10 世は情け
リュグナードはセラとの二人旅のままなら街道を行く予定だった。
何故ならその方が日数はかかるものの安全だからだ。
いくらセラがこの危険な森を一人(と一匹)でうろつける実力があったとしても
彼にとって女性は守るべき存在なので危険が伴う道を選ぶ気はなかった。
けれど人数が倍になり、更にはその増えた二人がセラが太鼓判を押すほどの
旅のエキスパートであるならば話しは少々変わってくる。
セラを知れば知るほど早く陛下に彼女を会わせてあげたいという気持ちが強くなっていた。
土砂降りの雨が屋根を叩く音をBGMに馬小屋で旅路を話し合った結果、
森の中を進むことにした4人はそれぞれの相棒に跨り
モンスターと遭遇しないように辺りを警戒しながら黙々と王都を目指していた。
傭兵二人が跨る相棒は二息歩行の大きな鳥型のモンスターで
種族名はアイレ=ストルッツォ。ちなみにシロの大好物の魔物なのだが、
賢いシロは二羽を前にしきりに舌なめずりはしても決して噛みついたりはしない。
二羽も二羽でその事を理解しているため
一定の距離を保ちながらも怯えることはなかった。
これまた珍しいモンスターの登場に驚くリュグナードに、
「いや、一番珍しいの連れてるのお前だろ」と三人が突っ込んだが、
どっちもどっちだと誰か彼らに言ってやって欲しい。
もしモンスターに星をつけてレア度を示すなら間違いなく、
シロとエクエスは☆5、アイレ=ストルッツォは☆4が輝くだろう。
遭遇確率を%で表すなら☆5が2~3%、
☆4で10~15%といったあたりだろうか。
モンスターというものは種族ごとに”スキル”と呼ばれる特殊能力を持っている。
アイレ=ストルッツォが持つスキルは「空気化」
文字通り空気になることが出来る。効果は最大で3分。
この厄介なスキルの所為で人口飼育は出来ず、また捕獲も困難を極める。
時折市場で出回る彼らの肉は貴族でも躊躇う程の価格を叩き出すことで有名だ。
だが、一度その味を知ってしまえば馬鹿みたいな金額を払ってでも
また食べたくなるほどに美味しいので売れ残る事はない。
エーデル=ベナードは「統率者」
下位のモンスターを従えることが出来る。
これによりエーデル=ベナードはかつて平原の支配者と呼ばれ、
彼らにとっての脅威はスキルの効かない人間だけだった。
現在は野生は存在せず王都にある”王の庭”と呼ばれる
広い森で騎士や一部の貴族たちにより大事に飼育されている。
ちなみにセラが連れているシロ、
ヘル=ヴォルフのスキルはというと明らかになっていない。
これは調べようと近づいた者が帰って来ず、
その生態が全く把握できていないためだ。
危険すぎるので見つけたら即座に逃げろが当たり前なモンスターなのである。
リュグナードも昔図鑑で見ただけで実物を見るのはシロが初めてだった。
セラは勝手に「フリーサイズ」と呼んでいる。
自身の姿を子犬~成犬(Maxサイズでおおよそ5メートル)に調節出来るためだ。
何故ルドガーとジェイルの二人が
そんな珍しいモンスターを連れているのかというと、
そう大層な理由はなく偶然が重なった結果である。
突然手に入った貴重なモンスター。当時まだ小さな雛だった二羽を
大きく育ててから食べようと目論んでいるうちに情が移っただけの話である。
なんせ飼育不可能と言われるモンスターなのでしっかり見張っていたというのに、
彼らは逃げもせず寧ろ慕うようにピィピィ鳴きながら後をついてくるのだから、
可愛がるなという方が無理というものだ。
付けた名前がタンドリーとローストである事を二人は後悔したが、
当時は食べる気満々だったので仕方がない。
蛇足だが、番にして卵を産ませようとしたらどちらも雄だったという
オチまでついているのだからどうにも憎めない二人なのだった。
そう深い傷ではなかったがたった三日で完治させたシロの背で揺られ、
セラは前を行くリュグナードの背中を見つめ物思いに耽っていた。
いつもならばこんな浅はかな真似はしないのだが、
今は先頭にルドガー、続いてリュグナード、
セラの後ろにジェイルという彼女を中心に安全な布陣が完成しているため、
少しくらい気を抜いたって平気なのだった。
それぞれが跨る相棒たちが危機察知能力に
長けた種族ばかりだという安心感もある。
正直に言うと、セラは現状に驚いている。
出会ってからの二日間で表情に出ないだけで、実は気さくで
肩書や身分で人を見ることのない人だと感じてはいたけど。
まさかリュグナード様がまだ常識のあるジェイルはともかく、
無礼極まりないルドガーとまで打ち解けるとは、と。
騎士と傭兵または旅人は昔から折り合いが悪い。
正義と規律を重んじる騎士団と、何よりも自由を愛する傭兵や旅人では
考え方が根本から違ってくるのだからそれは仕方がないことだとも
言えるだろうが、例え同じ目的を持っていてもいがみ合うので非常に効率が悪い。
