24 5日目の攻防
セラが騎士になってから早くも5日が経った。
”兎に角良く動く”と言うのが
こっそり彼女を観察していた騎士たちの感想である。
姫様との仲は悪く(というか一方的に嫌われている)素っ気ない態度ばかり
取られているにも関わらず、彼女は何故か楽しそうで。
フォローしようとした騎士たちのほうが全く気にしている素振りの
見せない彼女のケロリとした態度に呆気に取られてしまうくらいだった。
そんなセラとは対照的にシャーロットは日に日にイライラを募らせている。
挨拶にきたセラに”必要ない”と告げた所彼女があまりにも
あっさりと退いたので何か妙だなとは思ってはいたのだが、
彼女は予想以上に”妙な人間”だったらしい。
翌日何食わぬ顔でシャーロットの前に現れ笑顔で挨拶してきた
彼女を思い出し彼女は手に持っていたペンを思わず机に叩きつけそうになった。
すんでのところで堪え、ぐっと握りしめるだけに留まる。
ちらりと部屋の中を見渡せばドアの前に見慣れた騎士がいる
”いつもと変わらない”光景に彼女はほっと胸を撫で下ろした。
交代の時間になりフェリクスの護衛から
外れたルドルファスは詰め所へと戻ってきた。
時刻はそろそろ3時と言ったところか。
小腹も空いてきたし何か摘まめるものはあっただろうかと
考えながら彼はドアを開く。
そして飛び込んできた光景に思わず足を止めると彼に気づいた
アメジストがシュークリームをくわえたままこちらを向いた。
慌てて立ち上がろうとするのを手で制して。
「…今日は”甘色屋のシュークリーム”ですか」
「はい。ですが残念ながら姫様の気分はシュークリームでは
なくなったそうなので、宜しければルドルファス様も手伝ってください」
近くのソファに腰を下ろしながらテーブルの上に知っている
店の箱を見つけそう口にすると口の中のシュークリームを
飲み込んだセラがこくりと頷き助けを求めてくる。
彼女の足元ではシロが口の端についたクリームをペロリと舐めとっていた。
ルドルファスは甘いものは得意ではないのだが、
じっと見上げてくるアメジストにフェミストな彼が勝てるわけもなく。
「では、一つ頂こう」と苦笑いを浮かべて手を伸ばした。
途端に彼女はパッと顔を輝かせ彼の紅茶を用意するために席を立った。
高い位置で揺れるポニーテールを見送ってルドルファスは
まだ沢山入っている箱を見下ろし、一人こっそりため息をつく。
「なんだ、ルドルファスにしては随分と珍しいものを食べているな」
「セラ嬢の”差し入れ”ですよ…手伝って欲しいと言われてしまいましてね」
「ああ、なるほど。…これはまた随分と並ばされたみたいだな…」
「確か最低でも2時間は並ばないといけない店だったはずです」
ルドルファスと同じように交代の時間になり戻ってきたディルヴァが
ソファでシュークリームを片手に黄昏ている同僚を見つけその鋭い目を丸くした。
傍に寄ってきた彼にルドルファスは苦笑いを浮かべ今は席を外している
”理由”を口にすれば彼は納得いった様に頷き、
箱の側面に書かれた店名を見て気の毒そうな顔をする。
ルドルファスも同じような顔で深く頷きを返し
かぷりと随分控えめにシュークリームに齧りついた。
口内に広がる甘味に彼は震えそうになる手を気合で黙らせた。
マフィアのボスみたいな見た目に反してルドルファス程甘い物が
苦手ではないディルヴァは彼を気の毒そうに眺めるしかない。
暫くしてトレーにカップを二つ乗せたセラが戻ってきた。
ソファに腰を下ろしているディルヴァを
見つけて彼女はにこっと愛想よく笑う。
「宜しければディルヴァ様も如何ですか?」
「それではお言葉に甘えようかな。
おや、私の紅茶まで用意してきてくれたのかね?」
