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17 決意とアメジスト

昨日までのぐずつきが嘘のような晴天に恵まれたこの日。


リュグナードは広間にいた。

時刻は昼前。広間にはリュグナード同様、

集められた地位のある文官や騎士たちが美しい姿勢で待機している。

ずらりと隊列を組んだ彼らよりも一段高い場所に立つ彼は

傍目から見るといつもと変わりなく、凛々しく佇んでいる様に見えた。


けれどもそれは彼の仕事をしない表情筋たちがこの場においていい意味で

働いているからだという事はリュグナードを良く知る人物たちには筒抜けで、

彼らは不思議そうに、あるいは興味深そうに彼を眺めていた。

ただ一人、彼の不機嫌の理由を知っているアルフェリアだけは

こっそりと苦笑いを浮かべていたが。


そんな視線を受けている事に気づきながらも

リュグナードは不機嫌を鎮める事が出来ないでいた。

何故こんなにも苛立つのだろうかと自問する。

答えはすぐに見つかった。


セラとの約束を2度も守れなかったからである。

迎えに行くと言ったにもかかわらず、

2回とも彼女を迎えに行ったのはアルフェリアで

その事が彼のダークブルーを据わらせている理由だった。


まあ、昨日は陛下との会話に気を取られていて

彼が抜け出したことに気づかなかった自分が悪いのだし、

今日はセラを迎えに行く前にせめて少しでも書類の山を減らそうとした

自分の判断が甘かったのだという事はリュグナードもちゃんと理解している。

約束の時間を意識しながらペンを進めているうちに一人、また一人と

部屋を訪ねてきた大臣や部下たちに時間を取られ、

あっという間に約束の時間が迫ってきてしまったのだ。

そんな時偶然通りかかった従弟にその状況を見られてしまい

詰め寄る人々の頭の向こうで、やたらいい笑顔で手を振られて

リュグナードは正直かなりイラっとした。


それでも大急ぎで片付け、せめて門の前で出迎えようと思っていたのに。

結局気が付けば陛下からの収集を受けた他の騎士たちと同じように

今、こうしてセラに会う事も出来ずこの場にいるわけである。


昨日はともかく、今日はアルフェリアが迎えに行ってくれて

助かったのは事実だし、今こうして集められた意味を理解していても、

もやっとする気持ちを抑えられず

リュグナードはイライラした気持ちを持て余していた。

原因が他にもあるとは、まだ気づかずに。


その時、漸く事態が動いた。

ソフィーリア=ファルファドス女王陛下、その人が広間に姿を現したのだ。

歩くたびに波打つ眩い金髪と海の如き深い色合いの青眼が良く映える

藍色のドレスの裾をゆらす彼女の後に弟君フェリクス王子殿下、

妹君シャーロット王女殿下が続く。

彼らは優雅に玉座に腰を下ろしたソフィーリアの隣に控えた。

一斉に騎士たちが礼の姿勢を取り、勿論リュグナードも

流れるような動作で美しい礼の形をとった。

その様子を玉座から見ていたソフィーリアは

満足そうに頷き、ゆっくりと口を開く。



「忙しい中急に集めてすまないね。皆に紹介したい者ができたのでな」



良く通る声が告げた言葉に騒めきが生じる事はない。

けれど騎士たちの戸惑った気持ちはその場の雰囲気に現れていた。

微動だにせずにいるのはリュグナードと、アルフェリア、

そして事前に話を聞かされていただろう騎士団長と

リュグナードと同格の隊長たち、フェリクス、シャーロットのみだ。



「セラ、入っておいで」



