Ⅵ
心は荒れ模様
今年のゴールデンウィークは七日間、もある。私にとっては地獄の七日間。逃げることが出来るなら、誰も居ない孤島に行きたい。
ゴールデンウィーク前半戦
紫炎が招待されている華道や茶道やらの家元の集まりに、代理で出席しなければならないのが苦痛で仕方ない。
元々、出なくても良いものなのだが、繋がりを持ちたい者達が始めて定着してしまっているのだ。
どうやら、派閥まで出来ているらしい。
今では縁続きになりたい大人の、見合いの場と化している。乗り気で無い子息令嬢にしてみれば、いい迷惑である。
そんな中、今回は紫炎の代わり私が出ると言うので、ほぼ全員参加になっていると聞く。
くだらない習慣を打ち切ってくれるだろうとの期待かららしいが、此方としてもいい迷惑と以外に言い様がない。
それに今回のゴールデンウィークは、華月の子である蓮の面倒も見なくてはいけないのだ。
体調を崩している華月に代わって、幼稚園児の蓮を如何に楽しませるか(寂しい思いをさせないか)が、今回の松葉の家の者達の課題なのである。
よって前者は、ほとんどやけっぱちでの出席となる。
もともと葉様や紫炎すら出席してなかったものに、行く必要性すら感じない。
・・・・・・・・・
そして、結局、蓮の面倒は雛がみることになった。
「お前は何かと忙しいだろう?こっちは任せとけ!」
と言われたのだが、本心は自分の物も買えるからラッキー、なのである。
蓮の面倒を見る時の費用は全て華月持ちだから、雛にしてみればこんな時にしか欲しい物を買えないのだ。
バイトが出来ない雛にしたら、願ってもない事なのだが。その嬉しさをそのまま向けられると、腹立たしさか湧いてこない。
そんなほくほく笑顔の雛のペット(ピラニア達)に、一撃加えたのは仕方の無いことだと思う。ストレス溜まって禿げそうだ。
その日の夕方、雛の悲鳴がこだましていた。
誤解のないように言っておけば、ピラニアには傷ひとつ付けていない、というか、最近ピラニアも分かってきたのか、宙に舞う度綺麗に飛んでいる。
鯉かよ!!
えっ?水仙やひい様も居るのに何故に雛菊って?
水仙は勉強は見るけど、遊び相手としては不向きなのである。慎重型なので、蓮にしてみれば刺激が足りないのだ。なんてったって蓮は男の子。激しくやんちゃなのである。私にもよく布団等に投げられている。
嬉しそうにしてくれるのはいいが、それを華月に求めて華月がダウンした事がある。だから連れ回すのは私か雛しかいないのだ。ひい様は歳だし(と言っても59だけど)、ひ孫の守は大変だし(父親に似て激しい)。
グダグダ言っていても先には進まないので、ため息混じりに用意を進める。
白扇を二本、筆ペンも持ち合わせておく。今回は四家と行動を共にしないから、絶対と言っていいほど問題も起こる。舐めて掛かられるのは癪なので、万全を期して行かねばならない。葉様の時からの知り合いも来ているかもしれないが、当てにしない方が良いだろうとも釘を刺されてしまっている。己の得意分野で攻めるしかなさそうだ。
松葉に戻ってからは、書道も再開した。水墨画も昔は描いていたので、昔よりこと細かく描けるようにしていて損はないとも思った。
華道は壊滅的に駄目(花が可哀想な事になる)、茶道に関しては一通り出来るだけで粗探しでもされれば、ツッコミどころ満載である。まあ、そんな人間相手にしないけれども。
そして忘れてはいけないのが、松葉の者たる証の金の鈴。名を表すものが刻まれてるのが特徴だ。
私の場合はあやめの花が刻まれている。因みに紫炎の場合は、松の葉に炎が描かれている。
着ていく着物は、代々当主が着る羽織袴。家紋が一段と映える作りになっている。私仕様にされているが、昔も葉様に付いて回っていたので、着慣れているから問題は全く無い。仕事着としても使用するし。
見慣れていない者にしたら、不快にしか思わないだろうけど・・・。
開催場所までどのように行こうか迷うところでもあるが、今考えても仕方ないので当日考える事にした。
取り敢えず、どうしようもないので、寝る。寝てしまおう。寝るしかない。
おやすみなさい~。
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そして・・・・
やって参りました!やる気の出ないゴールデンウィーク!