「声が聞こえましたので。砂糖はいかがします?」
「いや、シュークリームが甘いからな。そのまま頂こう」
「はい。あ、私はもう戻らないと」
2人の前に紅茶を置いたセラは柱時計を見上げ、ぽつりとそう呟いた。
それから近くにある羽ペンを拝借して箱に直接文字をかき込む。
「失礼します」と丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った
彼女の細い背中を見送って、彼らは箱に書かれた
「宜しければ召し上がってくださいませ セラ」というメッセージと
その横に描かれた可愛らしい猫のイラストを見つけふ、とその顔を緩ませた。
「さぁて今日のおやつはなんだろうなー」
「おっ、今日はシュークリームっすか」
「なぁんだセラちゃんもう戻っちゃったんだー残念!」
セラと入れ違いにがやがやと戻ってきたのはハーヴェイ、オックス、
アルフェリアというセラ風に言うなら不良DKっぽい賑やかな3人。
今日も”セラからの差し入れ”がある事を前提に入ってきた彼らに
彼らの上司は顔を見合わせため息を付いた。
「今日は猫かぁかぁわいいなぁ」
「このゆるっとした絵に妙に癒されるの俺だけ?めっちゃ和むんだけど」
「あいつのこういうとこ可愛いよな」
上司たちに挨拶をして嬉々とした顔で箱を覗き込んだ
3人はお目当てのものを見つけ、だらしなく目尻を下げた。
彼らの会話にはシュークリームに齧りついていた
ルドルファス・ディルヴァも内心で「全くだ」と頷いている。
「でもよ、これで何店目だ?」
「4店目かなぁ」
「うわぁ…ホントよくやるよなぁ。
つーかさ、いくら姫様は知らないとは言えヴェールヴァルド家の
ご令嬢がああやって使いっぱしられてんの見てんの
すげー居心地悪いんだけど…手伝い申し出ても断られるしよぉ…」
「「「いただきまーす」」」とこの場にいない
少女に向けて呟き彼らはシュークリームを頬張った。
賑やかに話される話題は勿論セラについてで彼らは揃って苦笑いを浮かべている。
昨日はプリン、一昨日はロールケーキとモンブランがこの机に並んでいた。
それらを前に黙々とまるで小動物の様な仕草で腹に収めていた
少女のアメジストが徐々に涙ぐんでいくのを見て一人、
また一人と普段あまり甘いものなど食べない騎士たちが手伝いを申し出て
現在に至る。
ちなみにこれにリュグナードは参加していない。
”リュグナード=エルトバルドは甘い物が大嫌い”だと言う噂は
彼の顔を知る前から出回っていた程有名である。
そのため、誰一人として執務室に缶詰状態になっている
彼の下に”差し入れ”を持っていく事はなかった。
「しかも隊長が他の騎士に回そうとしたのも、断ったんだろ?」
「らしいね。自分の仕事ですからって
笑顔で断られたってリュー兄、ちょっと落ち込んでたよ」
「ユリウスもだ。街に行くって言うから案内がてら護衛しようとしたら
”子供じゃないんでお使いくらいできますよ”って言われたってさ」
口の端にクリームをつけたオックスの問いかけに
アルフェリアが自分の口を叩く事で教えてやりながら頷いた。
思い出すのは相変わらずの鉄仮面な従弟の、しょんぼりと少し下がった肩。
それに頷きを返したハーヴェイはペロリと最後の一口を飲み込んで
ひょいっと肩をすぼめて見せた。
騎士とは基本的にフェミストなので困っている女性を見て見ぬふりなど
出来ないし、それもあのヴェールヴァルド家のご令嬢が相手となれば、尚の事。
エリオルからは「とりあえずは様子を見る事にしたから
気にせず”セラ”として接してくれ」と言われているので特別扱い
一歩手前の女性への対応として手伝おうとしても、当の本人に断られる始末で。