セラの目には彼らもそれぞれに当てはまるように見えた。
それなのに実際の彼らはごく普通に打ち解けていて、
セラは不思議に思いながらもこの現状をそれぞれの人柄が
絶妙な塩梅で一致した結果だと結論付けた。
自身が研磨剤になっていたとは思いもせずに。
そしてふと長年の中の悪さが固定概念と化し、お互いが良く知りもしないまま
毛嫌いしていたのだと彼らを見ていてセラはそう気づかされた。
騎士にだっていい人はいるし、傭兵や旅人にだっていい人はいる。
当たり前のことなのに面倒くさがって歩み寄ろうとしなかった。
なんせたどり着いた町や村で何か事件が起こると騎士団に
真っ先に疑われるのが、旅人や傭兵なのである。
だから基本的に人見知りもせず
寧ろ積極的に寄って行くセラも騎士だけは敬遠していた。
だが、歩み寄った結果がこの彼らの様な関係になるのならば
今後の見直しは必要だなぁ、とセラはそう思う。
無駄な努力で終わる事もあるかもしれないが
それでも人と出会い別れるのが旅の醍醐味でもあるのだから。
ふ、と笑みを零したセラだが昨夜、不意に見せた声を出して笑う
リュグナードの姿を思い出し人知れずうっすらと頬を染めた。
硬派な男前系イケメンの笑顔の破壊力といったらとんでもなかった。
普段表情筋が死んでるせいで余計にふり幅が大きく、
正直に白状するとめっちゃ動揺した。
動揺しすぎて暫くリュグナード様の方を見れなくて、
必要以上にルドガーとジェイルに突っかかったような気がする。
イケメンへの耐性はジェイルのお陰で相当鍛えられてる方だと
思ってたんだけどなぁとセラはぼんやりそんなことを思った。
「この先に小さな洞窟がある。そこで昼飯にしようぜ!」
先頭を行くルドガーの言葉にそれぞれが了承の声を返したその時。
雨音を切り裂くような轟音が飛び込んできた。
雷ならばそう驚く事ではないが今聞こえたのは爆発音であり、
それは近くに人がいる事を示していた。
さっと目の色を変えたのは全員だったが、一番先に飛び出したのはシロだった。
その行動の速さはセラと10年も共にいる賢い狼が
彼女の性格を正しく理解している結果とも言えるだろう。
列を離れ悲鳴が聞こえた方へ一目散に駆けていく。
「こら待て!セラ!!」
「セラ殿!!」
「っあんのお転婆がァ!」
三人がすぐさまその後を追いつつ、
制止の声を上げるもぐんぐんとスピードを上げるシロの足を止めるには至らない。
木々の間を縫う様にすり抜けるふさふさの尻尾を彼らは見失わないように
必死に追いかけた。
よーいどん、で平地を駆け抜けるなら断トツでエクエスが勝つのだが、
残念な事に今彼らが進んでいる森のような場所ではシロに分がある。
逃げる=空気化することが出来るアイレ=ストルッツォはもとより論外で
足音を頼りに付いていくのが精一杯だった。
暫くすると喧騒が聞こえてきた。
どうやらモンスターに襲われている集団がいるらしい。
全員がいつモンスターが飛び掛かってきてもいいように剣を抜く。
「何故こんな場所に!?」
「この先に古い街道がある!新しく安全なのが出来て
めっきり使われなくなっちまったはずだが、
俺たちみてェに近道を選んだ奴がいるみてェだなァ!?」
「力量もわきまえず、自殺行為もいいとこだがな!」
雨音や喧騒に負けぬように張り上げたリュグナードの疑問に
怒鳴り返す様にルドガーが答え、ジェイルの厳しいがごもっともな言葉が続く。
そんな会話をしている間に、先頭を駆けていたシロの咆哮が響いた。
続いてキュウだのギャンだのという獣たちの悲鳴がこだまする。
三人が現場にたどり着いた数秒の間で勝敗は決していて
転倒した馬車や人の陰から逃げだし素早く茂みの中へ消えていった。
「大丈夫ですか!?」
「な、なんとか…」
「助かった…?」
それを森の奥へと追い立てる様に追いかける
シロの背から飛び降りたセラが状況についていけず武器を持ったまま
ぽかんとしている人々の元へ駆け寄り声をかける。
頼りない返事ではあるものの見渡す限りでは
重傷者はいないのでセラはほっと胸を撫で下ろした。
次の瞬間、彼女の頭に勢いよく拳が落とされる。
「いっ!?」
「こんのじゃじゃ馬お転婆娘!!ちったァ俺らの言う事も聞けやァ!!」
「自業自得だ馬鹿娘め」
「セラ殿、無茶は関心しません」
思わず頭を抱えて蹲るセラに覆いかぶせる様にしてルドガーの怒号が飛ぶ。
鼻息荒く肩を怒らせる彼の後ろにはやれやれと言わんばかりのジェイルと
ほっとした様子のリュグナードがいた。
セラが痛みから薄っすら涙の浮かんだ目で三人を見上げ気まずそうに
「…ごめんなさい…」と呟けば「ったく、いい加減学習しろ」
「無事ならそれでいい」「今後は無茶をならさぬように」と小言は貰ったものの、
手短に説教は終了した。そしてすぐさまそれぞれが慣れた様子で場の収集にあたる。
「みなさんもう大丈夫です!
