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20 再会は困惑とともに

しとしとと小雨が降り注ぐ、6月21日の午前中。

場所は中庭の傍の人通りが少ないとある廊下。

昨日の決意を胸に着慣れぬ騎士服を纏い出勤したセラは

ある意味彼女にとっては”ラスボス”と言える人物と対峙していた。

隣には彼女曰く”チャラい騎士”アルフェリア。

足元には狼姿の相棒シロがお座りした状態でじっと目の前の男を見上げている。


セラはというとあれから10年の月日が経ったと言うのに

幼い頃エルフだと信じて疑いもしなかった父の美しすぎる美貌が

全く衰えていない事に心底慄いていた。



「初めまして、ヴェールヴァルド卿。

 私はソフィーリア女王陛下の命により、

 昨日からシャーロット王女殿下の護衛騎士となりましたセラと申します」



”初対面での挨拶”に相応しい自然な笑みを浮かべ、綺麗に礼を取りながら。

ちなみにこの世界にエルフやドワーフは存在しない。



おいこら、ファンタジーもっとちゃんと仕事しろ。

折角転生したんだからもっと夢を見させてくれたっていいじゃないか!

えっユニコーンとかペガサスはいるの?そこは仕事してるんだ…



父にエルフはいないと教えられた時、

凄いショックを受け思わずそう心で暴言を吐いたセラだった。

偏見だが彼女の脳裏では”ファンタジー=魔法とエルフとモンスター”なので

ある意味仕方ない事だった。

もしかして…お母様も…?ふと頭をよぎった、父しか隣に並べぬと

言われたこれまたエルフの様に美しすぎる母を思い出し、身震いを起こしそうになった。

それをどうにか耐えて、目の前で絶句し固まっている父の

セラよりも濃い紫の瞳を見つめながら不思議そうに小首をかしげて見せる。

少し、わざとらしいだろうか。

ふと心配になったが、まあこのくらいが丁度いいかとセラは開き直った。

そうしていないと今にも罪悪感で押しつぶされてしまいそうで。



「…はじめ、まして…?」



それは決して挨拶を返されたわけではない。

信じられない、とその目は語っていてそれまで

瞳に灯っていた喜びの色を徐々に困惑や悲しみへと塗り替えていく。


ズキリ、心臓が痛みを訴える。

それでもこれが私の犯した罪なのだから目を逸らす事は出来ないと

必死に言い聞かせ、セラは今にも口から飛び出てきそうな心臓を

押しとどめるように唇を結んでにこりと笑みを模る―――事はなく、

隣でじっと様子を伺っているアルフェリアへ視線を向けた。

なんで、エリオル様こんなに狼狽えてるの?と問いかける様に。

そんなセラにつられたのかエリオルの困惑の色を濃くした瞳が

助けを求める様にアルフェリアへと向けられる。



「彼女は以前からソフィ様が気にされていた”例の旅人”ですよ。

 話しを聞いているうちに随分と気に入ったみたいで…

 女王の特権を発動して姫様専属の騎士にしたんです。

 セラちゃんなら、姫様の本当の笑顔を取り戻せるんじゃないかって、ね」



2つのアメジストを向けられアルフェリアはいつも通りへらりと愛想のいい、

けれど何処か馴れ馴れしい笑みを浮かべてセラが騎士になった理由を話した。

彼にとっては見慣れた方のアメジストが

違う、私が聞きたい事はそうじゃない、と語るのをじっと見つめながら。

けれども彼が口を開く前に背後から「エリオル様!」と

声が駆けられた事によって遮られてしまった。



「…どうした」

「お話し中お邪魔してすみません。

 ですが、会議のお時間が迫っておりますので…」

「わかった。すぐに行く…」



第三者の声が聞こえた事でハッと我に返った様子のエリオルは

彼が駆け寄ってくる前に小さく深呼吸をしていつもの自分を取り戻す。

振り向いたころには”優秀だが冷徹な宰相殿”の顔に戻っていて、

駆け寄ってきた騎士は彼の冷たく感じるその声と言葉に