全くもってお手上げ状態なのである。
さてどうしたものかと悩んでいる彼らに合流したのはドラウンだ。
「私もシュークリームを頂きに参りましたよぉ」
「姫様のご様子は?」
「ええ、そりゃあもう、ご機嫌斜めですねぇ。
必死で抑えているのが傍目からでもよくわります」
いつものおっとりとした口調でドアを開けて
入ってきた彼は空いているソファへと腰を下ろす。
そしてシュークリームを手に取り、箱のメッセージとイラストを見て
丸眼鏡の奥の元々優し気な目元を更に緩めたが、ディルヴァからの
問いかけにその笑みを苦笑いへと変化させた。
思い出すのはシャーロットの”必要ない”発言に
セラがあっさりと引き下がり、退出した翌日。
何食わぬ顔で元気よく「おはようございます!」と顔を見せたセラと
驚きつつもその場にソフィーリアもいたためか
「あらおはよう」と笑顔で対峙したシャーロット。
向かい合う彼女たちはどちらも笑顔だと言うのに
真っ向からぶつかった視線は火花を散らしたように見えた。
シャーロットについて彼女の部屋に付いた途端、戦闘開始のゴングが鳴った。
「貴方、昨日の言葉が理解出来なかったのかしら?」
「いいえ?昨日言われたお言葉でしたら、ちゃんと理解しております」
「なら、何故今ここにいるの?」
「私は姫様付きの騎士ではありますが、契約主はソフィーリア様ですので」
馬鹿にしたように挑発するシャーロットにセラは飄々とした態度で答える。
セラの答えにドラウンは成程と一人納得する。
昨日シャーロットが口にしたのは
”騎士をやめろ”でななく”部屋から出て行け”という命令。
だからシャーロットすらも呆気にとられるほど素直に出て行ったのか、と。
睨み上げるライムグリーンをアメジストはただ静かに受け止めていた。
暫く睨み合い(一方的)は続いたが、微動だにしないセラに
シャーロットは苛ついた様子で「好きにすればいいわ」と吐き捨て机に向かった。
これでセラは騎士としての仕事に就く事が出来るかのように思われたのだが、
そこまこれまで何人もの首を切ってきたシャーロット。
一筋縄でいくはずがない。
最初はセラを徹底的に無視する事から始まったのだが
あまりにも彼女が平然としているからかシャーロット付きのメイドが
いるにも関わらずセラに紅茶を淹れさせたり
食堂からお菓子を持って来させたりと地味な嫌がらせに発展していった。
勿論、紅茶は一口でマズいと突き返され
お菓子は気分じゃなくなったとその足でUターンさせられた。
そんな事が続いてもセラは不満不平を一切表に出さず必ず笑顔付きの
二つ返事でシャーロットのいう事を聞くのでどんどんエスカレートしていき
今では王都で超人気なスイーツ店に並ばせられてばかりいる。
シャーロットからしたらセラの顔を長く見ずに住むとても効率のいい
嫌がらせだと思っているようだが、商品を抱えて戻ってくるセラは
まるで遠くに投げられたボールを持って帰ってくる犬のようで。
いつまで経ってもあの眩しい笑顔が崩れる気配を見せないので
嫌がらせの効果は薄い様に思われた。
が、その嫌がらせは買ってきた物を食べきらなければならない点では
十分な嫌がらせの効果が発揮されている事を騎士様たちは知っている。
”女性は甘い物が好き”という漠然とした先入観には
彼女も漏れず「普通に好き」と言ってはいたけれど。
1個目はペロリと平らげるが2個目になると
だんだんと食べるスピードが落ちていき3個目を手にする頃には
普段は凛とした印象を受けるアメジストが涙目になっている。
「作った方にも買えなかった方にも申し訳ない」からと絶対に
残そうとしない彼女がもしょもしょと食べる姿はそれはもう、可哀想で。
