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15 ジョブチェンジ

リュグナードに用意された広く豪華な部屋で

明らかにお高いと分かる今の自分には不釣り合いな優雅なランチを

頂いたセラは磨き上げられた大きな窓から通りを行き交う人々を眺めていた。

その横顔は何処か憂いを帯び、

小さな唇からは今にもため息が漏れてしまいそうだ。


シャワーを浴びて旅の汚れを落とし、持っている中で

一番高く品のある服に身を包んだ彼女はいつもより大人びて見える。

一般的な女性らしいおしゃれとは程遠い相変わらずの

パンツスタイルではあるが、しゃんと伸びた背筋が良く映えて

”かっこいい”という言葉が相応しい感じに仕上がっていた。


眼下に広がる昔と変わらぬ美しい街並み。

ちらりと視線を上にあげれば、

多くの屋根の向こうに悠然と佇む白亜の城が見えた。

昔とは違う角度で見えるそのお城に住まうセラを呼び出した

女王陛下についてただの旅人である彼女が持っている情報は少ない。


公式の情報では去年、前王が他界したためファルファドス王国

24代目国王に即位した彼女の名はソフィーリアということ。

年はセラの1つ上で、来月18歳の誕生日を迎えるということ。

15歳の弟と、腹違いの7歳の妹がいること。

その儀母が今年の初めに亡くなったこと、くらいしか知らない。

噂では金髪青眼の美人で、賢く国民思いで人気は高いのだとか。


脳内で情報を引っ張りだして行き着いた先は

リュグナードの話を聞いてからずっと考えていた疑問だった。

どれだけ考えても決して出るはずのない迷宮に

入り込みそうになるのをセラは頭をふって、回避する。

考えずともすぐにその女王陛下から答えを貰うのだからと。


そんな事を考えながら迎えにくると言っていた

リュグナードを待っていると、不意にドアを叩く音が響いた。

彼だと思い「どうぞ」と入室を許可したのだが、現れたのは

オレンジに近い赤毛と垂れた深緑の瞳が印象的な、若い騎士だった。


セラは彼を一目見てそのアメジストを見開く。

それは決して彼がリュグナードとはタイプは違うが、

競えるほどのイケメンだったからではない。

たった今まで、忘れていた”怪奇現象”が

彼の背で咲き誇りキラキラと輝いていたからだ。


そんなセラを見てにこっと愛想よく笑った彼に

彼女が抱いた第一印象は”かっこいいがなんかチャラい”だった。

失礼にもほどがあるが、脳内で思っただけで口にしたわけじゃないから、

どうか許して欲しいと彼女は内心で言い訳をする。

ゲームや漫画なら女好きのタラシキャラ。

なんて言葉が脳裏を掠め、いやいや、人を見かけで判断しちゃいけない。

現実逃避を兼ねてそんな事を思っていた時だった。

いつの間にか目の前にやってきていた気配に意識を戻すと、

大きな掌にきゅっと両手を握られ目を瞬かせる。

いきなり何すんだこのイケメン。



「君がセラちゃん?俺はアルフェリア=ベルセリオス。

 気軽にアルくんって呼んでくれると嬉しいな。

 いやぁ想像してたよりずっと可愛いし!

 話には聞いてたけど、本当に凄く綺麗な瞳だねぇ!

 態々迎えにきたかいがあるよ」



なんて言いながら、にこにこと上機嫌そうに笑う彼、

アルフェリアにセラは反射的に半分閉じた目で見つめ、こう思った。

うん、やっぱり女好きのタラシ枠だったか、と。

そして一体自分はどれだけ同じ過ちを繰り返すのかと。

もう二度と油断しない。

鬱陶しいけど前髪は常に下ろしておく、と彼女は今更ながらに決意した。

例え既にリュグナードから情報が漏れていて意味がないのだとしても。


手を放してください、とセラが口を開こうとしたその時

足元から低く機嫌の悪そうな唸り声が響き、二人揃って見下ろすと

シロがアルフェリアの足元で小さいが鋭い牙をむいて威嚇していた。



「…犬?」

「噛まれたくなければ、今すぐ離れてください。

 この子こんな姿ですけど、噛まれると足がもげますよ」

「それは怖いなぁ」



思わずきょとんとするアルフェリアの大きな手にがっちりと

包まれている手を揺らしながら忠告すると

彼は苦笑いを浮かべて名残惜しそうにしながら手を放した。

その瞬間、セラは大きく二歩も下がり

代わりにシロが立ちふさがるようにその間に入った。

小さいままだが相変わらず大変優秀なボディガードである。



「そこまで離れる事なくない?」

「そうでもないです」

「あちゃー嫌われちゃった?

