々の彼女への印象は概ね良好。

総じて”笑顔の可愛い気さくで人のいい騎士様”と言ったところだ。

報告によればシャーロットの話を聞きながら、それぞれの仕事を

さらりと手伝っていったらしい。

余りにも自然な動作で荷物を運ぶのを手伝ってもらったという

メイドは”女性だけどカッコいい素敵な人”だと頬を染めていたという。


対して接点の少ない文官や、貴族意識の強い大臣、

彼女の同僚である王騎士以外の騎士たちからは疎まれているとの事。

目立った接触はないが向ける視線は鋭く、嘲る者や陰口を叩いている者も

少なくないと書かれている報告書にエリオルは

眉を潜めながらも、まぁそうだろうなと一応納得した。

旅人を突然王騎士にするなど、この800年続く

ファルファドス王国でも前例を見ない事なのだ。

自分の娘でなければ恐らくエリオルも

もっと厳しい視線で”彼女”の働きを注視しただろう。

そんな自分が簡単に思い浮かぶからこそ、彼女を良く思わない者たちの

気持ちはよくわかり、それを否定する気にはなれなかった。


だがそのまま放っておくわけにもいかない。

今はまだ陰口などで収まっているが、

いつそれが”それ以上”へと姿を変えるかはわからないからだ。

勿論、そんな事を許すわけにはいかない。

娘に危害を加えられる事も耐えられないが、まず”騎士”としての

あり方をもう少し徹底すべきかとエリオルはそう考える。


では、どうしようかとエリオルはその頭脳を働かせた。



時折窓の外に視線を向けながらも黙々と報告書に目を通すエリオルを

隣にリュグナードはじっと中庭を見下ろしながら物思いに耽っていた。

遠目から見る彼女の横顔は穏やかに微笑んでいて、

隣に伏せて彼女の太ももに顎を置いた相棒の頭を撫でている。



もう何日、彼女の声を聞いていないのだろうか。



ふとそんな事が脳裏に浮かんだ。

休んでいた間の溜まりに溜まった書類を片付けるのと、

間近に迫るソフィーリアの誕生祭の準備に追われ

リュグナードは会議の時以外執務室から出れない生活を余儀なくされている。

優秀な部下たちを信頼しているので任せてしまっても

大丈夫だと分かっていても、自分が連れてきたのだから

自分が世話を焼きたいという気持ちがどうも、納得してくれないでいた。


そう言えば王子殿下はちゃんとセラ殿、

じゃなかったセラに謝罪出来たんだろうか?と

つい先日、茹蛸になった王子と遭遇した場面を思い出した。

事のあらましを聞いて改めて謝罪するように

勧めた事を思い出すだけで心がもやっとするのを感じる。


こんなにも自分の気持ちを持てあます様な事は初めての経験で

リュグナードはセラを見つめるそのダークブルーに困惑の色を滲ませた。

その時だ。リュグナードの耳に、聞きたかった声が届いてきたのは。



「「!」」



風によって届けられる微かなそれに二人は揃って目を見開き、彼女を凝視する。

すると彼女の周りに光り輝く

四葉のクローバーが現れ、メロディに合わせて動き出した。

あっという間に息を飲むほど幻想的な風景が、見慣れた中庭に出来上がった。

美しい光景にほうっと感嘆の息を吐きながらも

二人は輝く四葉のクローバーを見て苦笑いを浮かべる。

脳裏にはとある報告が浮かんでいた。



曰く、姫様を怒らせて四葉のクローバーを

見つけるまで顔を出すなと言われたのだとか。



報告ではシャーロットがどれだけそっけない態度を

取ろうが、全く気にした素振りは見せないと聞いていたが

これには流石に心が折れるのでは、と心配していた二人である。

徐々にエスカレートしていったシャーロットの”我儘”に

リュグナードはそろそろ口を挟みたい。

けれどそれを出来ずにいるのは

あの日、会議室にやってきたセラが言った一言によるものである。

それは本当に私のやり方でいいのかとソフィーリアに再確認したあと。

恐らく彼女は”こう”なる事を予測していたのだろうとリュグナードは思った。

流石に四葉のクローバーを探す羽目になるとまでは、思ってはいなかっただろうが。


「セラに任せる」と言ったソフィーリアに笑顔で頷き

「では」と口を開いた彼女が告げた言葉は、



”自分に関してこれから何が起きても決してシャーロットを咎めるな”