ソフィーリアの呼びかけにリュグナードは息を飲んだ。

コツリと足音を響かせて入ってきた、

自分とよく似た騎士服に身を包んだセラがあまりにも様になっていて。

そして幾多もの視線に晒されているにも関わらず、

流れる漆黒のポニーテールを揺らしながら

堂々とした足取りで壇上に姿を現した彼女の横顔から目が離せない。

彼女の隣には狼サイズのシロが控え、その美しい純白の毛並みに

よく映える青いバンダナには騎士の紋章が入っていた。

壇上の彼らは異質なはずなのに

その佇まいが凛としていて見惚れてしまうほどに美しい。

彼女の登場に場が騒めかない理由は恐らく、彼と同じ者が多いからだろう。



「!」



呼ばれるままに陛下の傍まで進み、くるりと前を向いたセラに

リュグナードは思わず声を上げそうになった。

すんでの所で堪えて、飲み込む。

ごくり、と小さく響いた音にどうか誰も拾ってくれるなと思いながら。

真っすぐ前を見つめる彼女のアメジストが窓から差し込む光に

キラキラと輝くさまは、まるで本物の宝石のようだ。



「彼女はセラ、連れている狼はシロガネと言う。

 彼らは本日付けでシャーロット付きの騎士になった」



ソフィーリアの声に、我に返った者たちは多いのだろう。

今まで静かだった広間に戸惑いを隠せない小さなざわめきが広がった。

なんせ、彼女がその身に纏っているのは

リュグナードによく似た、つまり”王騎士”の制服なのである。


ここファルファドス王国では騎士は

大まかに分けて剣騎士、魔法騎士、王騎士の3つに分類される。

剣騎士とは最も一般的な騎士で通常の仕事は城や王都の警備。

魔法騎士は字の如く魔法に特化している騎士たちが集い

新しい魔法の開発を行ったり、その腕に磨きをかけている。

そして残る王騎士はというと、そんな数多くいる騎士たちの中から

選びぬかれた超が付く程のエリート集団である。

主な仕事内容はその名の通り、王や王に連なる血筋の護衛。

常に彼らの傍に控え有事の際には真っ先に盾となり剣となる存在だ。

20人に満たない少数精鋭で構成されている

その隊は騎士たちの憧れそのものである。



「セラと申します。この度陛下より賜りました役職に恥じぬよう

 精一杯務めさせて頂きますので、皆さまどうぞ宜しくお願い致します」



不躾な視線や騒めきを物ともせず、

凛とした態度を崩さぬまま彼女はそう告げ一礼した。

昨日までただの旅人だったとは思えないほど、優雅で美しいそれに

リュグナード含め一部の騎士たちから感嘆の声が上がる。

彼女が頭を上げ切ったタイミングで後ろから満足そうに眺めていた

ソフィーリアが口を開き、彼女を態々”シャーロット付き”の

騎士にした理由である特殊な役割を説明する。

表向きのそれらはじっとアメジストを見つめる

リュグナードの耳をするりと通り抜けて行った。

結局、最後までアメジストが彼を見る事はなかったけれど。


解散となり、広間を後にしたリュグナードはあちこちで囁かれている

言葉の裏側に潜む様々な感情に若干眉を潜めながら廊下を歩いていた。

知らず知らずのうちに大股になっていたのか、目的の部屋に

あっという間にたどり着いてしまい彼は暫しその扉前で立ち尽くす。


そして今朝からずっと心を波立たせていた

持て余すほどの苛立ちは不安から発生したものだという事を知った。

ふと浮かんできたのは一度もこちらを見る事のなかったアメジスト。

それを皮切りに次々と不安の理由が脳裏に浮かんでくる。