 ごめんごめん、謝るからそう睨まないでよ。

 さっきも言ったけど、君を迎えに来たんだからさ」



全然反省してなさそうな軽い口調で謝りながらドアを開けて退出を促す

アルフェリアにセラはその腕にシロを抱き上げて渋々と言った様子で従った。

前を歩く彼について宿屋を出れば、これまた豪華な馬車に出迎えられて

セラは面を食らい、ぽかんと立ち止まる。

そんな彼女を微笑ましそうに見やりアルフェリアがドアを開け

「さあお手をどうぞ、お嬢様」と手を差し出してくる。

リュグナードですでにお腹いっぱいなのに、胃を更にぎゅうぎゅうと

押されるほどのイケメンっぷりにセラは吐きそうになった。


乙女の憧れその2。

チャラいが、その分女性の扱いに長けた整った甘い顔立ちの色男。

彼と火遊びがしたい女性はきっと山ほどいるんだろうなぁ、なんて

思いながら引きつっているだろう口元をそのままに、セラは手を伸ばした。

四方から突き刺さる好奇と嫉妬の視線に最早、駄々をこねる元気もない。



――そして現在。

セラは通された応接室にてソフィーリア女王陛下を前に固まっていた。

数秒前まで



いやあまじで噂通りの美人。いや、想像以上だわこれ。

つかめっちゃ好みなんですけど!眼福眼福



等と内心でお祭り騒ぎのご機嫌だったのが嘘のようだ。

そんなセラを気にした素振りもなく優雅に紅茶を口に運ぶ

ソフィーリアに彼女はフリーズした頭を何とか再起動させ、

現状を打破するためにとりあえず現状を顧みる事にした。



えっと、アルフェリア様に応接室に通されて…

騎士様姿で出迎えてくれたリュグナード様に背後に…ってこれは今はいい。

考えちゃ駄目だ。脱線しまくる。

後で…正直気はすすまないけど、後で確認するから、今は駄目だ。


それからソフィーリア女王陛下にご対面。

ぶっちゃけさあ、何で彼女の背後に薔薇が咲かないわけ?

可笑しくない?さっきも言ったけどめっちゃ”薔薇の似合う”美人じゃん!

いくらイケメンでも男の背景に薔薇を咲かせてる場合じゃないよ、

彼女にこそ相応しいエフェクトなんだよそれぇ!!

…ハッ!駄目だ脱線しないように話を変えたつもりが、めっちゃ逸れてた…!