普通に好き、の言葉に納得した。
そりゃ普通は1個、多くて2個までだよなぁ。
3つとか、大好きな人じゃなきゃキツイ…と誰もが項垂れている。
「ところでこの事についてエリオル様は?」
「勿論、ご存じですよ。
若干苦い顔はしつつもこのまま様子見を続けるそうです」
「姫様付きの騎士になって5日。
”笑顔を取り戻す事”が仕事だっつっても
その姫様の傍にいられないんじゃなぁ…」
「俺もそう思うんだけどねぇ…
でも、セラちゃんはそうは思ってないみたいだった」
「よくわかんないけど、彼女楽しそうだもんな」
2個目のシュークリームを頬張る
アルフェリアの問いに答えたのはルドルファスだ。
紅茶で口内の甘味を消し去ろうとしている彼は傍目から見ている分には
ただただ優雅で様になっているが、よく見れば若干涙目になっている。
ルドルファスの答えに顔を見合わせた若者3人の顔に
”なんとかしてやりたい”と書いてあるのを見た3人のおじ様たちは
満足そうに目を細めつつ、凄い娘だなぁと思った。
王騎士たちの中では人懐っこい部類に入る3人だが
実はそう簡単に懐きはしない事を彼らは良く知っているからだ。
流石はエリオルの娘で、リュグナードが見込んだ少女だなと
彼ら自身も大分ほだされている事を棚に上げながらそんな事を思う。
そして恐らく今もシャーロットの機嫌を下げ続けているだろう彼女は
一体何を目的として動いているんだろうかとここ数日考えている迷宮に入り込もうとした。
けれどそれは先ほど出て行ったばかりの少女の登場により阻止される。
「アル先輩、いらっしゃいます?」
「噂をすれば」
「どーしたのセラちゃん、今度は何の人気店?」
軽いノックの音を響かせた後、ドアからひょこりと顔を出したセラに
呼ばれたアルフェリアが慣れた様子で笑いながら問いかける。
他の面々は浮かび上がってくる苦笑いを必死で押し殺した。
「マドレーヌ、だそうです」
「ならおすすめは東区の大通にある”夢見店”かな」
「ありがとうございます。いってきます!」
「「「いってらっしゃーい」」」
これからまたいつ降り出すかもわからない曇天の下で
長蛇の列に並ぶセラは相変わらずケロリとした顔のまま
本日二度目の”お使い”の内容を口にした。
すぐさま人気店の名前を上げるアルフェリアに彼女は笑顔でお礼を言って扉を閉める。
ドアが閉まり切るまで彼女の腕に抱かれていた子犬姿の
シロの据わった金色が不機嫌そうに彼を睨んでいた事など気付かずに。
「5店目、か」
「…王騎士が走り回ってちゃ
外聞が悪いって態々制服脱いで行くのが凄いよな」
「気が利くっていうか、健気っていうか…」
頑張れとエールを込めた笑顔で見送った
若者3人だが足音が聞こえなくなった途端、真顔になる。
「…健気なのもへこたれないのも有難いですが、
彼女は一体何がしたいんでしょうねぇ…?
暫く休みはいらないって言ってましたけど、このままだと
姫様との関係は更に悪化していきそうな気がするんですけどねぇ…」
「休みを返上してまでやっている事だ、何か理由があるんだろうよ」
「そうであることを祈るばかりですねぇ」
おじ様3人は額を押さえていたり、
ため息を付きながら遠くに視線を飛ばしている。
願わくば、雨が降り出す前に彼女が帰ってこれますようにと。
「二人にとっていい方向に進むよう、微力ながらも手伝うしかないさ」
「…今度はマドレーヌですかぁ……これは、また…」
「「「「「言うな / 言わないでください」」」」」」
ゆっくりとした動作でシュークリームの箱を指さすルドルファスに
思わずぽろりと呟いたドラウンの声は弱り切っていて
重なった声の主たちの心情そのものだった。