昨日彼女を応接室に迎え入れた際に合った目は何故か大きく見開かれ、

陛下との話の後キッと睨みつけてきた潤んだ瞳に浮かんでいたのは

色濃い困惑と微かな非難。

謝罪を込めた夕食の誘いは疲れた顔で断られてしまったし、

宿まで送っている間の会話は何処かぎこちなく態度は余所余所しかった。

そこまで思い出して、だからこそ自分が迎えに行きたかったのだと理解した。

ここ数日で知った彼女の人となりを、

あの気さくで無邪気な笑顔を見れる距離を手放したくなくて。

開いてしまった距離を少しでももとに戻したくて。

昨日の状況なら出会った当初のツンと尖った

素っ気なさの方が、まだよかったとリュグナードは思う。


だがそれも自業自得だと彼は理解している。

ソフィーリアにセラを騎士にしてはどうかと提案したのは自分だからだ。

それは純粋にソフィーリアたち兄弟の為になるからだと言う思いと、

父の友人であり自分も昔から世話になっているエリオルが抱える

深い傷をどうにかしたいという思いからだった。

間違った判断をしたとは思ってはいないしルドガーやジェイルに返した

「悪い様にはしない」という言葉から離れたものだとも思っていない。


けれどそれがセラにとって”そう”でなかったのだとしたら、

それは、嫌われてしまっても仕方がないのだろうと彼は納得した。

正直彼女に与えられた待遇は破格のものであり普通は喜びに飛び跳ねても

可笑しくないものなので嫌がられるとは思っていなかったのだが。

その理由はエリューセラだと疑われている事なのか、

それとも単に旅人としての自由から遠ざけられた事なのかは、

リュグナードにはわからない。


けれど自分のすべき事はわかっていた。

あの長い前髪の隔たりをなくした決意の宿る

真っすぐなアメジストがもう一度、自分に向けて微笑んでくれるように。

失ってしまった信頼を取り戻すために誠心誠意、心を込めて

これから慣れない騎士生活を送る彼女のフォローをしていこうと決めた。

そんな決意と共にぐっと握った右手で叩いた扉の先で

彼はその不安が杞憂だった事を知る。



扉を開けた途端に聞こえてきた「だからぁ!」という

その聞き覚えのある声にリュグナードは思わず眉を潜めた。

視線を向けると部屋の奥で男女がキャンキャンと言い争っている。



「なんでズボンなの!?

 女の子なんだからさぁ、スカートにしようよ!」

「スカートで護衛が出来るわけないでしょう」

「セラちゃんが護衛する必要なんてないでしょ?

 それは一緒に姫様に付いてる他の騎士たちがするって!」

「例えそうだとしても、スカートは嫌です」



一瞬何事かと思ったが聞こえてきた内容に

すぐさま状況を理解したリュグナードの優秀な頭が痛みを訴えてくる。

何やってるんだお前は…と従弟に対して呆れの感情が浮かび上がる中、

さあ出番だぞしっかり名誉を挽回せねばと湧き上がる下心を隠し

リュグナードは彼に気付かず言い争っている二人に近づいた。



「ミニがダメなら膝丈!

 いや、いっそのことロングでもいいからぁ…!」

「そういう問題じゃない!」



いつの間にかセラの手を取り、

必死に食い下がるアルフェリアにセラが敬語も忘れて

そう叫んだのと同時に、ガッとアルフェリアの頭が大きな手に捕まれる。

驚いた顔でリュグナードを見上げてるくセラに彼は精一杯の笑顔を返して

(ただし彼の表情筋は~以下略)固まっている従弟に絶対零度の一瞥をくれてやる。



「セラ殿に、何を、してるんだ…?ん?」

「あだだだだ…!いたい!