押し付けることが出来るなら、雛菊に全て押し付けたい。
朝から蓮とご飯食べて用意してたけど、嬉しそうに、楽しみにしてるのが良くわかった。
私は憂鬱な気分のまま身支度を整える。
そういえば雛は?っと、気配を辿れば、何やらにらめっこ中。
何をしているのか覗き込んでみれば、絵本やDVDを見ていた。
どうやら蓮の面倒を見るにあたって、華月から渡されたようだ。人の多いとこでの注意や電車を乗る時のマナー等らしい。
それはそれで大変だなと思いつつ、気をつけて行くように声をかける。面倒見のいい雛の事だから、はぐれたりはしないだろうけど。
街中でも雛目当てに寄ってくる女は多い。特に年上。変なフェロモンでも出しているんだろうか?と思う時がある。本人はあくまでも笑顔で面倒くさそうに応えてるが。
嬉しそうな蓮と雛を見送り、自分も家を出た。遅れても問題無いが、やるべき事はしておかないと。
ひい様が見送ってくれた時、忠告だけされてしまった。
「反感を買うのは構わないが、己の身を危険にさらすのは止めなさい」
と。
自身の事にそれほど気を使っていなかったので、有難く受けておいた。私の心配をしてくれるのはひい様位のものだから。
見上げた曇り空はまるで私の心情を写しているかのようだった。
駅に着くと声を掛けられた。
応える気もなかったが、一応の礼儀として振り向けば、見知った顔がそこにあった。
葉様の時からの付き合いで、仕事の時に華を生けて貰っていた家の子だ。
私より年上で確か今年度で大学を卒業するはず。肩甲骨位まである艶のあるストレートの髪を束ね、穏やかな顔に似合わずキツイ言葉を発する兄と、それとは正反対のショートの癖のある髪に、奥手なのにキツイ顔立ちが印象の妹との双子だ。名字は忘れたが、確か兄が蓮翔で妹が蓮華だったはず。
珍しく家元のお爺まで居た。何故にお爺って?そりゃあ昔からそう呼んでいるから。三人とも各々に似合った、落ち着いた和装だ。
双子と居るのは辛いが(殆ど話したことない)、お爺がいれば空気も和む。と思いきや、双子にしたらとんでも無かったらしい。ただでさえ家の中でも厳しいのに、外でもやられたくないらしかった。
まあ実際相手をしたのは私だったので、重い雰囲気にはならなかった。
逆に二人で盛り上がっていた。主に昔話で。
お爺は葉様の事をかなり気に入っていたから。
ついでで私の事も気にかけているのだと思いきや、幼い時の根性が気に入られていたらしい。
華道の基礎を習いたいなら、いつでも来るといい。とお誘いも受けた。だが、育てるのは好きだが、どうにもこうにも感性が追いつかない。変に花を手折るなら初めからしない方がマシというもの。
そう伝えれば、あれだけ見事な水墨画を描く人間の言うことではないと、笑いとばされた。
私の描く絵に価値を見いだせる人の方が凄いと思うが・・・・。
苦笑していると頭を撫でられ、ゆっくり気付いていけばいいと微笑まれた。
それが嬉しかった。褒められたのは、本当に久しぶりだったから。
途中の駅で乗車してきたのは、狂言も一門の家元親子。私を見つけるなり、近づいてきて、頭を撫でられた。
どうやら、どの人達にとっても、私はいつまで経っても子供のままらしい。
だが、何処か一線引いた感じもあった。
狂言の子に関しては、私とは目を合わそうとせず、距離を取っていた。何かしたかな?と首を傾げれば、恐れているだけですよ。と言われた。
あの人に何かした覚えは無いのだけれど・・・・、噂が独り歩きしてる?
駅から出れば、出待ちのように、茶道家の兄弟がいた。烽火と珠李。
同じ学校に通っている。どちらとも殆ど会話は無いけど、雛とはよく話しているらしい。同じ学年というのもあるが、できているのでは?と言う噂が立つ位の笑顔を烽火が見せているから。
弟の珠李方は高一ながらに、もう色んな女子に手を付けていると、もっぱら騒がれている。
はっきり言って、私にはどうでもよかった。
その後も会場に向かう道々で色んな家の者と出くわした。それも、絶対に待ってたろ!と言わんばかりの所で。もうそれだけで、事が大きくなる事が予想出来た。
そして、会場に着くなり受付でそれは現実のものとなる。