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11 ルドガーとジェイル?

「あーっ、食った食った!

 シロお前ほんっとに便利だよなァ!」



相変わらず振り続ける雨の中、

ルドガーの満足げな声が先頭を行く白い狼に投げかけられる。

どうやら休憩を取った洞窟で食べた少し遅めの昼飯が随分とお気に召したらしい。

彼にとっては誉め言葉だったのだが、シロはルドガーの言葉のチョイスが

気に入らなかったようで、ギロリとその美しい金色の瞳で彼を睨んだ。



「ちょっと、ルドガー。私のシロを便利だとか言うのやめてくれる?」

「だはは!悪ィ悪ィ。だがよォ、普段の俺たちの飯を思うと

 どーしても言いたくなっちまうわけだ」



そしてルドガーの言葉は彼の後ろを行く馬車にお邪魔しているセラの耳にも

届いたようで、すぐさま良く通る声が不満げな響きを乗せて飛んでくる。

昼食時にすっかり仲良くなったらしい少女たちが彼女の周りを取り囲んでいて、

一番幼い子はセラの膝の上で機嫌よさそうに笑っていた。

行商の一行は全員で12名。どうやら全員が家族だそうで、

棟梁夫妻の息子が2人にそれぞれのお嫁さん、彼らの子供たちが合計で6人いる。

ちなみに全員女の子なのでとっても賑やかだ。


セラの不満に軽い調子で謝ってから「なァジェイル!」とリュグナードと共に

二台の馬車を挟んで最後尾を進むジェイルに話しを振ると、

聞こえていたらしい彼から「まぁな」と同意する声が上がった。

午前中とは違いこうして軽口を叩いているのは馬車が加わり

”静かにこっそり進む”ことが出来ないので開き直った結果である。

どうせなら喧しいくらいの方がモンスターも寄ってこない、というのが

ベテラン二人の言い分だ。

なのでセラは子供たちと一緒に流行りの歌ったりして遊んでいた。

セラがついルドガーの言い分に文句を飛ばしても、

子供たちは気にせずセラが教えた歌を上機嫌で大合唱している。

時刻は降り続く雨のせいで分かりにくいが夕方。

場所は王都まであと半分といったところで、

もう少し進んだ先で今夜は一泊する予定である。



「狩り上手なヘル=ヴォルフと違って

 ウチの相棒たちはシロに言わせりゃ狩られる側だしな?」

「全くだ!あー、どうせならよォシロ。アイレ=ストルッツォを

 狩ってきてくれてもよかったんだぜ?お前大好物だろォ?」

「全く…シロの方がデリカシーってもんがあるぜ、ルドガー!」

「ジェイルの言う通りだわ。

 その辺にしとかないと、ご立腹な相棒タンドリーに振り落とされるわよ」

「おっと、そりゃ勘弁」



賑やかで微笑ましい歌声をBGMにリュグナードは

ジェイルと共に行商の棟梁から事の経緯を険しい顔で聞いていた。

途中、不意に聞こえたルドガーのあんまりな言葉を聞き逃せなかったらしい

ジェイルが声を張り上げて窘める。同意するように彼が跨っているローストが

カチカチと嘴をならした。


本当ならばこの聞き取りは昼食時に行いたかったのだが、

ルドガーやジェイル、そしてセラにまで止められてしまい、今に至る。

彼ら曰く、ご飯は美味しく楽しく食べるべきとのことだったが、

それは被害にあった彼らへの気遣いだという事を昼食を通して彼は思い知った。

何故なら賑やかな(主に三人)食事が終わるころには強張っていた顔に

ちらほら笑顔が灯るようになっていたからだ。

馬車は倒れ荷物が散乱して辺りに血がついている、という悲惨な外観の割りに

幸いにも死者も重傷者もおらず、軽傷ばかりだったというのもあるだろうが。


棟梁の話ではどうやら護衛を頼んだ

傭兵を名乗る男たちに騙されて森の中に放置されたらしい。

とんでもない話だが、悲しい事にそう珍しくないのが現状であり

現在女王陛下の頭を悩ませている事案でもあった。

全く嘆かわしい…!と更に眉間に皺を寄せ考え込む様に黙ったリュグナードとは

正反対に前方のルドガーとセラの会話は何処となく弾んだ様子で続く。



「そういや、セラ。

 さっきのモンスターはエギーユ=ラパンで間違いねェか?」

「ええ。よくわかったわね?」

「馬車に何本かコレが刺さってたからなァ…」



ふと思い出したように話題を変えた

ルドガーにセラは少し驚いたように目を丸くして頷いた。

彼らが到着した時にはモンスターたちはもう茂みの向こうへと逃げていたのに、と。

その疑問にルドガーはベルト(ナイフ等が何本も刺さっている)から

答えを引き抜きひらひらと振って存在を主張する。

30㎝ほどもある長く太いそれは

尖った方へ赤黒くなるグラデーションになっていて

エギーユ=ラパンの毒針であることがすぐに分かった。

そう強くはないが刺されると手足がしびれる神経に作用するタイプの毒だ。



「2,3本いるか?」

「もらうわ。代わりにアイレ=ストルッツォの爪なんていかが?」

「おっいいねェ!こりゃ当分いい酒が飲めるぜ!」



ルドガーの問いにセラは迷うことなく頷いた。

こうしたモンスターの針や爪などは旅人にとっては貴重な収入源である。