背筋をピンと伸ばしながらおずおずと申し訳なさそうに言葉を発した。

それに頷きを返し、彼はもう一度セラに向き直る。


じっと真っ向から2対のアメジストが対峙する。


折れたのはエリオルだった。

彼女の騎士姿に今すぐ答えを聞き出さずとも時間はあると彼は判断した。

本当は今すぐに問い詰めたい。

はじめましてとは、セラとはどういうことだと。

けれど混乱し考えがまとまらないまま口を開けば

漸く会えた娘を傷つけてしまうかもしれない。

ただでさえ10年の隔たりがあるのだ。

不用意に傷つけたりして心の距離が

これ以上空いてしまう事だけはどうしても避けたかった。



「…セラ、殿と言ったか?

 慣れない騎士の仕事は大変だろうが、頑張りたまえ」

「はい」



その声は困惑を上手に隠していたが、逸らされた瞳から駄々洩れだった。

普段は冷静沈着が服を着て歩いているような人だと思っていた

エリオルの初めて見る姿にアルフェリアは正直驚きを隠せなかった。

あのエリオル様でも狼狽える事ってあるんだ…と失礼な事を思いつつも、

まあ、当然かと彼の長年の心情を思うとすぐさま納得する。


なんせこの10年探し続けていた愛娘、

ヴェールヴァルド家長女・エリューセラ嬢が今目の前にいるのだから。

ただし、彼にとって不幸な事は彼女自身が

エリューセラであるという記憶を失っているという事だろう。

なので夢に見た喜びの再会には至らず、

彼は愛娘に混乱の境地へと送られる事になったわけである。



「何か?」

「いいや?セラちゃんって記憶喪失なんだよね?

 エリオル様を見て何か思い出したりしないのかなぁって」



遠ざかっていった濃い紫のリボンで

まとめられた長いプラチナブロンドを見送って

セラはじっとこちらを見つめる深緑を見上げた。

垂れた目元は優し気なのに嘘を見抜く鋭さと強さがあって

セラはああこの人も本当に騎士なんだなぁなんて場違いな事を思う。



「…なんで私がエリオル様を見て思い出すことがあるんですか?

 まあ、確かに、昔からヴェールヴァルド家絡みで色々と言われますが…

 私とあの方は赤の他人ですよ?」

「今のエリオル様の反応を見ても?」



アルフェリアの的を得た素早い切り返しに咄嗟に「だって」と

言葉を返したセラだがその後は険しい顔で口を閉じてしまう。

続ける言葉を探す様に視線をうろつかせ、

小雨が降り注ぐ中庭へと落ち着かせた彼女は小さく深呼吸をした。

そうしてからもう一度見上げてきたアメジストにアルフェリアは

優しい声で「…だって?」と続きを促す。



「私の髪は、黒いもの」

「…そうだね」



否定の言葉にアルフェリアは「でも」と言葉を被せたくなったが、

見上げてくる瞳から動揺を読み取った彼はそれを飲み込み、優しく頷いた。

混乱し傷ついているのはエリオル様もこの子も同じなのだから、と。



「……私は、”セラ”よ。

 この黒髪ポニーテールがトレードマークの、旅人」

「…うん」



それはアルフェリアへの主張というよりも、

自分自身に言い聞かせているように彼には聞こえた。

けれどそうしなければ彼女は立っていられないのではと彼はそう思う。



「…でも、今は騎士だから、兎に角、騎士の仕事をするわ」

「え?」



不安定に見えるセラの様子にどう声をかけようか迷っていた

アルフェリアだが、不意に彼女がやけに強い口調でそう言ったのを

聞いて彼はその垂れた目を瞬かせた。



「”シャーロット王女殿下の本当の笑顔を取り戻す”

 それが私に与えられた仕事で――最優先事項だもの」



向けられたにこりとした力強い笑みに

「それでは」と告げて去っていく細い背中を見送って。

廊下にぽつんと残されたアルフェリアは

その口元にゆるりとした笑みを浮かべて「強いなぁ」と小さく呟いた。

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