III
松葉の家は邪気を払う力を持つ家柄。その主だった方法の一つが、剣術である。人や物を切るのではなく、邪気や憑き物を切り離し浄化するのが仕事。よって、私は又真剣を握ることとなった。真剣でなくとも良かったのだが、警察への届け出もしてあるし、威力や長さの面から見てもこれが妥当だったのだ。
葉様が在命の時には、幾度となく仕事に連れて行かれていたので、特にこれと言って驚きや躊躇いはない。
というか、私用にと真剣を用意して貰っていたので、有無は言わさない勢いだった。
稽古に対しては常に気を抜かずに取り組んでいる。家に戻った頃の私の相手は、弟子の者に勤まっても、感と感覚を取り戻した私の相手は、師範である紫炎か華にしか出来ない。が、二人とも滅多にどころか離宮にこもって、顔を出さないから練習にも限度がある。偶に無理矢理雛菊を連れてきて相手をさせているが、本気の打ち合いや、技の練習は出来ない。
考えた私は、真剣を使いながらも、家に囲まれるように作られた中庭の大きな池を練習台代わりにすることにした。雛が泣きながらやめて欲しいと言ってきたが・・・。
無視!
何度か練習していて、池の水が少なくなってくてるけど気にしない、あとで足せばいいし。横から聞こえてくる叫び声の方が五月蝿い。
「シャイ、ララ、リーダ・・・!あああああああ!」
名前つけてたのか。というか、見分けつくんだ。そこが凄いよ雛!
まあ、此処でピラニアなど飼うから悪い!と一蹴してやった。本当に、何故ピラニア?普通そこは鯉か金魚じゃないの?何飼っててもやめる気はさらさらないけど。ていうか、この池に生き物入れたらダメってのが家の掟なのに。最近は練習とかしてないから、誰か寂しいとか思ったんだろうか?
雛菊曰く、皆んなと一緒では代わり映えしないから、ピラニアを飼っているらしい。母を早くに亡くして、色々と周りに言われていたのも原因の一つなんだと思うけども。
技の練習がてら池の水を天高く刎ね上げ、その水を切る。・・・ピラニアは切ってはいけないから大変だが。かなりの数になっているのに・・・。細かい練習にはもってこいだけど、増殖させて楽しいか?全部に名前付けてるのか?
雛の執着の強さに驚くばっかりだった。
そんな練習を見ていた、金食い虫達。松葉の五家にも入らないような連中だ。
仕事すら出来ないのに、自分たちの権利ばかりを並べ立てる。あいつらが雇った使用人も然り。
(そろそろ敷地内から出て行ってもらわないとね)
いい方法が無いかを考えながら、能力の力を込め技を放つ。一段と高い水飛沫が上がる。それも規則的な。
その一画だけ別世界の景色が広がる。
向こう側に見える、道場と反対側の建屋に目がいく。ふと、もうそろそろ時期なのだと思い出した。思わず笑みが溢れる。
入口の看板を読み易く新調し、道場生を内密に募る。松葉家の生活区間への立ち入り禁止も明言が必要かな。これ以上好き勝手にされてはたまったものではない。当主代理の権限、思う存分使わせてもらおう。
上機嫌で池を後にし、ひい様の元に向かう。丁度、四家の当主もいたので、話はすぐに纏まった。全員がこれ以上は我慢の限界だと感じていたようだ。
彼等の住まいを早急に手配して、引越しの準備を始める。勿論、勝手に住み着いているものへの連絡も怠らない。彼等が雇った使用人も然り。
聞いてないでは済まされないのだ。立ち退きの用紙を作り、サインと判子をもらいコピーを手渡す。立ち退き期限は2ヶ月(と言う名のほぼすぐ出て行けと書かれている)。コピーを渡すだけでは心許ないので、それに加えて家のあちこちに取り壊しの紙を貼りまくる。四家が先に出て行くのだから、従わないわけには行かないだろう。剥がされたら倍の量を貼る。剥がしてる者を見つけたら、即解雇にする。当たり前だ。主人に逆らう者など要らない。まして、当家が選んだ者でも無いのだから。
そうこうしてるうちに、使用人の数も減少し、働いていないのに給料をもらっていた者たちも、もう少しで一掃できそうだ。
古くから居る者や、使える者に関しては、解雇とは名ばかりの松葉の懇意にしている家に預かってもらい仕事をしてもらっている。勝手を知ってる者に居なくなられるのはこちらが困るからだ。家が元の状態に戻れば、儀式もしなければならないのだから。
五月の連休には当主代理としての初仕事もある。何とか四家の一つ、真樹のややこしいお家事情も解決してもらいたい。その為の労力は惜しまない。
やれる事は自分達でする、必要なものは最小限度にまで絞らなければ。
(家の管理って本来当主の仕事だよね〜。何でも私に押し付ければいいってもんじゃ無いと思うんだけど・・・・言うだけ無駄なんだろうな〜)
はぁ・・・・。ここに来てもう何十回となるため息を吐いた。
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しばらくして、仕事をしてないのに給料を支払われていた使用人たちが文句を言ってきた。
松葉の家の者に指図できる権限すら持たないのに、華に嫌がらせをしていた連中。
さて、どうあしらうか?