襲っていたモンスターは逃げていきました!」
「今すぐ治療が必要な方はいらっしゃいますか!?」
「ほら、おっさんたちいつまでそこに座ってる気だ?立てるか?」
リュグナードは人々を安心させるように声を張り上げる。
凛としたその姿に徐々に人々が恐怖から解放されていく。
セラは声をかけながら怪我人をチェックしてまわり、
ほっとした空気が漂い出す中でジェイルが未だに座り込んだままの
人たちに手を貸し立ち上がらせる。いつまでも地べたに座り込んでいては、
もしまたモンスターが襲ってきた時にすぐさま餌食になってしまうからだ。
血の匂いがするこの場を出来るだけ早く離れなければならない。
「無事な奴は馬車を起こすのを手伝ってくれ!」
見るからに力のありそうなルドガーの呼びかけに寄ってきた数人の男たち。
その中に応急処置などを終えたセラがちょこんと混じっているのを見つけた
ルドガーが呆れたような顔でため息を付く。
そして馬車に手をかけ号令を待っているセラの首根っこを掴んだ。
「ぅひゃあ!?」と妙な声が上がったが問答無用で立ち上がらせる。
「セラ、なんでお前まで参加しようとしてんだコラ。
こういう力仕事はなァ男に任せときゃいーんだ馬鹿娘が」
「そうだぞ、お前はあっちで泣いてる子供の面倒でも見てこい」
「…はーい」
ジェイルにまで必要ないと言われ、セラは素直にその場を離れた。
ちらりと振り返ると「せぇーのっ!」という掛け声に合わせて
ルドガー、ジェイルに加えリュグナードまでもが
馬車を起こすために泥まみれになっている。
ジェイルに言われた通りに子供たちの元へ向かおうとしていたセラだが、
ふと近づいてくる獣の足音に気づいて足を止めると、
一仕事終えたエクエスがいて思わず真顔で頭を下げた。
「…お帰りなさい、エクエス。ご苦労さまです」
セラの言葉に満足そうに鼻を鳴らしたエクエスが通り過ぎ、
その後を2匹の大きな牛型のモンスターが付いて行く。
どうやら馬車が転倒した際に逃げてしまった事には気づいていたが、
まさかその2匹を捕まえてくるとは。
流石スキル「統率者」持ちの上位モンスターである。
最悪シロとエクエスに引いてもらおうと思っていたのだが助かった。
続いて戻ってきたシロは大きな猪の様なモンスターを引きずっていて、
しっかり大人数分の昼飯を確保してきた相棒のぱたぱた揺れる尻尾に
「ご苦労様、いつもありがとうね」とセラは彼の頭を撫でた。
全く、頼もしい相棒たちである。が、当然そんな彼らを見て
漸く鎮静しだした子供たちの導火線に再び火が付かないはずがなく。
「あっ、ごめんね!びっくりしたよね!?
でも大丈夫だよ、あの大きな鹿と狼のモンスター私たちの味方だから!」
再び雨音に負けぬ勢いでギャン泣きし出した子供たちにセラは慌てて駆け寄った。
どうにか子供たちをなだめる事に成功したのは数分後、
泥に汚れていても輝かしいほどのイケメンであるリュグナードとジェイルが
大丈夫かと様子を見に来てからだった。
びっくりするくらい突然いい子になった子供たちを見回して、セラは納得した。
なるほど、女の子ばかりである。