 ごめん、ごめんってリュー兄!謝るから、手ぇ放して…!」



頭蓋骨がミシミシと音を立てそうなほどに強い力と滅多に聞かない

従弟の地を這う様な低い声にアルフェリアは涙目で溜まらず懇願した。

情けない表情と声に眉唾を下げたリュグナードが

ふん、と鼻を鳴らして手を放す。

じとりと涙目で睨んでくる深緑に何か文句が?と視線で返していると

「リュグナード様」澄んだ声色に呼ばれ内心ドキリとしながら振り向いた。

逸らされる事無く交わった視線にもう一度心臓が跳ねる。



「ありがとうございます…助かりました」

「いえ、当然の事をしたまでです。

 と言うより寧ろ、従弟の無礼をこちらが謝罪をしなければ」



「申し訳ありません」の言葉と共に下がった黒髪と

無理やり下げられた赤毛にセラは「エッ」と素直な感想が口から漏れてしまい、

慌てて誤魔化す様に「大丈夫です!」と何が大丈夫か自分でも

わからないままそう告げた。セラの動揺が面白かったのかクスクス笑っている

アルフェリアをリュグナードが叱り付ける前に言葉を繋げる。



「リュグナード様に謝っていただく事ではないですし…

 あの、それより、従弟?」

「ええ。お恥ずかしながら」



疑いの眼で口にした疑問にしっかりと頷かれ、セラはマジかと内心で呟いた。

似てない…!とセラは失礼だとは思いつつも二人を見比べる。

黒髪とオレンジに近い赤毛、凛と涼し気な目元に甘く垂れ下がった目元、

クールな鉄仮面とチャラいが様になる笑顔。

二人とも背が高いイケメンである事くらいしか

共通点を見つけられないセラだった。



「でもさぁ、リュー兄だって勿体ないって思うでしょ?

 折角こんな可愛い女の子に俺たちと全く同じ騎士服なんて!

 もっとおしゃれで可愛い服にしたっていいじゃん!」

「…まだ言うのか…アル。これ以上セラ殿を困らせるようなら、」



怒られてもまだ不満を口にするアルフェリアにリュグナードが

呆れた視線を隠しもせずに”奥の手”を切り出そうとしたが、

それは袖口を引っ張る弱い力に驚きと共に喉の奥へと押し込まれた。

弾かれる様にそちらを向くと、セラが苦笑いを浮かべていて。

感じていた”距離”を忘れてしまいそうなほど自然体な彼女が口を開くのを

リュグナードは信じられない思いで見つめていた。



「リュグナード様、その辺で。

 それと私は今日から貴方の部下ですので”殿”も敬語も不要ですよ」



昨日の余所余所しさは夢だったのではないかと

自分の記憶を疑いたくなるほど、ごく普通に絡む視線に

リュグナードは心がざわつくのを感じそろりと視線を泳がせる。

するとその意味を違うふうに解釈した彼女が「ああ、これですか?」と

自分の短くなった前髪に触れてカラリと笑った。



「隠した所で無駄ですし、いっそ開き直る事にしました」



昨日、あれほど動揺し、気分を害した事は確かだろうに。

それを感じさせぬほどあっさりとそう言い切ったセラの潔さに

リュグナードはああ、セラ殿だ、と何処かほっとした面持ちでそう思った。

それと同時に先ほど扉の前でした決意を強く意識する。

”許してしまえる”彼女だからこそ、

もう二度と信頼を失う様な事はしまい、と。



「契約終了までよろしくお願いしますね」



にこりと笑う彼女のアメジストに、悪戯っ子のような光が宿った。

すっとその細くて小さな手が差し出される。

彼はその手がその華奢な作りに反してとても強かな事を知っている。

血の滲む努力を重ね、色んなものを救い上げてきただろう、その温かさも。



「王騎士隊・隊長リュグナード=エルトバルド様?」



彼女が放った言葉は出会った日をリュグナードに思い出させた。

けれど今目の前にいる彼女は今の彼の目には

あの日よりもずっと穏やかで、それでいてずっと、


――可愛く見えた。



「ああ、こちらこそ宜しく頼む。

 俺の事はリューでいいよ、――セラ」



握り返した手はリュグナードが知っている通り

剣を持つ者特有のマメが出来た暖かなものだった。

それがとても尊いものの様に感じた彼は

ゆっくりと目を細め、握った手にほんの少し力を込めた。

驚いたアメジストが丸く見開かれるのを見つめ返して、彼は満足そうに一つ頷く。

彼女と同じ表情で凝視してくる従弟の存在を綺麗に忘れて。


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