「いきなりの解雇は納得がいきません!」
「いきなりでは無いし、貴女たちを雇った人物から連絡をもらってるでしょう?確認は取れてるんですよ。第一に、貴女たちを雇ったのは彼等で松葉では無いのです。何故此方に意見を言うのかが分かりませんね」
「この家の掃除は私たちがしているのですよ!!」
「ああ、この間ハウスキーパーに依頼したら、ここ数年、まともに掃除もしていないのですね。と言うお言葉を頂きましたね。第二に、松葉の居住区と道場は、松葉の家の者がしているので、貴女たちは関係ないんですよ。掃除もまともに出来ず、茶もろくに入れられない、接客すらせず働きもしないで、お金ばかりせびる。ましてや、居住区に勝手に入り紫炎に取り入ろうとする輩は要らないんですよ」
全てを指摘されても、まだ睨みつけてくる一人の女が更に並べ立てる。
「今まで此方にいなかった方には、此方の事情は分からないでしょう?」
思わず笑いが出そうになった。何の為に出来た使用人とハイスペックな華月が居ると思っているのかと。
「ああ、あなた方は知らないんですね、可哀想に」
明らかに馬鹿にされてるのがわかったのか、声が大きくなる。
「何を!?」
「この家の、あちこちに値の張る物が置いてあるので、集音機能を兼ね備えた防犯カメラが、屋敷の至る所に設置されているんですよ」
「は?」
間抜け面がなんとも言えない。自分の顔で落ちない男はいないと豪語してた人物とは思えない。笑いを噛み殺しながら、
「出て行けと言っても、出て行かなかった貴女たちの雇用者にはちゃんと伝えてありましたよ?防犯対策であると。それを聞かされてないのは、此方の義務ではなく、雇い主である彼等でしょう?それか、貴女がたが契約書をまともに読んでいなかったか。元々四家の為の部屋で、無関係の彼等の部屋では無いですし。
ああ、それにどれだけサボっていたか、働いてないのに幾ら貰っていたかなども、詳細は出ています。無理矢理松葉からお金を出させていたのだから、一人平均100万位ですか?もっとでしたかね?計算して書き出した請求書の金額を一括で収めて下さるなら、次の雇用先を紹介しますよ?」
「今までそんな事を言われたことはないわ!」
「聞く耳を持たなかったのと、渡された紙を読まずに捨てていた方の台詞は違いますね。カメラに映ってもいたし、声も拾えていましたよ?見たいですか?それともう一度言いますが、貴女たちの雇い主は松葉ではない。警察と弁護士のお世話になりたく無ければ今すぐ出て行け。まあやり合いたいなら幾らでも受けて立つちますよ?ああそうそう、先月分から松葉からはお金の振込はないので、お給料は雇い主に請求して下さいね、では」
「なっっっ!」
全てを指摘されても尚も食いつこうとする視線を受けてトドメを刺した。
「そうだ、玄関前の看板を一新したんですよね〜。ちゃんと読まれましたか?デカデカと“読め”と強調してたんですが。
一、当家(松葉)から招きを受けていない者の屋敷への出入りは、不審者とみなし斬り捨てる。
一、当家(松葉)の居住区への無断侵入者は斬り捨てる。
一、当家(松葉)の者が真剣を使っての練習時に立ち入り、怪我をしても当家(松葉)は一切責任を持たない。
一、当家(松葉)のもの(者・物含む)を当主に断りなく持ち出した(連れ出した)場合は容赦なく斬り捨てる。
一、当家(松葉)の敷地内で、当家の認める者を侮辱しているのを発見したら即斬り捨てる。
だったかな?ああ、警察の方にも届け出てますよ。だから気を付けないとダメなんじゃない?屋敷の解体はは業者に頼まず自分達でするし。巻き添い食らっても責任持たないともう明言してるからね〜。期限なんてあっという間ですよ?」
まだまだ応酬出来る余裕を見せていると、顔を真っ赤にして、震えながら涙目で睨みつけてくる。
「こんな家、こっちから願い下げよ!」
「あら、そうですか、良かった。この会話も録音録画されてますからね。
ふふ、いつまでも、あると思うな甘い蜜、ってね」