落ち着け、私。落ち着くんだ…!それは帰ってから、

何処に文句を言えばいいのかわらかないが、帰ってからにするとして。


今大事なのは…そう、状況を正確に理解することだ。

ええと、部屋に入ってからは勧められた深く味のある藍色の

ふかふかのソファに腰に座って出された美味しい紅茶とクッキーを

頂きながら、陛下に聞かれるままにこの国や旅先の町々での出来事、

時折首を突っ込んできた事件などの詳細をお答えして…


そうだ、陛下のご兄弟のお話になったんだ。

特に母君を亡くされたばかりのまだ幼い妹君、シャーロット様について。



大混乱のまま脱線しながらもそこまで振り返って、

また考えるのを拒否するようにショートしかける思考に

鞭打ってセラはその先の言葉を思い出した。



「我が妹シャーリィ付きの騎士になってくれないか?」



脳裏で再生した言葉すら上手く飲み込めずたっぷり間を頂いて、

もう一度繰り返し、セラは噎せ返るように言葉を発する。



「え、えっと…騎士、ですか?私が??」



今まで落ち着いた様子でハキハキと受け答えしていただけに、

明らかに様子の違うその声と言葉はセラの動揺を正確に表していた。



「そうだ」



返ってきた答えは短いが、それだけに妙な決意が垣間見えた気がして

セラはソフィーリアの斜め左後方に控えているリュグナードにちらりと

視線を送るも、じっと見つめ返されるだけで何の助けにもならなかった。

ちなみに右側にいるアルフェリアは何がそんなに面白いのかと

言いたくなるほどにこにこと機嫌よさそうに笑みを浮かべている。


戸惑い、困惑し、途方に暮れそうになるセラの揺れるアメジストが

ひたと真っ向から美しいシーブルーに縫い留めらる。



「何もずっとと言うわけではない。

 そうだな…私が弟に王位を譲るまでの契約でどうだ?」

「どう、と言われましても…あの、」

「貴殿と話をしてみて思ったのだ。

 今、あの子に必要なのは恐らく貴殿のような人だ、と」



何やらとんでもない方向に話しが向かっている。

耳の奥で警戒音が鳴り響き、心なしか目の奥がちかちかと

点滅している様な気さえする心境で如何にかソフィーリアの話を

遮ろうとするも、澄んだシーブルーから目が逸らせない。



「私たちではもう、どうにもできないのだ。

 忙しさを言い訳にするのは間違っているとわかっている。

 だが、気づいた時には、遅かった。

 今更何を言ってもあの子の心には届かない」



長くボリュームのある睫毛に縁どられた宝石の様に美しい

その瞳の中に兄弟を真摯に思う憂いを見つけてしまえば、

脳内がどうしようの言葉で埋め尽くされていても

セラは口を閉ざすしかなかった。


前世で散々した後悔を繰り返したくなくて。

”ああいう人になりたいな”と憧れるだけで何一つ実行できなかった

前世を悔いるからこそ”お節介だと分かっていても放っておかない”

今の自分を作り上げたのに。

まさかそれを後悔する羽目になるとは、と泣きそうな

気持ちにすらなりながらも、ぐっと耐えてシーブルーの瞳から

無様に逃げ出したりしないように、必死に。


本当は逃げ出したい。

ここにいては傷つけてしまう人たちがいるから。

ただでさえ癒えていない彼らの傷を

更に押し広げるような真似だけはしたくない。

そう、思うのに。



「だから、どうかお願いする。

 姉失格の不甲斐ない私の代わりに、あの子の笑顔を、

 あの天使の様な愛らしい本当の笑顔をどうか取り戻してやって欲しい」



真摯な声と切実な言葉と共にゆっくりと

下げられた金色に、セラの頭は真っ白になった。

今まで脳裏を占めていた感情全てをものの見事に吹き飛ばして。

彼女の細い肩から滑り落ちた、優雅に波打つ金色にハッと我に返り

真っ白になったままの頭で口に出した言葉は。



「あ、頭を上げてください陛下!

 私に出来ることなら、何だってお手伝いさせて頂きますからぁ…!」



恐らく、転生してから出した声の中で一番情けないものだった。

それでも顔を上げたソフィーリアが今までの憂い顔から一転し

ただでさえ美しいお顔に嬉しさを前面に押し出した

満面の笑みを浮かべてくれたので、

もう、それでいいやとセラも笑みを返した。

いつものように微笑んだつもりだが口の端が引きつっていても、

どうか見逃して欲しい。思わず遠くに投げてしまう視線でセラは

何故か満足げに頷いているリュグナードを見つけた。



お ま え か ぁ !?



くそう、イケメンだからって何してもいいと思うなよ!?

というかほら見ろ、貴方にとっていい話でも

私にとっちゃやっぱりいい話じゃなかったじゃないか!


心の内を過去最高に荒れ狂わせながら散々喚こうが、

当然声に出さない限り伝わりやしない。

ダークブルーと目が合ったので思いっきり睨みつければ

パチリと瞬いたあと白々しく逸らされ、舌を打ちたい気分になったセラだった。

彼女の味方はそれまでは足元で丸くなっていたのに

膝の上に飛び上がってきて「きゅーん?」と

心配するように鳴き声を上げたシロだけだった。

ふわふわな小さな体をぎゅむり、と遠慮なく抱きしめて

彼女は行き場のない遣る瀬無い気持ちを抑え込んだ。

15話目にしてようやく旅人→騎士へ転職(ほぼ強制)笑

予定ではもう少し早くここまでくるはずだったんですけどね…


さて、これからは騎士になったセラと

続々と登場する新キャラたちのお話になります。

お読み頂いている方々、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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