というものだった。

だからリュグナードをはじめ、アルフェリアやユリウス、

ソフィーリアまでもが歯痒い思いをしながら

シャーロットの命により日々走り回されている彼女を見守るしかなかった。


だが、流石にそろそろ口を挟んでも

いいのではないだろうかとリュグナードは思う。

四葉のクローバーを見つけろだなんて

いくら何でも”騎士”にさせる仕事ではない。

ましてやヴェールヴァルド家の令嬢に地面に這いつくばれなど、もっての他だ。

今は渋い顔をしながらも黙っているエリオルだって、恐らくそう思っている。

ちらりと隣に立つ男を見れば彼はリュグナード程ではないが、

普段からあまり感情の乗らないその美しい顔に、優しい色を乗せて

娘を眺めていた。切れ長のアメジストには溢れんばかりの愛情が見て取れて、

リュグナードはぐっと胸が締め付けられるような気持になった。



早く、セラの、いや、”エリューセラ嬢”の記憶が戻りますように。



そう、願わずにいられない程に

美しいアメジストは愛情と共に切なさも含んでいた。



「これは…!」



見てはいけないものを見てしまったような心情で

そっと視線を中庭に戻したリュグナードは

クローバーに紛れて咲く水色に輝く花を見つけ目を見開いた。

エリオルも目を丸くしながら、娘の傍に現れた男を見やるが

ここからでは顔が良く見えず特定できない。

けれど、こんな芸当が出来る人物は限られている。



「…クラウシス、か?」



ぽつりとエリオルが呟いた名前にリュグナードはああ、なるほどと納得した。

確かに、天才と名高い彼ならば初めて聞く彼女の歌に合わせる事も可能だろうと。

消えてしまったクローバーたちに恐らく彼女も

突然現れた彼に驚いているんだろうなぁと簡単に予想がついた。

自己紹介でも始まるのなら、この美しい光景ももうすぐ終わる。

けれど名残惜しい気持ちで見つめていた

中庭に現れる花々は増える一方で消える事はなく。

それどころか、またもやクローバーが出現し出して彼らは顔を見合わせた。

だが、それは一瞬の事だった。


なんせ相手はクラウシスだ。

本名をクラウシス=クランドールと言い、彼の父親はクロフォード。

奇才と名高い彼はエリオルの部下であり、悩みの種だった。

そんなクロフォードの一人息子であるクラウシスはその才能を受け継いだ

天才ではあるのだが、同じくらい魔法にしか興味のない

とてもマイペースな性格である事も周知の事実だった。


だからこんな状況でもクラウシスならと納得出来てしまうのである。

彼女が、それに合わせたというのは驚きではあるが

なんせ彼女は気配りの出来るお人よしである。

恐らく見つめてくるアイスブルーの瞳に、彼の言いたいことを見つけ

困惑しつつも合わせているのだろうと予想するのはそう難しいことではない。


風によって運ばれてくる歌声たちは徐々に大きさを増し、

それに比例するように中庭に様々な花が咲き誇る。

魔法で作られた花々はキラキラと輝きながら

軽やかなメロディに合わせて、くるりふわりとステップを刻む。

そこへ程よく低く、美しい声が参加した。

弾かれるようにリュグナードが隣を見れば愛おしそうに、

けれど先ほどよりも切なさの増したアメジストが

突然現れた蝶々に戸惑う彼女を見つめていて。



「…エリオル様…」



ぽつりと零れた声に、彼はチラリとリュグナードを見やり

そして困ったように笑みを浮かべてから視線を戻した。



早く、一刻も早く、彼女の記憶が戻りますように。



もう一度、先ほどよりも強く願いながらリュグナードも視線を戻す。

華やかさを増していく中庭で、戯れてくる蝶々に手を伸ばした

彼女はそっと柔らかな微笑みを浮かべていた。


翌日、その場所で大騒動が起こるなどとは思いもせずに。


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