エギーユ=ラパンの毒針は毒を抜いて粉末にすれば

薬になるので実はそれなりの値が付く需要の高い素材だ。

セラが代わりにと差し出したのは

先日シロが狩ってきたアイレ=ストルッツォの爪。

大きく淡いピンクに色づくこの爪は一般的にアクセサリーに加工され、

可愛らしい色と何より希少価値の高さからとんでもない高値で売買されている。

本来なら対価になどなりえない物々交換だが彼らの間では当たり前のことだった。

今回はセラの方がより良いものを出しただけで、トータルするとどっこいどっこい。

どちらか一方だけが得をするような関係であるはずもなく、

そしてお互いにそれを熟知しているからこその気軽さである。



「でもエギーユ=ラパンってもっと南の方で生息してるモンスターよね?」

「まァな。こういう事は縄張りを追い出されたりして

 昔っからちょくちょくあるが、最近は特に頻発してる気がすんだよなァ」

「それ私もわかるわ。この間なんて

 ベルセリオス領でジャイアント=テディと鉢合わせたのよ」



交渉が成立した所でセラが気になっていた事を口にすれば

いい酒が飲めると上機嫌になっていたルドガーが難しい顔をして頷く。

つられるように顔をしかめたセラがルドガーの独り言の様な言葉に力強く頷き、

愚痴る様に情報を提示すればぎょっとした顔で振り返ったルドガーに

「お前よく生きてんな」まじまじと言われ「おかげさまで」と肩をすくめて返した。

正直あの時は死ぬかと思った、と心の中で付け加えて。



「騙した男たちについては騎士団で必ず捕まえます」

「そいつらの人数とおおよその年齢はわかるか?

 あとは…まぁ偽名だろうが名前も」

「はい。人数は五人、何でもその中の二人が有名な傭兵だとか言ってました。

 年は20後半が三人、30半ばが一人、後は40前半ってとこですかねぇ…」



リュグナードの強い意志の事持った言葉に

何故かジェイルが満足そうに頷き、棟梁に話しを振る。

素直に答える棟梁だったが、不意に言葉を詰まらせた。

困っているような雰囲気で視線を彷徨わせる彼をリュグナードが

不思議そうにしながら視線で続きを促すと言いづらそうに口を開く。



「あと名前は確か…エド、マーク、アックス、それから…」

「それから?」

「あの、ルドガーとジェイル、です…」

「あ?」

「なんだって?」



突然上がった良く知る名前に当の本人たちがいち早く反応した。

前方でセラと話していたルドガーも思わず怪訝な顔で振り向く。

思わず飛び出たと言った感じの

二人の低く柄の悪い声に人の良さそうな彼は小さくなった。

そんな棟梁に道理で昼食時に二人を気にしていたわけだと納得する。



「つまり二人の成りすましが出たって事?有名人ねぇ」

「王都から態々お迎えがきたお前にだけは言われたくねェぞ?」

「全くだ」



前方からセラのからかうような呑気な声が響くが、

真顔で冷静に反論したルドガーとすぐさま同意の声を上げた

ジェイルに「ごもっともで」と彼女は肩を落とした。



「俺たちの名を騙ってるなら俺たちだって放ってはおけない。そいつらの特徴は?」

「お二人を見ていたら騙されたのが情けなくなる程、貧相な偽物でしたよ…」



腕が立つと有名な傭兵たちの名前だったから

信頼してお願いしたのに…と元気のない笑みを浮かべた棟梁。

その背には哀愁が漂っており、

それを見たジェイルはルドガーの大きな背に向けて呼びかける。

何故か呆れた顔で振り向いたルドガーはジェイルの言いたい事を理解している。

仕方がなさそうに「へいへい」と頷きながらも

笑っているのは彼もまたお人よしだからだ。



「貧相だろうがなんだろうが、俺たちの名前を騙ったんなら

 そいつらに支払ったっていう報酬は俺たちが貰わねェと。なァジェイル?」

「そうだな、ルドガー。全くもって、その通りだ。

 今回の報酬も含めて偽物たちにしっかり払ってもらうとしよう」



二人の言葉に棟梁と家族たちは「ありがとうとざいます…!」と

深々と頭を下げたが、ニヤリと悪どい顔で笑ったルドガーと

圧を感じる笑顔で言い切ったジェイルを見たセラとリュグナードは

馬鹿な事をした偽物たちに自業自得だがご愁傷様、と内心で十字を切った。



「…あの、捕まえましたら、騎士団へ連行して頂いても?」

「お安い御用さ」



思わず下手に出たリュグナードにそれはもう綺麗な笑顔で

ジェイルが頷いたのでこの件に関して騎士団に出番はあるのだろうかと思った。

勿論騎士団を動かすつもりではいるが、

恐らく彼らの方が早く捕まえるのだろうなと直感が告げている。

彼の脳裏にはすでに偽物たちの首を引っ掴んで

何故か騎士団と揉めている二人の姿が浮かんでいた。

兎に角この事は団員たちにしっかり伝えておこう、と心に決めた。

間違っても、本物のルドガーとジェイルに偽物疑惑を吹っかけたりしないように。


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